第38話 守護巫女対守護巫女

                                

 佳奈がその異変に気づいたのは、瑞穂の家の前でストルーヴ    

ェたちの到着を待っていた時だった。

「……早く、来て? 東の端?」

「どうした? 石川」

「心の中で声が聞こえたの。小泉さんのような気がしたけど、    

 もしかするとダールだったのかも……」

 そう言いながら、佳奈はその女神から授けられたのではない    

かと思っている髪飾りに手をかけた。

 今朝、瑞穂の家で目を覚ましてからずっとわずかな重さを感    

じていたのだが、それが消えたような気がしたからだった。

 小泉さんの身に危険が迫ってる……? でも、東の端だけじ    

ゃ分からないじゃない。

 苛立ちは収まらなかったが、心の中に声は響かない。

 しかし、異変はそれだけではなかった。

「……なあ、速人。揺れが収まったような気がするけど、オレ    

 の気のせいか?」

 何度も揺れるので、あえて外していた眼鏡をかけ直して晶が    

問いかける。

「気のせいじゃない。あんなに激しかったのに止まったな」

「って事は女神ダールの復活は阻止できたってことか? まさ    

 か先輩の判断が正しかった……って、だから速人! 何も言    

 わずに人の頭を叩くな!」

「馬鹿。さっき石川が何て言ったか忘れたのか? ダールは助    

 けを求めてるんだぜ」

「でもダールって決まったわけじゃないし……」

「お前は今頃何を言ってるんだ」

 呆れたように父親の玉木が口を挟む。

 頑固な息子を諭すように言葉を続ける。

「石川さんに髪飾りを授けたのはダールで間違いない。いずれ    

 こうなる事を見込んで保険をかけてたんだ」

「でもなんで石川さんが……?」

「人徳、のようなものかもしれんな」

 そう言いながら、玉木は佳奈の方に目を向けた。

 当の本人は市役所の守護巫女担当職員である田畑から連絡が    

入ったので、三人に背を向けて携帯で話をしていた。

 時々「無理です、ちょっと待って下さい」とか「もう少しで    

全てが分かりそうなんです」と言っているところをみると、出    

動要請が出ているらしかった。

「人徳……? まあ、可愛いし愛嬌があるけどさ。ちょっと違    

 うんじゃないかな?」

「人徳っていうより、巫女らしい巫女だからじゃないか?」

 速人がいつもの口調で口を挟む。

「巫女は神を受け入れ、奇跡を起こす。石川はどんな神にでも    

 仕えられる巫女じゃないのか?」

「まあ、今年の守護巫女だけどな。なーんか矛盾してるんだよ    

 な。アルダから巨大化能力を授けられてるのに、ダールから    

 も助けを求められるなんてさ」

「だからダールは石川さんに髪飾りを託したんだ。どんな神で    

 も受け入れるなら矛盾はしない」

 玉木の言葉が終わるのと同時に、佳奈が戻ってきた。

 少し俯き、深刻な声で田畑からの情報を伝える。

「何度も何度も地震……震動が続くから市内は大混乱だって。    

 マスコミも押しかけてるし、一部は番組を切り換えて生中継    

 してるらしいわね。でも、肝心の守護巫女がどちらもいない    

 から……とにかく来て欲しいって何度も言われちゃった」

「今は無理だ」

「分かってるわ。小泉さん……ダールの事が気になるの。突然    

 反応が無くなるなんて……」

 佳奈がそこまで言った時だった。

 麓の方から車の音が聞こえてきたかと思うと、複数の車のヘ    

ッドライトが佳奈たちの目を射た。

 ようやくストルーヴェたちが到着したのだった。

「市内が混乱してて遅くなりました。申し訳ありません」

 真っ先に車から飛び出してきたストルーヴェの言葉は、相変    

わらず軍人とは思えない程丁寧なものだった。

「とにかく私たちの後について来て下さい。小泉さんが連れ去    

 られた場所の見当はついています」

「え? 本当ですか!?

「相手はプロですが、私たちもプロです。急いで下さい。藍色    

 女神……小泉さんはここから東にある採石場に監禁されてい    

 るはずです」

 車の窓から顔だけ出したイワノフ大尉の言葉を受けて、佳奈    

たちは一斉に動き始めた。

 玉木は自分の車に向かい、速人も晶もそれに続いたからだっ    

たが、佳奈はストルーヴェの車の方に向かう。

「石川、そっちじゃない!」

「ストルーヴェさんと話をしたいの。……いいですか?」

「もちろんです。さあどうぞ」

 きょとんとする速人たちに構わず、佳奈はストルーヴェと共    

に車の後部座席に乗り込んだ。

 運転手はイワノフ大尉、助手席には一番若いボルジャ少尉が    

いたが、そのまま車は発進する。

「まず、小泉さんが東にある採石場に監禁されてるのは間違い    

 ないですか?」

「間違いありません。かなり大きな動きだったので、何とか掴    

 むことができました。ただ……もう私たちには手出しできな    

 いかもしれません」

「え?」

「ダークポラリスは藍色の女神(瑞穂)を核シェルターに監禁    

 していると思われます。核シェルターでは守護巫女といえど    

 手は出ません」

 イワノフの冷静な声に、佳奈は心が凍りついた。

 核シェルター……守護巫女でも手が出ない……。

「なんでそんな所に閉じ込めるんです!」

「小泉さんはダールの巫女。彼女の身体を借りないと真の復活    

 は出来ないからです」

「あっ……! そういう事だったんだ……」

 佳奈の頭の中で全てが一本の糸となってつながった。

 しかし、このままではダールはどうなるのか?

 すぐに佳奈はそう問いかけていた。

「率直に言って……分かりません。ダークポラリスは小泉さん    

 を閉じ込めれば話は済むと思っているでしょうが……」

「ストルーヴェさんでも分からないんですか?」

 タンギスタン国軍情報局の少佐は小さく首を振っただけで何    

も言わなかった。

 女神を司る家に生まれ、伝来の豊富な知識も全て頭に入って    

たが、初めての事態に想像力も働かなかったからだった。

「でも……。さっき、ダールの気配のようなものが消えたんで    

 す。東の端にいるとだけ言い残して……」

「少佐! まずいことになってます! このままでは……!」    

「落ち着け、ボルジャ少尉。気配が消えたのは藍色の女神が閉    

 じ込められたからに違いない。何とかして救出するんだ」

「でも核シェルターからどうやって……」

 突然、鋭いブレーキ音と共に車が急停止した。

 後部座席でシートベルトをしていなかった佳奈は運転席のシ    

ートに思い切り額をぶつけて、声にならない悲鳴をあげる。

「どうした!?

「……ダークポラリスの連中が道を塞いでいます。採石場に向    

かうにはこの道しかありません」

「くっ……! やはり読まれてたか……」

「あっ、もう一人の守護巫女もいます!」

 ボルジャの言葉が耳に届いた瞬間。

 佳奈は額の痛みを忘れた。

 ストルーヴェが静止するのも聞かずにドアを開けて車の外に    

飛び出したからである。

 ヘッドライトの光を受け止めて、少年のような雰囲気を持つ    

昨年の守護巫女は両手を腰に当てて立っていた。

 まるで、佳奈の行く手を塞ぐかのように。

「先輩……」

「ここから先は行かせないよ。たとえ佳奈の頼みでもね」

「先輩……何をしたんです! 小泉さんを誘拐して監禁するな    

 んてれっきとした犯罪です! 守護巫女がそんな卑劣な事を    

 するなんて……!」

「これしか方法が無かったんだ。仕方ない」

 口調は堂々としたものだったが、琴美の視線は佳奈を捉えて    

いなかった。

 後輩の少女の問いかけに対する言葉は、どうやっても見つか    

りそうになかったからだった。

「……」

「……」

 二人の守護巫女はその場から動かずに向かい合っていた。

 どうしてこんな事になってしまったのだろうか?

 春に初めて会った時から、よく二人で行動してきた。

 守護巫女として活動する時も、それ以外の時も。

 しかし、今二人の距離は星と星の距離程に離れていた。

「でも、我々のお陰で震動は収まった。これで街は救われる。    

 コトミはちゃんと守護巫女としての役割を果たしたんだ」

 膠着状態に陥ったのを見かねたかのように、マツキが進み出    

てきた。

 光の加減からか、その顔には微妙な陰影が浮かび上がってお    

り、佳奈にはまるで地獄からの使者のように見えた。

「シェルターに閉じ込めておけば幾らダールといえど手出しは    

 できない。そして、ミズホの命はダークポラリスが責任を持    

 って守る。異変が終わったら間違いなく解放する」        

「そんなの信じられない……。貴方たちの正体も聞かされてる    

 わ。死の商人なんでしょう? 世界中に武器を売りつける」    

「まあその通りだが、それとこれは話は別だ。ビジネスならば    

 約束は守らないといけないからな。ダークポラリスの名前を    

 出した以上、嘘はつかない」

 話がまったく噛み合わず、佳奈は小さく肩を落とした。

 自分が言いたいのはそんな事ではない。

 もっと大事な事がある。

 しかし、それを言葉にする術を少女は持たなかった。

「琴美……。責任は全部ボクが取る。幸い、佳奈は何もしてな    

 いからね。佳奈はこのまま守護巫女を続けて欲しい」

「先輩……!」

「ボクはこの街にいられなくなるからマツキと一緒にアメリカ    

 に行く。そのまま留学するつもりだ」

「そんな……。勝手過ぎます! 先輩一人で全部背負い込むな    

 んて! 今回の事件にはわたしも責任があるんです!」

「ふーん。それは初耳だね。何をしたのかな?」

「それは……」

 反論する気力を失って、佳奈は首を落とした。

 確かに自分は何の罪も犯していない。

 このまま稲穂市に戻っても、出動要請に応じなかった事につ    

いて注意されるだけで済むだろう。

 しかし琴美は……。

 ううん。違うわ。問題はそれだけじゃない。もっと重大な事    

があるわ。これでは事件が解決しないんだから!

「先輩、今すぐ小泉さんをシェルターから出して下さい。これ    

 で解決したとは思えないんです」

「どうしてだい?」

「ダールは姉のアルダに陥れられて、ここに封印されてしまっ    

 たんです。だから復活しようとしてるのにそれを強引に止め    

 たりしたら! えっと、その……何て言ったらいいのか……    

 とにかくかわいそうじゃないですか!

「か、かわいそう……って、佳奈らしいけど、そういう問題じ    

 ゃないんだ。そのダールのせいで街は壊滅しそうなんだから    

 さ。守護巫女の役目は街を護ること。ボクは役目を果たした    

 だけだ」

 必死の反論は、呆れきった琴美によって簡単に退けられた。    

 佳奈の後ろでは息を詰めて話し合いを見つめていたストルー    

ヴェたちや速人などが大きく肩を落としたが、マツキは全てが    

思い通りに進んでいる事に笑みを浮かべた。

 ストルーヴェたちの最大の弱点はカナを味方にした事だな。    

彼女ではコトミに勝てるわけがない。それに、シェルターにミ    

ズホを閉じ込めてからは震動も収まった。これで異変は解決で    

きた。後はコトミを連れて帰れば一仕事終了だ。

 <巨大妖精>を手に入れたことによって、ダークポラリス内    

でマツキの地位も大きく上がるだろう。

 もしかすると、<巨大妖精武装化ブロジェクト>にも参加し    

てさらに面白い仕事ができるかもしれない。

 冷静な表情の奥で、今後の人生が光に満ちている事を確かめ    

ていた時だった。

 東の方から大量の爆薬を爆発させたような轟音が響き渡って    

きて、地面が再び大きく揺れた。