第27話 宮司は語る

                                

 何が起きたのか、佳奈はまったく理解できなかった。

 記憶を呼び起こしながら話をしていたので、穴の奥にはまっ    

たく注目していなかったからだったが、それだけに闇の塊が飛    

び出してきた時には腰を抜かしそうになった。

「佳奈……。大丈夫?」

 対照的に、琴美は冷静だった。

 額の汗を拭いながら、後輩の少女に呼びかけたからである。    

「大丈夫……だと思います。たぶん」

「あんまり大丈夫じゃなさそうだけどまあいいか。それより、    

 今のやつどこに行ったか……見てた?」

「全然……。びっくりしただけです」

「そうだろうね」

 最初から期待していなかったのか、琴美は小さく肩を落とす    

と地上に目を移した。

 巨大化した二人の周囲に消防隊員や救助した人たちがいなか    

ったのは幸いだったが、予想外の出来事に皆戸惑っているよう    

だった。

「佳奈。救助救助。ボクたちはその為に巨大化したんだから」    

「あ、そうでしたね……」

 琴美に促されて、やっと気持ちが落ち着いたのだろう。

 佳奈は額にかかる髪をかき上げると、傾いたマンションから    

の住民救助作戦を再開した。

 それにしても、今の闇の塊見覚えがあるな。……そうだ、巨    

大化した小泉さんと戦った時に背後に見えてたあれだ。

 手をかけているマンションが一段と傾かないように気をつか    

いながらも、琴美は自分なりに考えを進めていた。

 やっぱり一連の陥没事件と小泉さんには関係があるんだ。と    

すると、巻物の内容も……全て本当の事なのかもしれない。

 奇想天外な話だとは思ったが、そもそも自分たちが三十倍ま    

で巨大化している事自体が十分に常識外れなのである。

 自分たちが思っているよりも世の中には不思議な事があるの    

かもしれなかった。

「先輩、先輩」

「……ん? あ、なに?」

「救助……終わりました」

「あ、うん。意外と早かったね」

「かなりの人が既に逃げてたみたいです。消防隊員さんが全員    

 確認したので間違いありません」

 ようやく役目を終えてほっとしたのだろう。

 夏の制服姿のまま巨大化した佳奈は立ち上がると、両手を広    

げて軽く伸びをした。

 小ぶりな胸のラインが浮かんできて、さすがの琴美も目をそ    

らしかけたが、無邪気に笑うその横顔はやはり魅力的だった。    

 自分では気づいてないんだな……。ある意味ボクなんかより    

ずっと魅力的なのにさ。まあ、そこが佳奈らしいか。

 そんな事を考えながら、伸びを終えた佳奈の肩に手をかけよ    

うとした時だった。

「石川さん! 先輩! 救助終わったんだったら来て下さい!    

 会いたい人がいるそうです!」

 地上から、拡声器を使って晶が呼びかけてきた。

                                

「会いたい人?」

「誰かな? 街中で巨大化したのは久しぶりだからもっとこの    

 ままでいたいのにさ」

「そうですけど……。ねえ、誰なの? 会いたい人って」

「稲穂神社の羽田さんだってさ!」

 自分たちに巨大化能力を授けてくれた宮司の名前に、二人の    

守護巫女は顔を見合わせた。

 意外な人物に思えたからだったが、さっきまで巻物の話をし    

ていた事を考えると無関係とも思えなかった。

「だったら今行く。……どこにいるの?」

「こっちに来てるけど……待て待て! 元に戻ってくれ!」

「あっ、ごめん」

 すぐに一歩を踏み出そうとした佳奈だったが、晶の言葉に慌    

てて巨大化を解除した。

 琴美が続いたのも確かめずに、晶の元に駆け寄る。

「で、羽田さんはどこにいるの?」

「こっちだ。ここは事故現場だから普通の人は入れないんだ。    

 オレは用事があるからって無理やり入れてもらったんだ」

 そう言って晶は、<稲穂市消防局>と大きく書かれた拡声器    

を近くの消防隊員に返すと、踵を返した。

 守護巫女の活動には拡声器も必要かなーと暢気に考えながら    

佳奈は琴美と共に非常線の外に出る。

「あ……。羽田さん」

 稲穂神社の宮司であり、代々の守護巫女に<力>を授けてい    

る人物は、玉木と共に佳奈たちを待っていた。

 直接会うのは、春に儀式を受けた時以来だった。

「大事な話があって駆けつけて来ました。玉木さんから思いが    

 けない事を聞かされましたので」

 儀式の時とは違って、羽田は腰が低かった。

 ギャップに戸惑いながらも、佳奈は玉木の方に顔を向ける。    

「玉木さん……知り合いだったんですか?」

「いや。友人の友人といったところだな。直接の面識は無かっ    

 たが、どうしても来てもらう必要があると思ったのでね」

「玉木さん、話ってなんですか? ボクたちが手に入れた巻物    

 と関係あるのですか?」

 額から流れる汗を拭って、琴美が問いかける。

「関係あります。そもそも、その巻物は元々稲穂神社の所有物    

 だったのですが……過去に盗まれた物だったのです」

「え? まさか小泉さんが……」

「盗まれたのはおおよそ百年ほど前の話です。表に出てはまず    

 いので八方手を尽くして探したと記録には残ってますが、ま    

 さか今頃出てくるとは。……思いもよりませんでした」

「わたしたちが誰から手に入れたか……聞いてますか?」

 瑞穂が盗んだわけではないことに安堵しながらも、佳奈は漠    

然とした不安が消えなかった。

 瑞穂を完全に悪者にしたくないと思いつつも、流れは悪くな    

るばかりのような気がした。

「聞いています。……まさか、東相沢にあるとは思いませんで    

 した。あそこに神社があることはもちろん知ってましたが、    

 巻物に書かれた邪悪な存在と関係あるとは……」

「いいえ、まだ決まったわけではありません」

「それはどうかな? 小泉さんが巻物を持ってた時点で関係が    

 あるとしか思えないからね」

「先輩……」

「羽田さん、済みません。話を続けて下さい」

 琴美の言葉に、佳奈に対する気遣いは無かった。

 事実だけを追及する姿勢に、佳奈は別の意味で不安になる。    

「巻物の内容は全部分かったと思いますが……。守護巫女に力    

 を授けているのは、神社の祭神である豊受媛神(トヨウケビ    

 メ)ではありません」

「異国……タンギスタンの女神様ですか?」

「ええ、分かったのは世界中の情報が入ってくるようになった    

 戦後になってからです。アルダ、という名前で巨大化能力を    

 授けることが出来る女神だとか」

「アルダ? あのタンギスタン料理店の名前が確か……」

「やっぱり関係あったのね」

 晶の言葉に、佳奈は今更気づいたように答える。

 初めて行った時、随分と優遇してもらった事から何かあると    

思っていたのだが、あの店の異邦人たちは、自分たちに女神を    

重ねていたのかもしれない。

 だからわざわざこの街に店を出したのかもしれないわね。な    

んたって女神様もいるんだから。

「羽田さん、そのアルダという女神はまだ……神社にいるんで    

 すか?」

「いらっしゃいます。姿は見かけた事はないのですが、存在は    

 感じられます。表には出していませんが、神社の祭神といっ    

 てもいい程です」  

「異国の神様じゃ表に出しにくいよな」

「でも、日本の神様って中国とかインドから来たのもいるから    

 別に変じゃないと思うけどね」

 それはそうですけど……。

 口を挟みかけて、佳奈は相変わらず速人が何も言わないでい    

る事に気づいた。

 いつも会話には加わらないのだが、話だけはしっかり聞いて    

いるので声をかけてみる。

「ハヤトは何か聞きたい事、ある?」

「ん? 俺か……。羽田さん。巻物に書いてあった邪悪な存在    

 について何か知ってますか?」

 速人の質問に驚いたのは佳奈だけではなかった。

 大人を大人とも思わない不遜極まりない態度も引っ込めて言    

葉を発した上に、内容も正鵠を得ていたからである。

「いえ、詳しくは分かりません。ただ、アルダは邪悪な存在を    

 監視する為にここに来たような気はしています」

「守護巫女がいるのはその為、ということですか?」

「ええ。ですから守護巫女の力の秘密はあまり表に出したくな    

 かったのです」

 羽田の言葉に、佳奈は小さく頷いた。

 確かに巨大化できる少女たち……守護巫女の存在は極めて当    

たり前になっていたが、<なぜ巨大化できるか?>という点に    

ついては曖昧なままだった事を思い出したからである。

 巻物を解読したら色々な事が分かったわね。……でも、どう    

して小泉さんが渡してくれたのか分からないわね。

 何か意味があるような気がするのだが、はっきりしない。

 というより、今日になって判明した色々な事実が頭の中を駆    

けめぐって混乱していた。

「……佳奈、大丈夫? なんだかぼっとしてるけど」        

「あ、はい。暑いですけど大丈夫です」

「倒れないで欲しいな。今年の守護巫女は佳奈なんだからさ」    

「分かってます」

 返事してから、佳奈は自分が巻物に書かれた<邪悪な存在>    

と対峙しなくてはならない事に改めて気づいた。

 街を守るのが守護巫女の役目ならば、もし邪悪な存在が動き    

出した時には……何をしなければならないのだろうか?

 まさか、小泉さんはこれが言いたかったの? でも、小泉さ    

んが何をしたいのか分からないのに……。

 隣では琴美が羽田に質問を続けていたが、佳奈はなぜか嫌な    

予感が高まるのを感じているのだった。