第20話 小望遠島へ

                                

 港町・稲穂市の北側には漁港が集中している。

 山が海岸側に大きく迫り出していて自然も豊かであり、その    

沖合には島が散在していることもあって、ピクニック気分で訪    

れる市民も多い。

 そんな漁港の一つ・岡部漁港に面する駐車場に稲穂市の守護    

巫女たちの一行が現れたのは、七月の三連休が始まる朝のこと    

だった。

「まさか船まで出してもらえるなんて思いませんでした。ここ    

 まで乗せてきてもらえただけでも助かったのに」

 ステーションワゴンのハッチバックを開けて、自分の荷物を    

取り出しながら、佳奈は正直な感想を口にした。

 Tシャツにハーフパンツ、羽織っただけのパーカーというア    

クティブな服装で、頭には帽子まで被っている。

 女の子らしい服装を好む少女にしては珍しい軽装だったが、    

目的地を考えると当然だった。

「玉木君には感謝感謝だね。お父さんを上手く説得してくれた    

 から小遠望島に行けるんだからさ」

 車から下りて、軽く伸びをしていた琴美が答える。

 こちらも佳奈に負けない程の軽装で、まるで少年のように見    

えたが、抜群のプロポーションの為に間違えられる可能性は無    

かった。

「本当は田畑さんに期待してました。市役所に頼めば船も出し    

 てもらえると思ったのに……」

「幾らなんでもそれは無理だよ。今回船を出してもらえたのは    

 親父が友人に話しつけたからだぜ」

 得意気に言いながら、晶が話に加わる。

 愛用のデジタルビデオカメラは持っていなかったが、車から    

取り出した荷物は一番大きい。

 もしかすると半分は取材道具なのかもしれない、と佳奈はと    

りとめなく考える。 

 今回の<小遠望島キャンプ>の話をした後に一番張り切って    

いたのは晶で、その熱意で父親も口説き落としたからだった。    

「あと、保護者が付き添わないと学校だって許してくれるはず    

 ないだろ?」

「そうね……。玉木さん、本当にありがとうございました」

「気にしなくてもいい。うちの馬鹿息子がいつも取材させても    

 らってるからそのお礼みたいなものだ」

 晶の父親である玉木一明(かずあき)はそう言って、髭の下    

で鷹揚に笑った。

 数々のドキュメンタリーでその名を知られた映像作家の一人    

だったが、実際に会ってみると<玉木君のお父さん>そのもの    

だった。

 人が良くて取材熱心なところがそっくり。でも、外見が最近    

人気の戦場カメラマンに似てるから変な違和感があるのよね。    

「玉木君のお父さんって、戦場カメラマンのWに似てるね」

 笑いをこらえるような表情で、琴美が晶に耳打ちする。

「言わないで下さいよ。しゃべり方は違うじゃないっすか」

「まあそれはとにかく、頼りになりそうな人だね」

「ああ見えても何度も危ない橋を渡ってますからね」

 ちょっとだけ羨望混じりに晶は言うと、目線を動かして父親    

の様子をうかがった。

 髭面の映像作家は、荷物を降ろすのを手伝いながら、佳奈と    

打ち解けたように話をしていた。

 親父はいつも通りだからいいけど、問題は竹尾だよな……。    

相変わらず何考えてるか分かんねえし。

 そう思いながら、今度は速人の方に目を移す。

 無口な少年は、一人で黙々と荷物を降ろしていた。

「しっかし珍しいよな。お前がキャンプに来るなんてさ」

 明るい声になるように意識しながら、晶は呼びかけた。

「いつもだと「俺はいい」の一言で終わりなのにさ。そんなに    

 島の事が気になるんだ」

「なるに決まってるだろ? 島には何かあるのは間違いないん    

 だからな」

「……竹尾?」

「お前だって遊び気分だと怪我するからな」

「あ、ああ……」

 まさか注意されるとは思っていなかった事もあって、晶は半    

分思考が止まったまま頷いた。

 気を取り直すように額に浮かんだ汗を腕で拭う。

 梅雨は空けていなかったが、今日も暑くなりそうだった。

 ……竹尾の奴マジだ。ていうか、初めて見たな。あんな顔。    

何かあったのか……?

「ぼっとするなよ。船に荷物移すから手伝え」

「あ、悪い悪い。……あの船に乗るのか?」

「親父さんが頼んだんだろ? それぐらい把握しとけよ」

 速人らしくない小言の嵐を浴びせかけられて、すっかり混乱    

しながら晶は車から下ろした荷物の一つを手にした。

 既に二人の守護巫女は父親と共に、岸壁の片隅に停泊する小    

さな漁船に向かっているところだった。

                                

 キャンプの目的地である小望遠島は、漁港から数キロの場所    

にある小さな島である。

 台風の時などに使われる漁船の退避港しか存在しない無人島    

だったが、晶の父親である玉木の話によれば、退避港から歩い    

ていける場所にはちょっとした海岸があり、キャンプには格好    

の穴場だという。

「といっても……。船が無いと行けないんですよね?」

 玉木の話が終わると、佳奈は確かめるようにきいた。

 全ての荷物を積み込んだ漁船はエンジン音を高らかに響かせ    

ながら漁港を出ると、一路小さな無人島へと向かっていた。

 座席などは無かったので、<乗客>たちは武骨なライフジャ    

ケットを着用して荷物の上に座っていた。

「そうだけど、実はもう一つだけ方法があるんだ。実はこの海    

 は以外と浅い。水深は深いところでせいぜい三十メートルぐ    

 らいかな? 後は分かるね?」

「はい先生。ボクたちが巨大化すれば行けるんですね」

 玉木の言葉に、手を挙げた琴美が答える。

「ボクたちは巨大化すれば身長約四十八メートルだから、当然    

 顔は水面上に出ると……。でも、佳奈は泳げる?」

「ひどい……。わたしも泳げます。……ちょっとだけ」

「そのちょっとだけっていうのが不安なんだけどねえ」

「どうしてです? 水遊びする程度ならいいじゃないですか」    

「島全体を調べるならどうしても巨大化しないといけないから    

 ね。この船だってボクたちを下ろしたら戻るんだから」

「あっ……。そうでしたね……」

 無人島で大好きな先輩とキャンプが出来る事に浮かれていた    

佳奈は赤面して顔を伏せた。

 キャンプはあくまでも表向きで、本当の目的は島に眠ってい    

るかもしれない<秘密>を探し出す事だった。

「しっかりしてよ。今年の守護巫女なんだから」

「済みません……。でも、あの島には何があるんですか?」

「それが分かればボクも苦労しないよ。最初に話を持ってきた    

 竹尾君はどう思う?」

「……小泉は何かを伝えたいんだ。島に行けば何か分かる」

「ハヤト、それじゃ何も言ってないのと同じ」

「調べてみたけど、小望遠島は特に何も無さそうだね。江戸時    

 代から地図にはあるけど、港以外何も無いのは変わらない。    

 神社とかもあったわけではないようだ」

 自慢の髭を撫でながら玉木が話に加わる。

 ちなみに息子の方はデジタルビデオカメラを構えて、佳奈た    

ちを撮影するだけで一言も言葉を発しようとしない。

 面倒な説明は全部父親任せのようだった。

「え? 神社も無いんですか?」

「先輩、神社が気になるんですか?」

「ボクたちは名前も知らない神様から巨大化する力を授けられ    

 てるからね。その神社があると思ったんだ」

「じゃあ、島には何があるんですか?」

「それを調べるのが今回の目的だろ? キャンプに行くわけじ    

 ゃないんだ」

「ハヤト……相変わらず可愛くないのね。その言い方なによ」    

「お前に可愛いなんて言われたくねえよ」

「ま、ハヤトが可愛くないのは昔からだけど。……にしても、    

 なんか嫌な予感がしませんか?」

 佳奈の言葉は特定の誰かに向かって発せられたわけではなか    

ったが、形容できない重みが感じられたのか、船上の<乗客>    

たちは一様に戸惑ったような表情になった。

 しかし、すぐに空気の変化に気づいたのだろう。

 佳奈はトレードマークになっている小さな髪飾りを揺らしな    

がら大げさに否定する。

「じ、冗談です、じょーだん。気にしないで下さい……」

「佳奈が言うと妙に説得力があるのはボクの気のせいかな?     

 ボクよりずっと巫女さんっぽいしさ」

「で、でも何もありませんよ、きっと。調べるだけ調べたらゆ    

 っくりしましょうよ〜」

「そうだね。竹尾君もそれでいい?」

「ああ」

 速人が頷いたのを最後に会話は途切れたが、さっきまでの空    

気はいつの間にか霧散していた。

 その事にほっとした佳奈だったが、やがて自分の言葉に内心    

首をかしげる。

 ……どうしてあんな事言ったのかしら……? どっかに行く    

度に何かあったから? それとも、大きな何かに巻き込まれて    

るからかも……。

 はっきりと口にしていなかったが、佳奈は最近自分が守護巫    

女に選ばれた事に大きな意味があるのではないかと思い始めて    

いた。

 昨年までは守護巫女に関係する事件は起こらなかったのにも    

関わらず、今年は既に色々な騒動が起きていたからだった。

 でも一番気になるのは髪飾りをくれたあの女性ね……。また    

夢で見るようになったし。関係……あったりして。

 そんな事を思いながら、髪の一部を束ねた髪飾りに手を触れ    

てみる。

 あの時の約束通り守護巫女にはなったものの、心の一部はど    

こか釈然としないままだった。