第32話 とある変化

 目を開くと、見慣れない天井が目に入ってきた。

 一瞬、自分の居場所が分からなくなって混乱した佳奈だった    

が、やがて自分が瑞穂の家の一室に泊まったことを思い出す。    

 障子の外は明るくなっており、もう朝になったようだった。    

「今のは……全部、夢だったのかしら?」

 額に落ちてきた髪をかるくかき上げ、ぽつりとつぶやく。

 夢にしては現実感があり過ぎるような気がした。

 巨大化したまま稲穂市を破壊して瑞穂と戦い、その口を借り    

てダールという謎の女神からの話も聞いた。

 戦った時に感じた痛みは身体に残っていなかったが、記憶だ    

けは鮮明で何が何だか分からなくなった時だった。

「佳奈……」

 いつもよりずっと弱々しい琴美の声が聞こえてきて、少女は    

びっくりして首を動かした。

 すぐに、ぼんやりとした表情の琴美と目が合う。

「先輩?」

「……さっきまでのは、夢……だったのかな?」

「だと思いますけど……。自信ありません」

 横になったまま、佳奈は正直に答えた。

「あんなにリアルな夢……あるんでしょうか?」

「でも、そうじゃないとおかしいじゃない。ボクたちはこうや    

 って布団の中にいるんだからね。身体痛くない?」

「はい。あんなに派手にやられたのに……」

「結局、あれが罠だったんだな」

 少し元気を取り戻したかのように琴美がつぶやいた。

 その瞳には、いつもより激しい感情が込められているように    

佳奈には見えた。

「ボクたち守護巫女が稲穂市を壊せるわけが無い。だから幻の    

 中に引き込んで倒そうとしたんだ。でも、失敗したけどね」    

「先輩のお陰です。思い切って言わなかったから今頃……」

「それより問題は小泉さんが夢の中で何を話したかだ。話して    

 くれないかな?」

 琴美はすっかり目が覚めたようだった。

 薄い布団を剥いで、体を起こしたからである。

 少年のようにあぐらをかいて目線を向けてきたので、佳奈も    

慌てて体を起こすと、夢の中でのやりとりを全て説明した。

「小泉さんを操ってるのは女神のダール? しかも、アルダの    

 妹? どういうことなんだ……?」

 短い髪に手をやって、琴美は呆れたようにつぶやいた。

「言葉通りの意味だと思います。……妙に辻褄が合うんです。    

 もし、ダールの復活を阻止する為に守護巫女が存在するとす    

 れば……」

「たぶん、そうだろうな。じゃなきゃボクたちが巨大化できる    

 理由が説明できない」

「でも、ダールはアルダに裏切られたと言ってます。それが気    

 になります」

「苦し紛れの嘘だな、間違いなく」

 あっさりと琴美は言い切った。

 少し佳奈の方に体を寄せると、説得するように続ける。

「もしかすると、最初の作戦が失敗したからもう一つの作戦を    

 仕掛けてきたかもしれない。もし小泉さんの話が本当ならボ    

 クたちは悪役に手を貸してることになってしまうからね」

「……。本当に、そうでしょうか?」

 たったこれだけの言葉を絞り出すのに、佳奈は大変な努力を    

要した。

 今まではたいてい尊敬する先輩守護巫女の言うことを聞いて    

きたが、今回ばかりは同調できなかった。

「なんか……色々話がおかしい気がするんです。ていうか、小    

 泉さん……ダールは本当の事を言ってるような気がします」    

「佳奈?」

「証拠なんかありません。でも、なぜかそう思えるんです。わ    

 たにしもよく分からないんですけど……」

 そう言った瞬間。

 佳奈は自分の髪の毛の一部が引っ張られたような気がして、    

かなり驚いた。

 手をやると、小学校の頃に謎の女性から手渡された子供っぽ    

い髪飾りが手に触れた。

 えっ……? 寝る時外したのに。勘違い?

 そう言えば、夢の中ではいつものように着けていたような気    

がする。

 しかし、髪を引っ張られるような奇妙な感覚の源になるとは    

とても思えなかった。

「佳奈、どうかした?」

「あ、別に……。なんでもありません。とにかく、夢の話は小    

 泉さんを含めて全員に話した方がいいと思います」

「もちろんそうするけど……」

 琴美の澄んだ瞳には、色々な躊躇いが浮かんでいた。

 もしかすると、佳奈が自分の意見に従わなかった事に内心か    

なり驚いたのかもしれない。

 ……でも、そう考えると納得できるし。小泉さんの行動もお    

かしくなくなるんだから。でも、守護巫女の本当の目的が今ま    

で隠されてたなんて思えないし。

 考えている内に頭の中がごちゃごちゃになりそうな気がして    

きて、佳奈はそれを振り切るように立ち上がった。

 着替えを済ませて、朝食の前に散歩に行こう。

 半ば現実逃避的に決意したからだった。

                                

 昨日の夕食と同じメンバーでテーブルを囲んでいるのにも関    

わらず、朝食の席は奇妙な空気に包まれていた。

 朝食の準備をした瑞穂が席に着くのに合わせて、二人の守護    

巫女が昨日見た<夢>の事を全て話したからだった。

「……本当なのか、それ」

 最初に口を開いたのは、意外にも速人だった。

「もし、そうだとしたら俺たちはとんでもない勘違いをしてる    

 事になるんだぜ」

「でも、嘘があるとは思えないのよ。小泉さんの行動だって理    

 解できるし」

 小さな口でご飯を口に運んでいた瑞穂だったが、全員の視線    

に気づくと、佳奈の言葉に同意するかのように頷いた。

 自分が知らせたかったのはこの事だと言いたいようだった。    

「だったら分かるな。俺たちは賭けに勝ったんだ。ようやく真    

 実を知る事が出来たからさ」

「そうかな? ボクは罠じゃないかと思ってるけどね」

 口調こそいつも通りだったが、さめた雰囲気を漂わせて琴美    

が反論する。

「罠だと考えてもこれ程上手くできたものはない。ボクたちが    

 まったく動けなくなってしまうからね」

「先輩……。信じてないんですか?」

「佳奈の事は信じてる。でも、小泉さん……いや、ダールとか    

 言う女神の言葉は信じられないな。彼女が街を危機に追い詰    

 めてるのは間違いないからね」

「先輩の言う通り、かもしれない……」

 軽くメガネを上げて、晶が同調する。

 裏切られたような気がして、佳奈は思わず睨みつけたが、そ    

れでも言葉を続ける。

「守護巫女を足止めしなきゃダールは復活できない。だったら    

 どんな手でも使ってくると思うけどなあ」

「玉木君は話が分かるね」

「いや、それ程でもないけどね。……石川さん、ごめん。今回    

 だけは同じ意見にならなくてさ」

「別にいいわ」

 突き放すように言うと、佳奈は大きく口を開けてご飯を放り    

込んだ。

 琴美と意見が相違しただけでも面白くないのに、いつものは    

お調子者の晶にまで裏切られたような気がして、沸き上がる負    

の感情の行き場が無かった。

「しかし、意見が二つに分かれるとは……困ったな」

 本当に困っているのかいまいち分からない表情で晶の父親で    

ある玉木が口を挟む。

「どっちも正しいような気がするんだが、正解は一つしかない    

 はずだ。今回の一件は罠か、真実なのか。分からないとなん    

 ともならないな」

「親父、評論家みたいな事を言うなよ」

「仕方ないだろ? 私はどっちが正しいのかもっとよく考えて    

 みる。今はどちらの味方もしない」

「中立ってことは、いざとなったら橋渡しをするってことでい    

 いんですか?」

 念を押すかのように琴美が問いかける。

 仲間内で意見が分かれてしまった事を内心苦痛に思っている    

のだろう。

 その瞳には真剣な光が宿っていた。

「もちろん。私ぐらいしかいないだろ?」

「それもそうだな。……あ、小泉さん。テレビつけて。ニュー    

 スの時間だな……って、速人、いちいち叩くな」

「俺たちは客なんだから少しは遠慮しろ」

「わかってるけどさ……。オレは朝必ずニュースを見るのが習    

 慣なんだ」

 晶が言い訳になってない言い訳をしている内に、瑞穂がテレ    

ビの電源を入れた。

 県内のローカルニュースが始まったところだったが、最初の    

ニュースのテロップを見た瞬間、居間の空気が凍りついた。

<稲穂市で大規模な地盤崩落発生>

「先輩……」

「黙ってて。ニュースを聞こう」

 一瞬、夢の中での戦いが心をよぎって、心臓が止まるかと思    

う程の衝撃を受けた佳奈だったが、ニュースの詳細は最近市内    

で続く地面の崩落事故が今までの中で一番大きな規模で起きた    

というものだった。

「これはこれでまずいな。ダールとかいう女神の復活が間近っ    

 てことじゃないのかな? 小泉さん」

<その通りです。もう時間がありません。高田さんたちに仕掛    

 けた罠が失敗したのであれば、自棄になって行動を起こす可    

 能性もあります>

「こうしちゃいられない! 玉木さん、すぐに戻りましょう!    

 ダールの復活を止めるのが先だ」

「待って下さい、先輩。もう少しだけ……調べさせて下さい。    

 例のタンギスタン料理の店に行って、話を聞いてみたいんで    

 す。ダールについて何か知ってるかもしれません」

「悪いけど、ボクはボクの考えで動かせてもらう。全ては守護    

 巫女を足止めする為の罠だと分かったからね」

「そんな……」

 話ぐらいは一緒に聞くだろうと思った佳奈の希望は完全に打    

ち砕かれた。

 琴美は完全に一連の出来事を罠だと決めつけている……。

「わたしは罠だと思っていません。どこかで間違えたような気    

 がするんです」

「だったら別行動するしかないな。ボクは何とかダール復活を    

 止める方法を考えてみる。佳奈は自分の思った通りに動けば    

 いい」

「そんな突き放したように言わなくても……」

 琴美は何も言わなかった。

 話は終わったとばかりに、食べかけの朝食を残して居間から    

出て行ったからである。

 その後を慌てて晶が追いかけていく。

「ハヤトは……わたしに味方するの?」

 テレビからの音声だけか虚しく流れる重苦しい雰囲気に潰さ    

れそうになりながら、佳奈は幼なじみの少年に問いかけた。

「……。味方する。一人ぐらいは味方がいたっていいだろ?」    

「……ありがとう」

<私も手伝います。何もできませんけど、ダールを説得できれ    

 ば危機は防げるかもしれません>

「小泉さん……。わたしはあなたに賭けてみる。ダールとあな    

 たが繋がってるのが鍵になりそうな気がするから」

「俺も賛成だな」

「これで話は決まったが……。やっぱり二つに分かれてしまっ    

 たか。まさかうちの馬鹿息子が高田さんに味方するなんて思    

 わなかったがな」

「玉木君にも考えはあるんだと思います。そんな事を言わない    

 で下さい」

 自分で思っていたよりも強い口調になった事に、佳奈は自分    

でも驚いた。

 この時は気づいていなかったが、守護巫女の少女の心の中で    

はある変化が起こりつつあった。

「まずは食事を済ませて帰るとするか。高田さんたちもまさか    

 歩いて帰るわけにはいかないだろうからな」

 現実的な玉木の言葉に、佳奈は我に返った。

 琴美たちは席を外してしまったが、ここから市内に戻るには    

玉木の車を利用するしかない。

 たとえ無駄と分かっていも、その時もう一度だけ琴美と話を    

してみよう。

 そう決意しているのだった。