第28話 瑞穂の誘い

                                

 稲穂市東部の住宅街の一角にある竹尾リサイクルショップ。    

 父親が経営している店の片隅にあるカウンターで、速人はい    

つものように不機嫌そうな顔をして店番をしていた。

 別に手伝いをすることに不満があるわけではなく、客が少な    

い事が嫌になっていたからである。

「なあ親父、本当に大丈夫なのか? この店」

「大丈夫なわけないだろ。お前だって見れば分かるはずだ」

 カウンターの奥にある作業場で客から買い取った古い家具を    

修理しながら、父親の武司が答える。

「だからDPと契約したんだ。佳奈ちゃんには悪いが、彼女が    

 今年の守護巫女だからな」

「親父はいいけど俺は嫌なんだぜ。小さい時からの付き合いだ    

 っていうのに情報を売り飛ばしてるんだからな」

「でもお陰で家計はすっかり安定した。一年も頑張れば借金も    

 無くなって格段に楽になる。それでも嫌なのか?」

「嫌なものは嫌だって何度も言ってるだろ? こっちは散々な    

 んだぜ」

 高田からは疑われてるし、マツキは嫌な奴だからな。石川な    

んか俺がしてる事にも気づいてないんだぜ。

 心の中だけで不平をぶちまけて、速人は肩を落とした。

 今更言っても無駄だと思うと、虚しいだけだった。

 自分も両親も、マツキを先頭にしたDP(ダークポラリス)    

に完全に搦め捕られていた。

「でも、佳奈ちゃんに実害は無いんだろう? なんか何度も狙    

 われてるようだが、DPは無関係らしいな」

「ああ。あいつらは石川の力が欲しいだけだ。命を狙ったりは    

 しない」

「ならばいいんだ」

「良くないッ!」

 多額の謝礼の踊らされて、すっかり骨抜きにされてしまった    

父親は息子の言葉を受け流しただけだった。

 自分に似て頑固な性格である以上、言い合っても無駄なので    

速人は視線を逸らすと改めて店内を見回した。

 立派な店だといつも思っていたが、所詮は小さな自営業。

 大手のリサイクルショップには対抗できていなかった。

 だからって幼なじみを売り飛ばしたりはしたくない。それな    

のに親父は……。

 なおも心の中だけで文句を並べていた時だった。

 扉が開いて、見覚えのある少女が入ってきた。

 シャツにジーンズというラフな服装に身を包んでいたが、小    

わきにスケッチブックを持つその少女は……。

「小泉さん……?」

 小望遠島では佳奈たちを罠にかけた事を思い出し、一瞬激し    

い感情が吹き出しそうになったが、何とか堪えた。

 彼女には深い理由がある。

 すぐに思い直すと、無理して笑ってみせる。

「今日は……何の用だ? 買い物じゃないだろ?」

<この前の事は謝ります。あれしか方法が無かったのです>

「方法が無い……って問題じゃないだろ? 石川たちは命を狙    

 われたんだぜ」

<でも、無事だったので安心しました。巻物は解読できました    

 か?>

「ああ。……ここではあれだから場所を変えよう」

 作業場で父親が耳を澄ましているのを気配だけで感じて、速    

人は瑞穂を引っ張って店から出た。

 途端に強烈な暑さが全身を襲い、外に出た事を後悔する。

「公園まで歩こう。木陰なら涼しいからな」

 瑞穂が首を縦に振ったのを確かめて、速人は歩き始めた。

 あまり身体が丈夫そうに見えない少女には酷かと思ったが、    

すぐに店の近くにある公園に着く。

 噴水では子供たちが無邪気に水遊びしていたが、それを横目    

に木陰の下のベンチに腰掛ける。

「暑いけど、ここなら人に話を聞かれる心配はない。で、巻物    

 の話だけど、小泉は<邪悪な存在>と関係があるのか?」

 躊躇いがちな頷き。

「……そうだと思った。だから石川たちを狙うんだな?」

 かすかな頷き。

「でも、本当は命を奪いたくない。そうだな?」

 大きな頷き。

 訴えかけてくるような視線に、速人は瑞穂が嘘をついていな    

い事を確信する。

「……複雑だな。そこまでして邪悪な存在とやらに従わないと    

 いけないのか?」

<全部、私が悪いのです。言葉を失ったのもその報いです>

「え? もしかして……昔はしゃべれたのか?」

<小さい時の話です。でも、邪悪な存在と関わったばかりに言    

 葉を失いました>

「関わったって……繋がりを切れないのか?」

<無理です。関わってしまった以上は最後まで関わるしかない    

 んです。私も石川さんたちと同じように巫女なのです>

「邪悪な存在に仕える巫女か?」

 頷き。

 額から汗が流れて色白な肌をつたっていったが、気にしてい    

る様子ではなかった。

「話が見えないな。まだ何か隠してるのか?」

<詳しい話は、石川さんたちにもしたいと思います。一度、私    

 の家まで来て下さい>

「無理だ。また罠にかける気だろ?」

<罠があるのは否定しません。邪悪な存在が勝手に仕掛けるか    

 らです。でも、はね返せばきっと真実を知る事ができます>    

「そんな危険な事が出来るか! 話は終わりだ」

 憤然と立ち上がった速人だったが、腕にたおやかな指が絡ん    

できて、すっと気持ちが落ち着くを感じた。

 視線を向けると、瑞穂の漆黒の瞳とぶつかる。

「罠があっても来てくれ、っていうのか?」

 大きな頷き。

「そうすれば、真実が分かるというのか?」

 さらに大きな頷き。

「……。分かったから手を離せ。逃げたりしない。それより、    

 邪悪な存在には逆らえないのか?」

<逆らったらおそらく、私は再び巨大化して貴方たちを襲うと    

 思います。そう言われてます>

「最悪だな……。分かった。返事は少し待ってくれ。石川たち    

 にも話してみるからな」

 安心したのか、ようやく瑞穂が微笑した。

 良家のお嬢様を思わせるその表情を見ても、速人の気持ちは    

複雑極まりなかった。

 のせられたか……? いや、のってみる価値はあるだろう。    

上手くいけば全て謎が解けるはずだ。

 深い霧がかかっていた守護巫女を巡る秘密に、わずかな光が    

見えてきたような気がした。

 しかし、出口への道は平坦とはとても思えなかった。

                                

 その日の午後。

 佳奈は琴美と共に、晶の家を訪れた。

 夏休みということもあり、家でゆっくりしていたら、速人か    

ら電話がかかってきたのだった。

「<大事な話がある>って言ってたんですけど、何なのか……    

 想像つきませんね」

 玄関の前まで来て、佳奈は今更のように言った。

 待ち合わせ場所からここに来るまで、暢気に昨日のテレビ番    

組の話をしていたからだったが、手では額の汗を拭ってばかり    

だった。

「佳奈が分からないんだったらボクも分からないよ。竹尾君の    

 ことを一番知ってるのは佳奈だからね」

「そうですけど……」

 最近はハヤトが何を考えてるのか分からないなーと内心思い    

ながらも、チャイムを鳴らす。

 すぐに晶の声で返事があったので、そのまま上がる。

 居間にはこの前と同じように、速人と晶、その父親である玉    

木が守護巫女たちの到着を待っていた。

「二人とも来たか。竹尾君、さっそくだが大事な話というのは    

 何かな?」

 佳奈がソファーに腰掛けるのを待って、玉木が待ちきれない    

ように話を切り出した。

「……。今日の午前中、小泉が俺の店に来た。全員で小泉の家    

 に来て欲しいって話だった。大事な話があるらしいんだ」

「また罠だな。話にならない」

 佳奈が言葉の意味を理解して驚くよりも早く、琴美は断言し    

た。

 視線は鋭く速人に突き刺さり、いつもの温和な雰囲気は微塵    

も漂わせていなかった。

「この前の事を忘れたとは言わせない。ボクたちは竹尾君の言    

 う通りにして大タコに襲われたんだ。また襲われるのは間違    

 いないな」

「ああ。襲われるだろうな。それがどうかしたのか?」

 刃を秘めた琴美の言葉を、速人は平然と受け止めてみせた。    

 剣呑なやり取りに、佳奈だけでなく、晶も玉木も口を挟むこ    

となく成り行きを見守っている。

「小泉も罠があるとはっきり言ってた。小泉は巻物に載ってた    

 邪悪な存在と繋がりを持ってるから当然だけどな」

「そこまで分かっててなんで誘いに乗るんだ? ボクたちを危    

 険な目に遭わせたいのかい?」

「真実を知るにはこれしか方法が無いと思ったからだ」

 速人の言葉に迷いは全く感じられなかった。

 こうなると絶対引かないのよねーと佳奈は思ったが、琴美も    

また追及を諦めたりしなかった。

「真実と引き替えにボクたちが死んでもいいっていうのかい?    

 それだけ危険な賭けなんだよ」

「だったらいつまで受け身でいるんだ? これから何度も狙わ    

 れて、いずれ邪悪な存在とやらに殺されて終わるだけだ」     

「それは……」

「どっちに転んでも邪悪な存在とは正面から向かい合わないと    

 駄目だ。小泉の誘いはいい機会だと俺は思う」

「ハヤトの言う通りかもね」

 琴美が守勢に立ち、緊迫した空気が少し緩んだのを感じ取っ    

たかのように佳奈が口を開いた。

 計算したわけではなく、ただの偶然だったのだが、視線は自    

然と今年の守護巫女に集まる。

「わたしはとにかく、答えが知りたいの。なんでわたしたちが    

 狙われてるのか分からないなんて……気持ち悪いし」

「気持ち悪いって……。佳奈、小泉さんの言うことを聞くと酷    

 い目に遭うって分かってる?」

「分かってます。でも、ハヤトの言う通りだと思うんです」

 後輩の言葉に、琴美は小さく息を吐き出して肩を落としただ    

けだった。

 てっきり自分に味方すると思っていたので、内心失望してい    

たのだが、佳奈はそこまで気づいていなかった。

「でもさあ、どんな罠を仕掛けてるか分からないんだぜ。また    

 巨大化して襲ってきたらどうするんだよ?」

 心から心配そうに晶が口を挟む。

「その時はわたしたちが相手するから大丈夫。ね、先輩」

「……。まあね。そうなったらボクたちがやるしかないか。ま    

 あ、この前は何とかなったしね」

「同じ手でくるとは思えないな。行くなら私も付き添おう」

「親父はただ取材したいだけだろ?」

「私なら東相沢まで送って行けるが、どうかな?」

 玉木の言葉で流れは完全に決まった。

 ただ一人反対していた琴美は面白く無さそうな表情を崩さな    

かったが、突然佳奈が肩を並べたのでびっくりした。

「佳奈?」

「先輩、ごめんなさい。これしか方法が無いと思ったんです」    

「う、うん……。分かってるけどさ。危険過ぎるよ。はっきり    

 言って。ボクだって佳奈を守りきれるかどうか……」

「ハヤトたちもいるから平気です」

 そう言って、ソファーの上の琴美の手に自分の手を重ねる。    

 上目遣いで見られると、同性をナンパするのが好きな少女で    

も鼓動が少し早くなるのを感じる。

 ……佳奈だって人のこと言えないじゃん。意識しないでボク    

を誘惑するんだからさ。でも……。

「分かった分かった。行くからには謎を全部解きあかさないと    

 ね。全力を尽くすから佳奈も頼むよ」

「はいっ!」

 その返事を待っていたのだろう。

 佳奈は髪飾りで束ねた髪を大きく揺らして頷くと、そのまま    

琴美から離れた。

 既に気持ちは瑞穂の家に飛んでいるのだろう。

 速人に「行くと決めたからすぐに小泉さんに連絡して」と話    

しかけている程だった。

 賭け……だな。うまくいけば膠着状態を動かせるし、邪悪な    

存在についても何か分かるかもしれない。でも、失敗したらど    

うなるんだろうか……。

 それ以上考えると恐くなるような気がして、琴美はテーブル    

に置かれていた麦茶を一口飲んだ。

 室内はクーラーのお陰で涼しい程だったが、全身から嫌な汗    

が吹き出しているような気がしてならなかった。