第39話 女神復活

                                

<目覚めなさい。私の巫女>

<……ここは? あ、私は確か突然眠らされて……>

<姉のアルダ、そして愚かな人間たちに復讐する為には貴方の    

 身体が必要なのです。逆らう事は出来ません。それが貴方の    

 運命なのだから>

<あなたはもしかして……ダール?>

<私は藍色の女神・ダール。姉と共に故郷を守ってきたのに不    

 当な言いがかりをつけられて追い出された女神……>

<不当な言いがかり?>

<遠い昔……人間たちの間で不毛な争いが発生した時に、私は    

 片方の人間たちの味方をしました。彼らは平和的な共存を望    

 んでたからです>

<それなのに……?>

<姉は違いました。彼らが争うのは自然の摂理。女神は地上に    

 介入するなと言って、何もしませんでした。その結果……そ    

 の人間たちは争って共に滅びました>

<……>

<そこまではまだよかったのです。問題はその後でした。また    

 別の人間たちが来て、姉のした事に気づいたのです。その人    

 間たちは姉に問いかけました。<なぜ争いを止めなかったの    

 か>と……>

<アルダは正直に答えた……わけではないんですね>

<当然です。彼らからの信仰を失う事を恐れた姉は、私に責任    

 があると答え、その証拠とばかりに私を故郷から追い出し、    

 この地に封印したのです>

<……酷い>

<しかも、私の封印が解けかかっているのを知ると、人間に自    

 分の力の一部を分け与えて守護巫女としました。確かにこの    

 地は守られましたが、私の復活を阻止するのが目的なのは明    

 らかでした>

 そして、今に繋がる……というわけなのね。

 暗闇の中で、瑞穂は声にならない声を洩らした。

 自分の運命を大きく変えたダールを許す気にはなれなかった    

が、事情を聴かされてしまうと憎む気持ちが弱くなるのを抑え    

られなかった。

<私はこのまま故郷に帰ります。そして、もう一度姉と対決し    

 ます。その為には瑞穂、貴方が必要なのです。それが貴方の    

 運命なのです>

<そんな、勝手に……!>

<勝手なのは人間も神も変わりません。貴方に全ての力を預け    

 ます。姉の力の一部しか受け継いでいない守護巫女たちには    

 負ける事はありません!>

 それが最後に聞いた言葉となった。

 再び瑞穂の意識は闇の奥へと沈んでいき、不幸な少女は復讐    

に狂う女神・ダールの依代となったからだった……。

 その震動は今まで以上に激しいものだった。

 地震の震度で言うならば、震度5はあっただろうか。

 とても立っていられず、佳奈や速人たち、琴美も転んだが、    

鍛えているマツキはバランスを保つことができた。

 しかし……。

「いったい何が起きた?」

 思わず使い慣れたハワイ訛りのある英語でつぶやく。

 作戦は完璧に成功したはずだった。

 ダールが身体を利用とするはずのミズホは既に核攻撃にも耐    

えられるシェルターに閉じ込めた。

 後は女神の自滅を待つだけのはずだったが……。

「ボス、山が大きく崩れてます! ちょうど……採石場の辺り    

 です!」

 暗視装置付きの双眼鏡で様子を窺っていた日本人の部下が悲    

鳴に似た声を上げた。

 優秀な部下たちのなかでもとりわけ冷静な男で、日本人チー    

ムのリーダーを務めていたが、その面影は無かった。

「なんだって!? そんな馬鹿な! もっとよく見ろ!」

「……あっ! 何かが出てきます! まさか……!」

 言葉の全てを待つ必要は無かった。

 ようやく体を起こした佳奈たちの目にも、東の方の山で起こ    

りつつある異変を見ることが出来たからだった。

 わずかな星明りに浮かんできたのは……巨大な人影だった。    

 上空の風にふわりと揺れる長い髪、服装、そして見慣れた可    

憐な顔だち……。

 シェルターに閉じ込められたはずの瑞穂自身だった。

「どうなってるの……?」

「知るか! それより、ダールの気配は!?

「……あっ、また感じる! 今までもずっと強く……怒ってる    

 ……凄く、怒ってる……」

「間違いない。小泉さんにダールが乗り移ったんだ!」

「でもシェルターが……」

「壊れたに決まってるだろ!」

 佳奈と速人のやり取りを聞き流しながら、マツキはダークポ    

ラリスに加入してから最大の危機を迎えていた。

 作戦は失敗した。

 瑞穂は核シェルターを破壊し、山の一部すらも崩して巨大化    

したのだろう。

 計算は、女神の宿念の前に敗北したのだった。

「ボス、どうします!?

「……切り札を使う。お前たちはここから離れろ。後は私一人    

 で十分だ」

「しかし、私たちは貴方をサポートするようにと本部から命じ    

 られています」

「日本人はやはり律儀だな。もう一度言う。お前たちの任務は    

 終了した。ここから離れて、無関係を装え。あと、本部には    

 伝えておく。日本支部の人間は完璧に任務を遂行したと」

 二度目の命令で、マツキの覚悟を悟ったのだろう。

 日本人チームのリーダーは無言のまま頷くと、他の部下たち    

と共に車に乗り込み、そのまま市街地の方へと消えて行った。    

 それをチャンスと見たのだろうか。

 今まで沈黙を守っていた琴美が突然、マツキの元を離れよう    

とした。

 そのまま巨大化して、主導権を握ろうとしたのだろうが、マ    

ツキは何も無かったように琴美の腕をつかむと捻り上げる。

「うっ……!」

「先輩! ……今すぐ先輩から手を離して!」

「ここで逃げられるわけにはいかないのでね。ついでに、タン    

 ギスタン国軍情報局の連中にも警告する。もし、コトミに何    

 かあったら報復を覚悟するのだな」

「報復だと!? 我々はそんなものは恐くない!」

「お前たちの後ろ楯となっている情報局長や大統領が事故で死    

 んでも構わないというなら別だがな」

 自分たちの権力の源の名前を出されて、強硬派のラティマ大    

尉は言葉を失った。

 相手はたった一人とはいえ、国家を越えた秘密組織の人間。    

 うかつに手を出す事はできなかった。

 再び、地面が大きく揺れた。

 東の山の中腹に、巨大化した瑞穂の姿がはっきりと見えてき    

て、佳奈は最悪の事態が進行しつつあることを知った。

 心の中ではダールに必死になって呼びかけていたが、返って    

くるのはぐちゃぐちゃに乱れた怒りと絶望だけで、理性を失っ    

ているのは明らかだった。

 駄目……。このままじゃ、街は壊滅しちゃう。先輩は動けな    

いし、いざとなったら私が……!

「佳奈」

「ハヤト……?」

「いざとなったら……頼む。小泉さんを……ダールを止められ    

 るのはお前だけだ」

「そんな事分かってるわ。体を張ってでも止めてやるから」

「ここで止められれば被害は最小限で済む。しかし、西の山を    

 越えられたら……終わりだ」

 玉木の言葉に、佳奈は決意と共に頷いた。

 マツキは琴美を人質にしたまま、変わった形の携帯電話でど    

こかに連絡を取っている。

 それがさっき言っていた「切り札」かもしれなかったが、今    

の佳奈には何もすることがでなかった。

 ……先輩。街はわたしが護ります。その為に守護巫女になっ    

たんですから。でも、先輩は……。

 目頭が熱くなったような気がして、慌てて手でこする。

 琴美の事は心配でたまらなかったが、何もできない自分に絶    

望的な無力感を覚えていた。

 マツキが携帯電話をしまい込んだ。

 勝利宣言をするかのように言い切る。

「今から稲穂市の沖合に停泊している潜水艦から迎えのヘリが    

 来る。私とコトミはそれに乗り込んでここを離れる。もう二    

 度と会う事はないだろう」

「まさか、そのままアメリカに連れて行く気か!?

「察しがいいな。最悪の場合、コトミさえ連れて帰ればいいと    

 とボスからも指示されている。まあ、<プロメテウス>を動    

 かした以上、お小言は覚悟しないといけないけどな」

 そう言って、わざとらしく肩をすくめてみせる。

 残された稲穂市がどうなっても構わないと思っている事に気    

づいた瞬間、佳奈の全身の血が逆流した。

「そんな……それでもあなたは人間なの!? 女神を怒らせてお    

 いて、自分は逃げる気!? このままでは街は……!」

「まあ、大事になるだろうが、いざとなったらダークポラリス    

 がアメリカ軍を装って攻撃するかもしれない。日本政府に恩    

 を売るチャンスだからな」

「酷い……!」

 あくまでも自分たちの<ビジネス>のことしか考えていない    

マツキとこれ以上一緒にいるのは嫌だった。

 速人やストルーヴェが止めるのも構わず、その場を離れると    

佳奈はそのまま巨大化したからである。

 ちょうど、ダールに操られる巨大化瑞穂が山を下り終えた瞬    

間だった。