第23話 手に入れたものは

                                

 考えている余裕も無かった。

 なおも大タコと格闘を続ける琴美を放って、巨大な守護巫女    

は島へと駆け寄ったからだった。

 自分の存在を勘づかれたと悟ったのか、瑞穂は長い黒髪を翻    

して逃げようとしたが、佳奈は木立の中に手を突っ込んで行く    

手を塞ぐ。

 立ち木が雑草のように簡単に倒れ、瑞穂が足をすくませた事    

に気づいて、巨大化した少女はやり過ぎたと思ったが、あえて    

呼びかける。

「小泉さん……どうしてあなたがここにいるの?」

 口のきけない少女は返事を拒否するかのように首を大きく振    

っただけだった。

 いつもの会話用のスケッチブックを持っていないので、意思    

を伝える気も無いのだろう。

 何を考えているのかまったく分からず、佳奈は困惑して木立    

ちの中から手を出す。

「まさかと思うけど……わたしたちを狙ったの?」

 気まずい沈黙。

 しかし、否定しない以上、導き出される答えは一つだった。    

「なにか……理由があるんでしょう? 話して……くれない?    

 力になれないかもしれないけど」

 瑞穂は大きく首を振った。

 しかし、その瞳に深い悲しみと困惑が宿っているのを佳奈は    

見逃さなかった。

 一段と島に近づいて、訴えかける。

「だったらせめて先輩を助けて。大タコに襲わせるなんて卑怯    

 じゃない」

「……」

「先輩は何も悪い事はしてないの。それとも、この島には何か    

 あるの?」   

 しばらくの沈黙の後、瑞穂が小さく頷いたので、守護巫女の    

少女はかなり驚いた。

 八つ当たり気味の抗議に反応すると思ってなかったからだっ    

たが、それでも約束は守られた。

 背後でずっと続いていた大きな水音が小さくなったかと思う    

と、「……どうなってんだ?」という琴美の困惑した声が聞こ    

えてきたからである。

 びっくりして振り向いてみると、巨大なビキニ少女はきょと    

んとした面持ちで海の中に座り込んでいた。

 大タコはどこにもおらず、さっきまで激闘が繰り広げられて    

いたとは思えない程暢気な光景だった。

「先輩、大タコは?」

「突然小さくなって海の中に逃げてった……」

「小泉さんがいました。わたしが助けるように頼んだんですけ    

 ど……」

「やっぱりね。そういう事だったのか……」

 含みと刺のある言葉に佳奈が何もいえずにいる内に、琴美は    

豪快な水しぶきと共に立ち上がった。

 水滴が夏の日差しを浴びて輝き、その美しさに少女は思わず    

見とれてしまったが、当の本人は険しい表情を浮かべたまま肩    

を並べる。

 気がつくと、瑞穂はさっさとより離れた場所で怯えていた。    

「……さてと。小泉さん、何が狙いなのか話してもらおうか」    

「先輩……。そんな言い方をしなくてもいいじゃないですか」    

「ボクたちは命を狙われたんだよ。これでも抑えてる方だ」

「……小泉さん。本当に、何が狙いなの?」

 口のきけない少女は首を振って何も答えなかった。

 琴美の目が次第につり上がっていくことに気づいて、佳奈は    

何とかその場を取り繕おうとしたが、方法が思いつかずただ慌    

てていた。

「話して。もし嫌ならこっちにだって考えがある。ボクは今巨    

 大化してるんだ。……その気になれば何でもできる」

「先輩!」

「止めたら怒るよ」

 琴美は心の底から怒っているように見えた。

 しかし、そんな時にどうすればいいのか……友人は多いもの    

の修羅場の経験の無い佳奈にはどうすることもできなかった。    

 一方、瑞穂は自分が<犯人>なのにも関わらず、小動物のよ    

うに怯えるだけだった。

 罪の意識を感じてないと判断したのだろうか。

 琴美がさらに踏み込もうとした……まさにその時だった。

 後ろに手を回していた瑞穂が何かを地面に投げ捨てたかと思    

うと、そのまま身を翻した。

 巨大化しているのも忘れて、反射的に追いかけようとした佳    

奈だったが、琴美が手で制したので我に返る。

「先輩……」

「演技は終わり。恐かった?」

「は?」

「……間抜けな声を出さないで欲しいんだどねえ。いや、ほら    

 小泉さんが何も話さないからちょっとだけ恐い顔をして見せ    

 たんだ。そしたら面白い物を落としてったじゃない」

 さっきまでの表情とは別人のようなおおらかさだった。

 その豹変ぶりに佳奈が呆然として返事も出来ずにいる内に、    

琴美は瑞穂が落としていった物を指の先で摘む。

 どうやら古い巻物のようだった。

「これが欲しかったんだよねえ。きっとこの島のどこかに隠さ    

 れてたんだよ。まさか小泉さんに先を越されるなんて思って    

 もみなかったけどね」

「……え? 小泉さんどうやってこの島に来たんです? 船な    

 んか無いのに」

「簡単な話じゃない。今に……」

 琴美の得意気な言葉は、最後までは続かなかった。

 二人のいる島の反対側で大きな水音がしたかと思うと、木立    

の間に巨大な人影が見えたからだった。

 潮風に揺れる黒髪がちらりと見えて、佳奈はその正体をはっ    

きりと悟る。

「小泉さん……。巨大化してる?」

「やっぱりね。彼女もボクたちと同じ能力を持つんだ。それな    

 らこの島に隠れていても不思議じゃない。なにしろ、海は浅    

 いからね」

「あ、もしかして巨大化して海を渡ってきたんですか?」

「正解。まあ、それはとにかく小泉さんのことは後で考えれば    

 いい。この巻物も手に入ったし」

「……そうですね」

 なんとも釈然としなかったが、佳奈は頷いた。

 速人にこの島に来るように促しておいて大タコに襲わせたの    

は罠だと確信できたが、謎の巻物を残していった理由までは想    

像もつかなかった。

                                

 反対側で激しい戦いが繰り広げられたのにも関わらず、島唯    

一の入り江は一見すると平和だった。

 しかし、二人の巨大少女たちが戻るとその場にいた三人の男    

たちは我先に駆け寄ってきた。

「二人とも! 無事か!」

 戦場で相手の命を確かめるカメラマンのような表情で玉木が    

大声で呼びかけてくる。

「色々ありましたけど大丈夫です。そっちは……何も無かった    

 んですか?」

「何も無かったけど物凄い音が何度も聞こえてくるから生きた    

 心地がしなかった! それより元に戻ってくれ! ……声が    

 かれる」

「……あ、済みません」

 報告に夢中になっている事に気づいて、佳奈は波打ち際まで    

歩くと巨大化状態を解除した。

 まるで逆再生をかけたかのように水着姿の少女の姿は縮んで    

いき、いつもの大きさに戻って止まる。

「……いつ見てもシュールな光景だな……」

 晶が暢気な本心を洩らす。

「巨大化したままの方がシュールだけどね。まあ、それは置い    

 といて。これを手に入れたよ。ちょっと脅しをかけたら小泉    

 さんが渡してくれた」

「小泉さんが……? まさか襲ってきたのは……」

「正確には巨大化したタコだけどね。今度会ったら絶対に酢だ    

 こにしてやる」

「……そういう問題じゃないと思います」

 思わずつぶやいてしまった佳奈だったが、誰も気にかけてい    

なかった。

 先輩との付き合いは既に数カ月になるが、どこまで本気か分    

からない発言に悩まされるのはいつものことだった。

「しかし、この巻物はどこにあったんだ? ……参ったな、古    

 いという事は分かるけどそれ以上は何も分からないな」

「親父でもわかんないのかよ」

「人を何だと思ってるんだ。……いや、待てよ。知り合いにこ    

 ういうのに詳しいのがいたな。戻ったら解析を頼んでみる」    

「玉木さん、お願いします」

「あ、わたしからもお願いします」

 佳奈が言い添えるのに合わせるかのようにその場の空気が少    

しだけ緩んだ。

 守護巫女たちの無事は確かめられたし、内容は不明とはいえ    

古い巻物も手に入ったからだろう。

 ある種の達成感がその場を包み込んでいた。

 一人の少年を除いて。

「……石川。本当に小泉さんが罠をかけたのか?」

 いつもより小さな声で速人が問いかけてきたのは、とりあえ    

ずテントに戻って休もうと歩き始めた時のことだった。

「さあ。わたしたちが大タコに襲われた時に近くにいただけ。    

 しかも先輩が強く言ったら巻物を残して逃げちゃった」

「辻褄が合わないだろ? 罠にかけたんだったらなんで手がか    

 りを残すんだよ?」

「わたしに言わないでよ。困ってるんだから……」

「うーん……。正直ボクもわかんないんだよねえ」

 のんびりとした声で琴美も話に加わる。

 後頭部に手をやり、いかにも困惑したような表情を浮かべて    

いたが、その瞳は速人を見据えていた。

「敵対してるのは間違いないけど、詰めが甘過ぎるんだよね。    

 その気になればボクたちを幾らでも酷い目に遭わせることだ    

 って出来たのにさ」

「しかも先輩が脅したら逃げちゃいましたからね。先輩が恐過    

 ぎたんじゃないんですか?」

「酷いなあ。あれは演技だって言ってるじゃない。ボクは佳奈    

 をそんな風に育てた覚えは無いんだけどねえ」

「話が違います。……それよりハヤト。何が気になるの? ず    

 っとわたしたちと一緒にいるのに何も言わないじゃない」

「うるさい。ほっとけ」

「嫌。ハヤトは絶対何か隠してる。それを話さないからちぐは    

 ぐになってるんじゃない」

 速人は何も言わずに幼なじみの少女を見返した。

 いつもなら鋭い眼光も迫力を欠いて、どこか救いを求めてい    

るようにさえ見えた。

 それに気づいて、佳奈は反射的に相手の腕を掴む。

「ねえ、わたしたちに話せない事なの?」

「関係ねえだろ。離せよ。でかくなくても力はあるんだな」

「嫌。話すまで付き合ってもらうわよ」

「……佳奈……」

「先輩は黙ってて下さい。今日こそ聞き出してみせます」

 ふっと速人が目を伏せた。

 力任せに振り切るつもりかと身構えた琴美だったが、その予    

想は外れた。

 それこそ消え入るような声で少年はこう言ったからである。    

「守護巫女は狙われてる。……今言えるのはそれだけだ」

「当たり前の事を言わないでよ」

「違う。他にもいるんだ。守護巫女を狙っている連中は」

「……誰?」

「それは言えない」

 ゆっくりと佳奈が力を抜いた。

 あまりに漠然とし過ぎて、嘘をついているのではないかと一    

瞬疑ったが、すぐに否定した。

 速人は嘘をつくのが嫌いだったし、苦手だった。

「今日はそれでいいわよ。話せないんだったら仕方ないし」

「佳奈、いいの?」

「はい。どうして速人が離れないのか分かりましたから」

「まあ、ボクたちが誰かに狙われてるんだったら当然か。でも    

 どうしてその正体を言えないのかな?」

「ハヤトも知らないんだと思います」

 佳奈の無邪気な言葉に、速人は一瞬だけ眉を動かした。

 一番真実を伝えたい相手に、真実は伝わっていなかった。

「まあそうだろうね。……さてと。一度テントに戻ろうか?     

 大タコ相手に戦ったから疲れちゃったんだ」

 わざとらしく伸びをして、琴美は片目を閉じて見せた。

 話を終わりにしようとしている事に気づいて、佳奈も頷いて    

テントの方へと歩き始める。

 しかし、真意を伝えきれなかった少年は、その場にただ立ち    

尽くしているのだった。