第19話 巫女の言葉

                                

 かつて集落のあった場所で繰り広げられる巨大少女たちの後    

片付けに背を向けて、速人は細い道を上っていた。

 目的地は山の中腹にある名前も知らない神社。

 その片隅にある小さくて古い家に、瑞穂は一人で住んでいる    

はずだった。

 親父から場所は聞いてたけど、凄い場所だな。本当にこんな    

不便な所に住んでいるなんて思わなかったぜ。

 足を止めて汗を拭いながら、速人は自分の行動を少しだけ後    

悔し始めていた。

 ……でも、行かないと駄目だ。小泉さんに直接会って話を聞    

かないと駄目だ。俺の為にも、石川の為にも。

 瑞穂に会いに行くように唆したのは、<ダークポラリス>の    

連絡員であるマツキだった。

 そうでなければ今後情報の提供はしないとまで言い切られて    

は、従うしか無かった。

 人の足元を見やがってあいつ……。そこまでして小泉さんを    

取り込みたいのか?

 マツキ……ダークポラリスが新たに現れた<巨大妖精>に興    

味を持っているのは明らかだった。

 おそらく、二人の守護巫女と合わせて自分たちの<兵器>に    

したいと企んでいるのだろう。

 そんな事はさせたりしない。幼なじみや大事なお客様を売り    

飛ばすような真似なんかしたりしない。

 ふと気になって後ろを振り向く。

 いつの間にか瓦礫の山は三分の一が片づけられており、琴美    

が指定した一角にまとめられていた。

 その作業をする二人の巨大少女たちは楽しんでいるようにさ    

え見えた。

「気楽なものだな。こっちの苦労も知らずに」

 吐き捨てるようにつぶやくと、黙々と道を上り続ける。

 瑞穂が住んでいるという神社に着いたのは、何度も拭ったは    

ずの汗がまた額に浮かんできた頃のことだった。

「普通の神社だな……。おかしな所は無いか」

 汗を拭きながら、思わず首をかしげる。

 細い道の果てにあったのは、ごく小さな神社だった。

 社務所などは見当たらず、鳥居の下から石畳で舗装されてい    

て本殿まで続いている。

 周囲は建物を守るかのように木々で囲まれ、閑静な雰囲気を    

強調しているかのようだった。

 配達に行った親父の話だと、右奥に家があるんだったな。ま    

ずは小泉さんに会って話を聞かないと。

 気持ちを引き締め、その方向へと歩き始めた時だった。

 本殿の裏側から、長い黒髪を揺らした巫女が現れた。

「小泉さん……?」

 いつも制服姿しか見ていないので印象は異なったが、見間違    

いではなかった。

 速人が軽く片手を上げると、黒髪の巫女……瑞穂は見覚えの    

あるたおやかな微笑を浮かべて向かってきた。

 左手にはスケッチブックと鉛筆が握られている。

「久しぶりだな。……体調は元通りなのか?」

 硬派の看板を捨てて、常連客向けの顔を作りながら速人は話    

しかけた。

<はい。おかげさまでもう大丈夫です。しばらくお店行けなく    

 て済みません>

「そんな事はない。また気が向いたら来て欲しい」

<ありがとうございます。この前は済みませんでした>

 瑞穂は一カ月前の出来事を覚えていないと聞いていた。

 気づいた時には病院のベッドだったというが、どこまで本当    

なのか分からない。

 でも、あの時は何かに操られていたのは間違いない。記憶が    

ないというのは嘘ではないかもしれない……。

<今日はどうしてここに来たのですか?>

「瓦礫の片づけに付き添って来たんだ。守護巫女たちでないと    

 出来ないっていからさ」

<私は何も覚えていないんですけれど、半分は私のせいだと聞    

 いています。まさか、こんな事になるなんて>

「気にしなくてもいい。操られていただけだからな」

 今にも泣きそうな顔をしていた瑞穂だったが、速人の言葉に    

顔を上げた。

 潤んだ瞳に見据えられて、さすがの速人も戸惑う。

<もう、あんな目には遇いたくありません。覚えてはいないん    

 ですけれど、酷い事をしてしまいました>

「済んだ話だ。……それにしても、この神社には誰を祭ってい    

 るんだ?」

<稲穂神社と同じ神様です。分社みたいなものですから>

「そうなのか……」

 だったら深い意味は無さそうだな。

 一瞬そう考えた速人だったが、すぐにマツキから聞いた話を    

思い出した。

 稲穂神社には表に出ないもう一柱の神様が祭られており、そ    

の祭神が巨大化能力を授けていると。

 もしその話が本当だとすれば……。

「本当に同じ神様なのか? 表に出ない神様もいるんじゃない    

 のか? その神様は西から来たんじゃないか?」

 瑞穂はスケッチブックに文字を書くことなく頷いた。

 それだけで、速人は瑞穂が巨大化した謎が解けたような気が    

した。

「だとすれば……ん?」

<これ以上は聞かないで下さい。お願いします>

「答えたくないのか?」

<いいえ。答えられないのです>

 やはり瑞穂は何かを知っている。

 速人は勘だけで確信したが、それ以上踏み込む事は出来そう    

になかった。

 それでも、収穫は十分だった。

 マツキには適当に情報を流して、石川たちにはちゃんと伝え    

よう。俺だってやる時はやるんだ。

 仲間内での評判は自覚しているのだろう。

 そんな事を考えながら次の質問を考えていた時だった。

 突然、瑞穂がスケッチブックを突きつけてきた。

 びっくりして目を落としたが、そこにはこう書かれているだ    

けだった。

<小遠望島>

「え……? どういう意味だ?」

 速人の問いかけにも、瑞穂は答えなかった。

 スケッチブックを閉じると、いつものように深々と頭を下げ    

てそのまま立ち去って行ったからである。

 追いかけて問い詰めようとしたが、そこまでする気にはなれ    

ず、速人は呆然とその背中を見送る。

「小遠望島……。そこに行けということか?」

 瑞穂以外の誰かが仕掛けた罠が潜んでいるような気がして、    

嫌な予感がしてならなかった。

 しかし、佳奈たちには伝えないという選択肢は存在しなかっ    

たのだった。

                                

 巨大化した佳奈が陥没させた穴にそっと手を入れた琴美が最    

初に見つけ出したのは、石の壁で囲まれた空間だった。

「人工的に作られた物だ。かなり古いな」

「もう少し穴を広げられませんか?」

「足場は大丈夫?」

「ええ。わたしは平気です。他の人は下げましたから」

「上等。巨大化してるとこんな時は得だよね。五メートルの段    

 差が気にならないんだから」

 そう言いながら琴美は細心の注意を払いつつ穴を広げた。

 何か出てくる事を期待したのだが、古びた石室の全体が見え    

ただけだった。

「何もありませんね」

 ちょこんと瓦礫の上に座ったまま、佳奈が感想を口にする。    

「うーん。後は実際に下りてもらった方がいいかもしれない。    

 ボクたちに出来るのはここまでかな?」

「そうですね。……田畑さん。穴を広げましたから後で調査を    

 お願いできますか?」

「分かったけど、こういうのは誰に頼めばいいんだろうな?     

 まあ月曜になったら当たってみるか」

「心当たりはあるんですか?」

「市の仕事じゃないから本当に調査できるか分からないけど、    

 何とか探してみる」

 市役所務めの長い田畑は独自の人脈を持っていると聞いた事    

がある。

 外見は典型的な小役人という感じなのだが、温厚で有能なの    

で守護巫女を担当しているのだろう。

 佳奈はそんな事を考えながら立ち上がろうとしたが……。

「あ、先輩。ちょっと待って下さい」

「どうかしたのかい? 足場気をつけて」

「平気です。ほら、壁の一部に穴が空いています」

「本当だ。西の方に向かってないか? ……待って。陥没事件    

 とやっぱり関係あるかもしれない」

「高田さん、どうしたんだい?」

 すぐに田畑が呼びかけてきたが、巨大化した琴美は片膝をつ    

いたまま考え込んでいた。

 人工的な石室の壁に開けられた穴は、どう見ても人工的なも    

のとは思えなかった。

 巨大な生物によるものならば納得いくものの、そんなものが    

この世に実在するわけ……。

 あるな。現にボクたちは巨大化している。人間に限った話じ    

ゃないとすると、一連の陥没事件はもっと根が深いのかもしれ    

ない。それは小泉さんの一件ともつながってる……?

「先輩、そろそろ片づけ再開しませんか?」

「そうだねえ……。佳奈は気にならない? この穴」

「気になります。もしかすると、本当にわたしたちが街を守ら    

 ないといけなくなるかもしれませんね」

 さりげない発言だったが、本質を突いているような気がして    

琴美はびっくりした。

 一瞬、佳奈が本物の巫女のように思えた。

「どういう意味?」

「……冗談です。二人も守護巫女がいればどんな相手でも大丈    

 夫です。わたしたち、こんなに大きくなれるんですから」

 佳奈は立ち上がると、軽くポーズを作ってみせた。

 巫女装束姿のまま巨大化した少女ながらも、その無邪気な笑    

顔は琴美の不安を消し去るのに十分だった。

「そうだね。これだけ大きければゴジラにだって勝てるから」    

「えー無理ですよ。さすがに。わたし格闘技は駄目なんです」    

「そういう問題じゃない気がするけどね」

 冗談で言っていると分かったので、琴美は笑って佳奈の肩に    

手を乗せた。

 それを合図にするかのように、二人の守護巫女は瓦礫の片付    

けを再開したのだった。