第25話 隠された祭神

                                

 佳奈がその知らせを受けたのは、小望遠島から帰ってきて二    

日後……終業式の日のことだった。

「例の巻物……解読できたの!?

 式の行われた灼熱の体育館から戻り、下敷きでぱたぱたと風    

を起こしていた佳奈だったが、晶の言葉に目の色を変えた。

「ああ。たった今親父から連絡があった。学校終わったら家に    

 来てくれだってさ」

「他に何か言ってた?」

「いや。行けば分かるんじゃないか。……竹尾も来るよな?」    

「当たり前だろ?」

 さも当然と言わんばかりに積極的な言葉が返ってきて、守護    

巫女の少女は下敷きを動かす手を止めてしまった。

 いつもなら余計な前置きをしてからやっと返事するので、少    

し驚いたのである。

「ハヤトも積極的になったのね〜」

「馬鹿。そういう意味じゃない。興味があるだけだ」

「前は興味すら無かったのはオレの気のせい……いてっ」

 見事なスローインから放たれた消しゴムが額に命中して、晶    

は口をつぐんだ。

 二日に一回は似たようなやりとりを見ているので、特に何も    

言わずに佳奈は下敷きをしまうと、窓の外に目を移した。

 真夏の太陽に照らし出されたグラウンドや、街並みが目に入    

ってきたが、少しだけ気になる事があった。

 ……また、陥没事故が再発してるみたいなのよね。小さいも    

のばかりだからニュースにもなってないけど、ネットには結構    

流れてるみたい。

 昨日、暇潰しを兼ねて琴美に電話した時に出た話を思い出し    

て、佳奈は小さくため息をついた。

 市役所の守護巫女担当職員である田畑によれば、これでも隠    

しているつもりらしいが、ツイッターなどで簡単に伝わってし    

まうので公然の秘密になりつつあった。

 でも、本当の原因は分からないわね。小泉さんぐらいかも。    

何もかも知ってるのは。

 だからこそ、逆に自分たちに巻物を託したのかもしれない。    

 そんな事を考えている内に一学期最後のホームルームは終わ    

り、いつもよりずっと早い下校時刻になった。

「ところで先輩に連絡は?」

 昇降口から出たところで晶が聞いてくる。

「玉木君のお父さんがしてくれるはずよ」

「学校は……あ、そっか。ウチより一日く夏休みになったんだ    

 ったっけ?」

「だからすぐに駆けつけて……来てるわね……」

 校門に目を移して、佳奈はげんなりとした声を出した。

 昨年の守護巫女でもある少女はラフな私服姿で門に寄りかか    

っていた。

 その周りには女子生徒が何重にも取り囲み、まるでアイドル    

がお忍びで現れたかのような黄色い声が一帯を支配していた。    

 すっかり慣れたとはいえ、相変わらずの人気だった。

「……女の子にもてる女の子っているんだな、やっぱり」

「感慨深く言わないでよ。そのせいでわたしなんか親の仇みた    

 いに睨まれるんだから」

「オレにも少しは回して欲しいよな……」

「玉木君はそれなりに人気あるわよ」

 フォローになっていないフォローをしながら、佳奈は睨まれ    

る事を覚悟の上で、琴美を取り囲む女子生徒の間に割って入っ    

ていった。                           

 灼熱の太陽に負け無いほど痛い視線を感じながら、琴美に話    

しかける。

「先輩、遊んでないで行きますよ」

「つまらないな……。もっと遊んでたいのにさ」

「何の用事で来たか覚えてるんですか?」

「もちろん、この学校の女の子たちと遊ぶ為じゃない」

 片目を閉じてぬけぬけと言うので、女子生徒たちの間からは    

悲鳴に似た声が上がったが、佳奈は琴美の目が真剣なのを見逃    

したりしなかった。

「ナンパは後回しです。玉木君の家に行きますよ」

「分かった分かった。……じゃ、また後でね」

 最後の最後まで黄色い声が途切れないのはやっぱり凄いなー    

と暢気な事を考えた佳奈だったが、琴美が足早に歩き始めたの    

で後を追った。

「先輩、先輩」

「大丈夫。今のはほとんど遊びだから」

「……その発言は別の意味で問題ですよ」

「そう固いこと言わないで欲しいな〜」

 先輩の少女は相変わらず軽いながらも、本心を明らかにしよ    

うとしなかった。

 そんな関係が夏休みの間も続くのかな……と漠然と思いなが    

ら、佳奈は肩を並べたのだった。

                                

 晶の家は、佳奈たちが通う学校からそれ程遠くない住宅地の    

一角にあった。

 父親は著名な映像作家なのでもっと立派な家を期待していた    

のだが、少し大きくて新しいの除けば特に目立つような建物で    

はなかった。

「親父の仕事場は別にあるんだ。資料やら過去の映像やらで倉    

 庫が必要だからさ」

 玄関の前まで来て、晶が得意気に説明する。

「そうなんだ。さすがね」

「でも親父はケチだから何も見せてくれないんだ。見たいのは    

 沢山あるんだぜ」

「お前に見せたらどっかに持ち出されそうだからな」

 いきなり玄関の扉が開いて、すっかり見慣れた特徴のある顔    

が現れた。

 言うまでもなく、佳奈たちを呼んだ玉木だった。

「まあ、暑いから中に入って入って。冷たいものも用意してる    

 からね」

「ありがとうございます。暑くて暑くて……」

「こういう時いつも思うんだけど、ボクたちが巨大化して団扇    

 で風を起こしたらどうなるのかな?」

「……先輩。今日は緩み過ぎです」

「暑いからねえ。仕方ないよ」

 軽口を叩きながらも、琴美の目は真剣そのものだった。

 それに気づいてないのか、「風があれば涼しくなるかな?」    

とつぶやきながら晶が続き、最後に相変わらず無口で無表情な    

速人が家に入る。

「さっそく核心に入るけど……いいかな?」

 十五畳はある立派なリビングのソファーに腰掛け、冷たいジ    

ュースで喉を潤した佳奈だったが、玉木の言葉に弾かれたよう    

に顔を上げた。

「いいですけど……。巻物の内容は全部分かったんですか?」    

「専門家に頼んだらすぐに解読できた。ただ問題は内容だな。    

 意外と言えば意外だったな」

「どのような内容だったんですか?」

「一番重要なのは……やっぱり守護巫女の巨大化能力の秘密だ    

 な。君たちは不思議に思わなかったかい? ただ念じるだけ    

 で巨大化できるなんて常識ではありえないんだよ」

「そうですけど……。ほら、小さい時から守護巫女を見てます    

 からそんなものかな〜と」

 少し語尾を濁しながら佳奈は隣に座った琴美を見た。

 同じ事を考えていたのか、視線に気づくと微笑して片目を閉    

じてみせる。

 稲穂市の住民にしてみれば、巨大化能力を持つ少女は目の前    

に広がる海同様に<当たり前>の存在なのだった。

「それもそうだが、守護巫女が巨大化できるのはちゃんとした    

 わけがあることがはっきりとした。巻物には書いてあったん    

 だ。今から三百年ほど前にこの地に来た異境の巨大な女神が    

 選ばれた少女に巨大化能力を授けたと」

                                

 一瞬だけ、深い沈黙が居間を支配した。

 クーラーの音や窓の外のセミの鳴き声が急に耳に聞こえてく    

るようになったが、すぐに佳奈は確かめるように口を開く。

「異境の巨大な女神……!? それが、わたしたちに力を授けて    

るんですか!?

「ボクたちは巫女だから辻褄は合うけど……。そんな名前も知    

 らない外国の女神だったなんて……」

「待てよ。似たような話を聞いた事が……あっ! あのタンギ    

 スタン料理店で聞いたんだ! まさか繋がりが……?」

「あるんだろ、きっと」

 一様に驚く佳奈たちとは対照的に、速人は平然としていた。    

 既に事実を知っていたのか、単に驚きが顔に出ていないのか    

誰にも分からなかったが、玉木は話を続ける。

「晶の言ってるように、その女神はタンギスタンと関係がある    

 ようだ。自分は西から来たと話してるし、能力もぴったり一    

 致するからな」     

「信じられません……。宮司の羽田さん、何も話してくれなか    

 ったから……」

「それは無理ないかも。だって、稲穂神社の祭神とは関係ない    

 神様なんだからさ」

「そういうことだ。だから表向きは稲穂神社の神様の力という    

 ことにしてるんだろう」

「待てよ。って事は、その異国の女神は……まだここにいるっ    

 てことなのか?」

「だから石川さんたちは巨大化できるのだろう。まあ、別に悪    

 い話じゃない。守護巫女のお陰でこの街は守られてきたんだ    

 からな」

 ようやく驚きが収まってきて、佳奈は気を取り直すように目    

の前に置かれたジュースを飲んだ。

 ふと、稲穂神社の境内に置かれた初代守護巫女・蒲原妙の銅    

像が心に浮かんでくる。

 妙さんは凄いわね……。初めて巨大化したんだから。もしか    

して、女神の事を知ってたのかも……って……。

 続けて心に浮かんできたのは、まだ小さい頃、自分がいつか    

守護巫女になると予言した女性の事だった。

 その女性に授けられた髪飾りは今も佳奈の髪の一部を束ねて    

いた。

 なんで妙さんからあの女性が……。まさか、あの女性は妙さ    

んだった……って事は無いわね。でも、あの人は人間じゃなか    

ったみたいだったし、実は異国の女神様だったりして……。

「あーっ!」

「うわっ……。ど、どうかしたの?」      

「え? あ……。な、なんでもありません! なんでもありま    

 せんてばっ!」

「物凄い慌てぶりだねえ……」

「そんな事はありません! 大した事じゃないです!」

 きょとんとする琴美や晶、玉木に対して必死になって言い訳    

していた今年の守護巫女だったが、速人の視線に気づいて、す    

っと熱が醒めるのを感じた。

 少年の鋭い視線は、全てを見抜いているかのようだった。

 ……ハヤトはあの時いたから無理ないわね。後で話した方が    

いいかも。それより……。

「玉木さん、巻物には他に何かありませんでしたか?」

「そうだった。これも重要なんだけど、この街に守護巫女がい    

 るのはちゃんとした理由があるそうだ」

「え? 街を守る為じゃないんですか?」

「ここから先はちょっと信じられないが、どうやらこの街の底    

 には邪悪な存在が眠っていて、それを監視する為にも守護巫    

 女はいるらしいんだ」

「……。急に話が変になったなような気がするのはオレの気の    

 せいかな?」

「いや。ボクも同じだな。ただの街守りの巫女だったら格好よ    

 かったのにさ」

「……玉木さん、本当にそう書いてあるんですか?」

「何度も確かめたけどそうとしか解釈できないそうだ。しかも    

 その邪悪な存在とやらについては具体的には説明されていな    

 いそうだ」

 再び、沈黙が広い居間を支配した。

 さっきまでとは違って、居心地の悪さを覚えているような奇    

妙な沈黙だった。

「ま、まあ邪悪な存在については置いといて……。他に何かあ    

 りましたか?」

「そうだな。後は初代守護巫女の蒲原妙について触れられてた    

 り、当時の稲穂市についても書いてあったそうだ。どうやら    

 あの巻物は三百年前に書かれたらしいな」

「だったらなんで小泉さんが持ってたんだ?」

「謎よねえ……。小泉さんの家にあったのかしら?」

 佳奈の言葉に、速人が頷いたのを琴美は見逃さなかった。

 やはり多少は思い当たる節があるのだろうが、その情報源が    

不明なのは気がかりだった。

 疑いたくないけど、竹尾君は何かを知ってる。だから積極的    

に絡んできている。まさか邪悪な存在と関係が……って、それ    

は小泉さんの方かな?

 表向きは白けたような顔をしてたものの、琴美は邪悪な存在    

自体が気になっていた。

 実在するなら守護巫女が目障りになるのは当然だったし、瑞    

穂の不可思議な動きにも少しは合理性が生じるからだった。

 もしかすると、小泉さんは邪悪な存在と関係あるのかもしれ    

ない。でも、決定的には対立したくないからおかしな動きばか    

りしてる……ありえるか。

 なおも巻物の内容を聞き出そうとする佳奈を横目に、自分な    

りの考えをまとめていた時だった。

 佳奈の携帯が、田畑からの着信を告げた。