第37話 これしか方法は無かった

                                

 玉木の車が瑞穂の家の前で急停止したのは、琴美とダークポ    

ラリスのメンバーが去ってから約十分後のことだった。

「家の明かりは点いてるわね。大丈夫だったみたいね」

「大丈夫なものか。一応携帯に電話してみろ」

「どうして?」

「……タイヤの痕が残ってる。小泉の家に元々車は無い。後は    

 言わなくても分かるな?」

 速人の厭味混じりの言葉を全部聞く事なく、佳奈は震える手    

で瑞穂の携帯を呼び出した。

 しかし、呼び出し音が虚しく続くだけで反応は無かった。

「あれ? 小泉さんって口がきけないから携帯にかけても無意    

 味じゃないのか?」

「ばか。俺たちが来たってことは分かるだろ? 別に話す必要    

 は……」

「最悪の、事態になったようね。小泉さん……連れていかれち    

 ゃったのね」

 速人の言葉は、佳奈のか細い声によって遮られた。

 自分でも何をしたらいいのか分からないのか、携帯を手にし    

たまま瑞穂の部屋を見つめるだけだった。

「おい、どうするんだよ! 小泉さんが誘拐されたんだろ?     

 警察に知らせなくてもいいのかよ!」

「警察は当てにならないな。相手は世界中の軍隊に食い込んで    

 いる巨大組織だからな」

 多少落ち着きを取り戻したのか、父親の玉木が答える。

「もたもたしてると最悪の事態になる。まずは小泉さんの行方    

 を追わないといけないな」

「それは警察の……」

「ストルーヴェさんたちに連絡してみる」

 佳奈が決断したのはその時だった。

 昼間に恐ろしい目に遭ったばかりだったが、警察が頼りにな    

らない以上、それしか方法は無かった。

「ストルーヴェさんたちは軍人でしょう? それにアルダやダ    

 ールの事をよく知ってるわ。何とかなるかもしれないじゃな    

 い」  

「何もしないよりは百倍マシだな。頼む」

 口調は相変わらずだったが、速人に背中を押されて佳奈は昼    

間に知ったばかりの連絡先に電話した。

 意外にも、ストルーヴェはすぐに電話に出た。

<女神……いや、石川さん。何があったのですか?>

「小泉さんが……小泉さんが……ダークポラリスにさらわれた    

 かもしれません。今すぐ来て下さい! 小泉さんの家の前で    

 す!」

 電話の向う側で、異国の言葉による指示が次々に飛んでいる    

のが佳奈の耳にも届いた。

 ストルーヴェたちも最悪の事態は想定していたのだろう。

 すぐに落ち着いた流暢な日本語で言葉が返ってきた。

<石川さんたちはそこにいて下さい。今から向かいます。まず    

 は小泉さんの行方を捜すのが先です>

「でも、わたしはまだ返事を……」

<この街には危機が迫っています。すぐに動かないと何が起こ    

 るか分かりません>

 その言葉が合図となったかのように、地面が突き上げるよう    

に大きく揺れた。

 一瞬地震かと思ったが、衝撃は何度も何度も繰り返し襲いか    

かってきて、佳奈はその場に座り込んでしまう。

 佳奈の守護巫女としての勘……女神アルダの力はこう告げて    

いた。

 妹・ダールが本格的に目覚めつつあると……。

<本当に時間がありません。昼間の話は後でいいです。今そち    

 らに向かいます!>

 通話は一方的に切れたが、衝撃は断続的に続いていた。

 もはや、誰の目にも異変は明らかだった。

「こんな時に……」

 地面にぺたんと座り込んだまま、佳奈は誰に言うわけでも無    

くつぶやいた。

「こんな時に先輩がいないなんて。いったい、何をしてるの?    

 まさか本当にダークポラリスに味方してるの?」

「俺が知るか。先輩には先輩の考えってものがあるんだろ」

 吐き捨てるに速人が言った瞬間、一段と大きな衝撃が突き上    

げてきて、速人もその場にしりもちをついた。

 瑞穂の家のどこかでガラスが割れた音が聞こえたが、誰も構    

ったりしなかった。

 今出来ることは、ストルーヴェたちと合流することだけだっ    

た。

 車の中にいてもはっきりと分かるほどの衝撃が襲っても、ス    

ポーツワゴンは道を外れることなく走り続けていた。

 瑞穂の家からどれだけ走っただろうか?

 夜間の上に初めての場所なので、検討をつけるのは難しかっ    

たが、琴美の勘では車は市街地とは逆の方向……東に向かって    

いるようだった。

「急がないとまずいな。復活が思ったより早くなるかもしれな    

 い」

 その外見からは想像もつかない程流暢な日本語で、後部座席    

のマツキがつぶやく。

「もうすぐ到着します。道も整備されてるのでこの程度の震動    

 なら問題ありません」

 ハンドルを握る男が初めて口を開いた。

 マツキと並んで座っているので今まで顔は見えなかったが、    

他の連中と同じように日本人のようだった。

 琴美にも分かるようにする為か、車内で交わされる言葉は全    

て日本語だった。

「そうだった。例のものを整備するにはそれなりの道が必要だ    

 ったからな」

「ええ。さすがに少し苦労しましたが、この前も言ったように    

 指示されたように完璧に仕上げました」

「それならばいい。カンパニー……組織の日本支部にも優秀な    

 人材は揃っているのだな」

「アメリカの本部には負けませんよ」

 運転手の男が日本人たちのリーダーなのか、その声には誇り    

と自信が込められていた。

 声からするとマツキと同世代といったところだろうか。

 想像していたよりも若かったので、琴美は少し驚く。

「こうやって……ダークポラリスは世界中に支部を持っている    

 のか。まるで秘密結社だな」

「いや、違う」

 琴美のつぶやきに、大袈裟に手を振って答えたのはマツキだ    

った。

「我々は秘密結社ではない。経済的な利益を目的としたれっき    

 とした会社(カンパニー)だ。支部というのは支社の事だ。    

 ここにいるのは日本支社の特務部の人間だ」

「特務部……」

「表向きはれっきとした会社だから営業・経理・管理部門もあ    

 るし、日本の会社として税金を収めている。後ろ暗いところ    

 は一切ないといってもいい」

「まあ、特務部の出番なんて滅多にありませんからね」

 再び襲ってきた突き上げるような震動を、巧みなハンドル捌    

きで軽減しながら運転手の男が答える。

「私も普段は民間営業部の社員として営業してますからね。こ    

 の不景気で契約をとるのも楽じゃないですよ」

「それはちょっと問題だな。アメリカのボスにはその点も報告    

 しておこう」

「勘弁して下さいよ。今回の準備に手間をかけたんで営業して    

 る暇が無かったんです」

 マツキの言葉をただの冗談と理解出来たのだろう。

 男はわざとらしい口ぶりで答えると、沈黙に戻った。

 静かな車内を乱すのは、時折突き上げる震動による轟音だけ    

となったが、間隔は確実に短くなりつつあった。

 まさか……女神ダールが目覚めかけてる? でも、小泉さん    

はここにいる。本当に大丈夫なのか?

 一度乗った船とはいえ、具体的な作戦も行き先も聞かされて    

いないので、不安だらけだった。

 ただ、マツキの言葉に嘘は感じられなかったし、幾らダーク    

ポラリスといえど、稲穂市……いや、それ以外にも大災害をも    

たらすような真似は避けたいだろう。

 「全てをスマートに済ませるのがダークポラリス流だからコ    

トミは心配しなくてもいい」

 夜、合流した時にマツキがそう言っていたのを思い出した時    

だった。

 どことも知れない場所で車が止まった。

「ここに例のシェルターを用意しました。一見するとただの採    

 石場ですので、我々以外には分かりません」

「予定通りだな。よし、ミズホを下ろせ」

 マツキの指示に、ダークポラリス日本支部の工作員たちは俊    

敏に行動した。

 周囲を警戒しながら車から出ると、一人が最後部の座席に寝    

かせたままの瑞穂を抱き抱え、採石現場の方へと向かったから    

である。

 マツキと琴美はその後からついていく形になる。

「ここは……どこなんだ?」

「稲穂市と隣町の東の境界線近くにある山の中だ。今は使われ    

 ていない採石場があったので利用させてもらった」

「ここに小泉さんを連れてきて……どうするつもりなんだ?」    

「手荒な事はしない。ただ、大人しくしていてもらうだけだ」    

 不可解な言葉だった。

 単にそれだけならば、市街地のどこかにでも監禁しておけば    

いいだけではないか……。

 琴美が疑問を整理できないでいる内に。

 前を歩く工作員たちが足を止めた。

 目の前にあるのは有用な石を掘り尽くされて無残な姿をさら    

す岩肌のみ。

 そう思ってたのだが……。

「あっ!」

 運転手の男が何かを操作するのと同時に、わずかな音をたて    

て人工的に作られた出入り口が姿を現したので、琴美は驚きを    

声に出してしまった。

 工作員たちは当然のように入っていったが、マツキはその場    

から動かない。

 しかし、その口許に勝利を確信する笑みが浮かんでいるのを    

琴美は見逃さなかった。

「そろそろ……話してもらえないか?」

「まあいいだろう。この奥にあるのはポラリスグループのとあ    

 る会社が作った特別製の核シェルターだ。といっても、不要    

 な装備は除いてある」

「核シェルター?」

「採石場の岩盤をくり抜いて埋めたものだから核攻撃にも完全    

 に耐えられるようになっている。そして、内部には人間が約    

 一年は快適に暮らせるだけの準備がしてある」  

「まさか……!」

 琴美の言葉に、マツキは肯定するように頷いてみせた。

 自分の想像が当たっていた事に、守護巫女の少女はその場に    

崩れ落ちそうになる程の衝撃を受ける。

 こいつらは小泉さんをここに閉じ込めるつもりだ。ここなら    

たとえ巨大化した守護巫女でも手が出せない……! だからわ    

ざわざここまで……。

「どうして、ここまでするんだ!?

「もちろん、稲穂市を守る為だ。君だって愛するホームタウン    

 が壊滅するのは見たくないだろう?」

「え?」

「我々の調べでは、女神ダールは実体を持っていない。だから    

 ミズホが必要だった。ミズホに憑依することによって初めて    

 自由に行動できるようになるのだ。しかし、そのミズホを世    

 界有数の安全な場所に隠してしまえば……」

「ダールは……復活できない?」

「そういうことだ。当分は暴れ続けるかもしれないが、最終的    

 には力尽きて消滅する……というのが、タンギスタン支部の    

 分析だ。我々にもストルーヴェ少佐のような人間が味方につ    

 いているから心配しなくてもいい」 

「……小泉さんの命は……?」

「ダークポラリスが責任を持って保証する。もし死なれたらキ    

 ミの協力は得られなくなる事ぐらい分かってるからね」

 崩れそうなっていた心が、少しずつ元に戻っていくのを琴美    

は感じていた。

 瑞穂には申し訳ないが、この作戦で稲穂市が救われるならば    

仕方ないのではないか……。

 そう思い始めたからだった。

 それに、ボクだってダークポラリスに味方する事になる。こ    

んな事はしたくないけど、街を救う為だ。……仕方ない。

 ふと、今年の守護巫女である佳奈の顔が心に浮かんだ。

 漆黒の丸い瞳と、愛嬌たっぷりの性格で、可愛くて仕方がな    

かったが、結果的には彼女を裏切る事になってしまった。

 ごめん。佳奈。ボクもこんな事はしたくなかった。でも、こ    

れしか方法は無かったんだ。分かって欲しい……。

 しかし、心の中で佳奈は悲しそうな顔をしていた。

 今までこんな顔は見た事が無かったが、実際に目の前にした    

ら決意すらも揺らぎそうだった。

 ……これしか方法は無かったんだ。これしか……。

 顔を俯き、拳を握りしめて心の中の後輩に言い訳する。

 しかし、少女の悲しみの表情は消える事がなかった。

「……どうした? コトミ」

 様子がおかしい事に気づいたのか、マツキが訝しげにきいて    

きたが、琴美は何も言えなかった。

 眠らされたままの瑞穂は工作員の手によってシェルターの中    

に入れられ、コンクリートや鉄材、鉛で作られた扉も閉じつつ    

あったが、その<現実>を正視することは出来なかった。