第18話  瓦礫の奥から

                                

 巨大化した瑞穂との戦いで壊滅した集落は、一カ月前と同じ    

ような姿を晒していた。

 梅雨が近づいているのにも関わらず空はよく晴れ渡り、ちょ    

っと動くだけで汗が流れる程だったが、それだけに目の前の瓦    

礫の山が余計白々しく思えてならなかった。

「しかし、落ち着いて見てみると凄い状態ですね。無事な建物    

 は一つも無くてみんな壊されてますからね」

 ビデオカメラを手にしたまま、晶が呆れたように言ったのは    

琴美が隣に並んだ時だった。

「まあ、無理ないけどね。あんなに派手に暴れたんだから」

「ところで石川さんは? さっき田畑さんに呼ばれてたみたい    

 ですけど?」

「佳奈は車の中で着替え中。覗いたらボクでも怒るからね」

「着替え中? あの服装で巨大化するんじゃないんですか?」    

「佳奈はそうしたかったみたいだけどね。でも……」

 肩をすくめて、琴美は少し離れた場所に顔を向けた。

 そこにはテレビや新聞など報道陣が十数名、取材の準備を進    

めていた。

「あ、なるほど。それで……」

「ボクはこの服装のままで巨大するけどね。やっぱり動き易い    

 方がいいじゃない」

 その言葉に合わせて、晶はカメラを琴美に向けた。

 白のTシャツに灰色のパーカーを羽織り、紺色のショートパ    

ンツに黒のスパッツ、長めのソックスにスニーカーという服装    

だったが、不思議と似合っていた。

「相変わらず格好いいですね……」

「佳奈にも同じ事言われたよ。男の子みたいだって」

「確かに」

 晶の正直な返事に、琴美は笑って何も言わなかった。

 言われるのは慣れていたし、何もよりも気になった事があっ    

たからだった。

「ところで、竹尾君は?」

「あれ? さっきまでいたのに……どこ行ったんだ?」

「佳奈とは一緒じゃなかったね」

「あいつたまに勝手に行動するからな……」

 口ではそう言いながらも、晶はあまり心配していないようだ    

った。

 そもそもいつも勝手な行動ばかりしていて、幼なじみの佳奈    

の言う事すらあまり聞かない程である。

 気にするだけ無駄というものだった。

 不意に、辺りが暗くなったような気がして、晶は反射的にそ    

の方向を見た。

 一カ月前の悪夢が心をよぎったからだったが、その正体が分    

かると思わず安堵する。

 頭上高く昇った太陽を遮ったのは、巫女装束姿のまま巨大化    

した佳奈だったからだった。

「着替えって、この事だったんですね」

 すぐに気を取り直し、カメラを向けながら映像作家の卵の少    

年は言った。

「取材があるんだったら仕方ないよ。何たって佳奈は守護巫女    

 だからね。あの姿じゃないと文句が出るんだってさ」

「……誰からです?」

「さあ。さてと、ボクも行かせてもらおうかな」

 詳しい事は知らなかったので、琴美は澄ました顔で言い切る    

と晶から離れるように歩き始めた。

 周囲に人のいない場所を探す為だったが、内心では速人の事    

を少しだけ気にかけていた。

 行き先は想像がつく。おそらく、小泉さんの所だ。ここは任    

せた方がいいかもしれない。

 色々と不安はあったのだが、信じるしかないと思うのと同時    

に、琴美は足を止めた。

 取材陣などから離れている事を確かめると、いつものように    

心の中だけで自分に不思議な力を授けてくれた<何か>に対し    

て念じる。

 その瞬間、すらりとした普段着に包まれた琴美の体は一気に    

巨大化を始めた。

 少しだけびっくりした様子で振り向いた佳奈を横目に、昨年    

の守護巫女は自分の身体が大きくなっていく感覚を楽しむ。

 自分に無限の力が宿ることを確かめるかのように……。

 佳奈より少しだけ身長が上回って、巨大化は完了した。

 軽く腕を振って異常が無いのを確かめると、いつもやるよう    

に辺りの様子を確かめる。

 山間の集落は原形を残さずに壊滅しており、残された瓦礫が    

無残だったが、琴美はすぐに北に目を向けた。

 山の中腹に小さな神社らしき建物があるのを見つけると、わ    

ずかに目を細めてその景色を脳裏に刻む。

 瑞穂はそこに住んでいるはずだった。

「先輩、今日はお願いします」

 視線を元に戻すのと同時に、佳奈が声をかけてきた。

 既に瓦礫となった集落と向かい合うように立っていて、いつ    

でも作業を始められる状態のようだった。

「分かってる。二人でやればすぐに終わるよ。それにしても、    

 巫女姿で後片付けするなんて思わなかったな」

「わたしもです。これ……汚れてもいい安物だそうですけど、    

 何か落ち着かなくて」

 心の底から困惑しているか、佳奈は軽く身体をひねったりし    

ている。

 その度に地上の報道陣が反応している事に気づいて、琴美は    

思わず苦笑する。

「佳奈は本当に巫女装束が似合うね。とっても可愛いし」

「……そうですか? こんなに大きくなってるのに」

「さてと、巫女装束のファッションショーは後にして片づけ始    

 めるよ。どうすればいいんだい?」

「えっと、田畑さんの話では瓦礫をとにかく一カ所に集めるよ    

 うにとのことでした。そうすれば後で業者が片づけてくれる    

 そうです」

「なるほど。だったら……」

 わずかに辺りを見回しただけで、琴美は即断した。

 スニーカーに包まれた足で瓦礫を蹴散らしながら歩くと、集    

落の南の外れで足を止めて振り向く。

 取材陣の邪魔にもならない上に、街に通じる道路からも離れ    

ていない場所だった。

「ここでいいんじゃないかな? とにかく瓦礫を集めて持って    

 くればいいんだし」

 そう言って琴美は、半壊していた住宅などを簡単に壊して踏    

み潰してしまった。

 カメラを意識して、ポーズを決めてみせる。

「ボクが場所を作っておくから佳奈は瓦礫を集めてきて。何か    

 質問は?」

「先輩……格好つけ過ぎです」

「言うようになったねえ、佳奈も」

「さすがに慣れてきましたから」

 そう言って、巫女装束姿の巨大少女は無邪気に笑った。

 つられるように琴美も微笑したのだった。

                                

 二人の巨大少女による瓦礫片づけ作戦は、なかなか順調とは    

いえなかった。

 巨大化すれば力もつくので簡単だと思っていたのだが、佳奈    

が思い違いに気づいたのは、壊された住宅などをまとめて持ち    

上げようとした時だった。   

「ぼろぼろですね……。しかも汚れますね、かなり」

 力を込めたつもりはないのに瓦礫が細かくなってしまったの    

を見て、佳奈は呆れ半分言った。

「道具が欲しいな。一度元に戻って調達してくるかい?」

「止めた方がいいかもしれません。こんな所で道具なんか使っ    

 たら二次災害になるかもしれませんから」

「そうだね。……道具ごと巨大化できる便利な能力なのにやっ    

 ぱり不便だな。えいっ」 

 内心では不満があるのか、琴美は目についた半壊した建物を    

スニーカーの先で蹴り壊してしまった。

 また瓦礫が増えて、一部が佳奈の白足袋と草履に包まれた足    

にまで飛んでくる。

「先輩……」

「佳奈も好きにしたらいいじゃない。この前みたいに」

「あれは特別です。建造物を壊すのはやっぱり……躊躇いがあ    

 ります」

 佳奈がなぜか口ごもったのを、琴美は聞き逃さなかった。

 かつて似たような話をした時には冗談半分で、破壊活動を楽    

しんでいるような事を言っていたのだが、その本心は琴美が考    

えていたものと違うような気がした。

 ……ボクも似たようなものだから仕方ないか。でも、もしそ    

れが本心だとしたら……。

「先輩、とにかくやりましょうよ。片づけないとお昼も食べら    

 れません」

「佳奈って変なところで現実的なんだね」

「巨大化するとお腹が空きませんか?」

 瓦礫を抱えたまま、巨大化した巫女は小首をかしげた。

 その違和感満点の光景にさすがの琴美も内心少々呆れたが、    

否定する言葉も見つけられなかったので自分も作業を続ける。    

 瓦礫を持ち上げては、一カ所に集めていったからである。

 重機を使ったとしても気が遠くなりそうな程時間がかかる作    

業を、巫女と普段着姿の巨大少女は黙々とこなしていった。

 最初は熱心に取材していたマスコミも他の先に行く必要があ    

るのか一社、二社といなくなっていく。

「思ったよりも楽に終わりそうですね」

 再び廃材の山を抱えて、佳奈が微笑して言ったのは壊滅した    

集落の半分程が綺麗に片づいた後の事だった。

「佳奈も調子出てきたみたいだね。その姿も様になったし」

「汚れても平気ですから。これちゃんと洗濯できるんです」

「そういう事を気にするのはいい事なのか細か過ぎるのか……    

 微妙だね」

「いいじゃないですか。お洗濯は大変なんです」

 家で家事を手伝わせされる事も多いので、少しむきになって    

答えると佳奈は、瓦礫を集めた場所に向かって歩き始める。

 今のわたしの力って、ダンプカー何台分かな?……などと暢    

気に考えた時だった。

 突然、足元が大きく崩れて、巨大な巫女は前のめりに転んで    

しまった。

 轟音が辺りに響き渡り、抱えていた廃材が雨のように地面に    

降りそそぐ。

「どうしたんだ!」

「……ちょっと転んだだけです。こんな所に穴があるなんて思    

 わなくて……」

「穴? そんな物無かったからまさか陥没させた……?」

 パーカーの裾を翻して、琴美が駆けつけてきた。

 佳奈を助け起こすと、地面に空いた穴を確かめる。

 場所は集落の中心付近で、周囲にはかつて住宅があったよう    

だったが、瓦礫も撤去されたので正確には分からない。

 しかし、巨大化した少女は、佳奈が踏み抜いた事で初めて地    

下に空洞があるらしい事に気づいた。

 陥没……まさか、一時市内で続いていた道路の陥没事件と何    

か関係が……?

「まさかわたしがドジったんですか?」

「いや、違う。元からここに空洞があったみたいだ。かなり大    

 きいな。ボクたちでないと調べられないな」

「深いですね。五メートルはありそうです」

 怪我は無かったのか、佳奈もすぐに肩を並べた。

 穴の大きさは直径約十メートル程もあり、一部の住宅の土台    

を巻き込んで見事に陥没していた。

「何があったんだ? 二人とも!」

 田畑の叫ぶような声が耳に届いた。

 振り向く……というより足元を見ると、市役所の守護巫女担    

当職員と晶が揃って穴に近寄ろうとしていた。

「二人とも近づかないで。深いからボクたちが調べる」

「空洞を見つけたのか!」

「わたしがたまたま踏み抜いたんです……」

「石川さんのせいなのか!」

「違います!」

 大声で反論してから、佳奈は頬を染めて口を押さえた。

 守護巫女の大声は普通の人間には、破壊的な騒音にしかなら    

なかった。

「佳奈も落ち着いて。とにかく調べてみよう。……もしかする    

 と何か分かるかもしれない」

 自分でも何が分かるのか見当もつかなかったが、琴美はその    

場に膝をつくと、陥没した部分に手を入れ始めた。

 いつしか瓦礫の片づけどころではなくなっていたのだが、そ    

の場の誰も気づいていないのだった。