第15話 東の国の女神

                                

 二人の守護巫女が中心街の一角にあるハンバーガーショップ    

に入ったのは、それからしばらくしてからの事だった。

 稲穂市の有名人が並んで入ってきた事に気づいたのか、店内    

の空気が少しだけ変わったが、既に慣れているので、注文した    

品物を受け取ると二階の席に上がる。

「佳奈も慣れたものだね。注目されても慌てなくなったし」

 ハンバーガーの包みを解きながら、琴美が茶化すように言っ    

た。

「もう一カ月以上になりますし、散々注目されましたから。で    

 も、街を歩くだけでこんなに視線を集めるなんて思いません    

 でした」

「だって身長四十八メートルにまで大きくなるんだから。目立    

 って当然じゃないかな」

「そうですね」

 返事しながらも、佳奈は琴美と二人だけで向かい合っている    

事に少しだけわくわくしていた。

 やっぱり格好いいわね。ボーイッシュで背も高くて……。も    

し男の子だったら絶対惚れてるわね。ま、実際女の子に凄く人    

気らしいけど。

 もっとも、当の本人に言わせると「ボクとしては異性にもて    

る方が嬉しいんだどね」らしいのだが。

「……ボクの顔に何かついてる?」

「え? あ、な、何でもありません!」

「見とれてたんだね。ボクが男の子だったら良かったと思って    

 るのかな?」

「そんな事はありません。そんな事は……」

 琴美は面白そうに笑うだけで何も言わなかった。

 全部見透かされている事に気づいて、すっかり恥ずかしくな    

った佳奈が慌ててハンバーガーににぱくついた時だった。

「石川さん、お久しぶりです」

 聞き覚えのある男性の声が耳に届いて、守護巫女の少女は慌    

てて顔を上げた。

 タンギスタン料理店を経営するストルーヴェだった。

 ハンバーガーのセットを載せたトレイを持って、人の良さそ    

うな笑みを浮かべていた。

「あ……ストルーヴェさん」

「覚えていてくれて光栄です。この前は来店して下さってあり    

 がとうございました」

「とっても美味しかったのでまた行きたいと思ってたところで    

 す。……ところで、お店はどうしたんですか?」

 異国の料理人が私服姿なのに気づいて、佳奈は素朴な疑問を    

投げかけた。

「今日は休みです。ちょっと仕入れも滞っているんで臨時休業    

 にしました」

「仕入れ? もしかすると、タンギスタンから食材を仕入れて    

 るんですか?」

「ええ。やはり母国の料理は母国の食材で作るのが最高ですか    

 らね。ところで、この前はお話しできなかったのですが、私    

 の国に伝わる巨大な女神の伝説に興味はありますか?」      

「あ、是非聞かせて下さい。先輩もいいですよね?」

「え? あ、ああ」

 多少ぼんやりしていたのか、珍しく琴美の返事は曖昧なもの    

だったが、佳奈は気にしなかった。

 言われるままストルーヴェが隣に座ると、さっそく話を頼ん    

だからである。

「私の国……タンギスタンに古くから伝わっているのですが、    

 その巨大化できる女神はアルダと言います。……私の経営す    

 る店の名前でもあります」

「あ、そういう意味だったんだ」

「ええ。ですからこの前お二人が来店して下さった時には嬉し    

 かったです。貴方たちこそ、アルダですからね」

「そうなのかな……? わたしは普通の高校生なのに」

 いまいち納得できなかったのか、佳奈は髪に手をやってきょ    

とんとしていた。

 それを見たストルーヴェは苦笑すると、

「巨大化できる能力を持つ事自体がアルダの証です。その能力    

 は神社で手に入れたと聞きましたが、本当なのですか?」

「はい。稲穂神社で儀式をしてから巨大化できるようになりま    

 した。……なんでこうなったかよく分からないですけど」

「でも、神社に祭られてるのも女神様なんだよね」

 琴美が話に加わったのはその時だった。

 ストルーヴェの視線を受け止めると、少年のような快活な笑    

みを浮かべて言葉を続ける。

「本当の事を言うと、あの神社に祭られてる神様の正体はよく    

 分からないんだ。表向きは豊受媛神(トヨウケビメ)ってこ    

 とになってるけどね」

「え? そうなんですか?」

「ボクも宮司さんから聞いたんだけどね。トヨウケビメでも間    

 違いではないんだけど、その裏に名前の分からない謎の女神    

 がいるっていうんだ」

「その女神が巨大化する力を授けているのかしら?」

「らしいね。伝説では日の沈む方向から来たらしいよ」

 初めて聞く話に、佳奈はハンバーガーを食べるのも忘れて呆    

然としていた。

 てっきり、トヨウケビメがそのような力を授けてくれると思    

っていたからだったが、驚いたのはストルーヴェも同じだった    

らしい。

 身を乗り出して質問してきた。

「その話は本当なのですか?」

「間違いないと思うよ。稲穂神社の宮司さんが言ってたから」    

「……やはり、私の国の伝説と貴方たちは繋がっているようで    

 すね。伝説によると、女神の一人は<使命がある>とだけ言    

 い残して東の国へ旅立って行ったというのです」         

 今度は琴美が目を丸くする番だった。

 非常に珍しい事だったのだが、少し慌てたように聞き返す。    

「その女神というのは巨大化できるのですか?」

「ええ。その能力を人に授ける事も出来たようです。だから私    

 は貴方たちの事が気になっていたのです」

「……繋がっちゃった」

「そうだね。まさか中央アジアのタンギスタンと接点があるな    

 んて思わなかったな。もしかして、ストルーヴェさんがこの    

 街に来たのも」

「もちろん、貴方たち守護巫女に興味があるからですよ」

 そう言って異国の料理人は人のいい笑みを浮かべた。

 本当は、タンギスタン国軍情報局所属の軍人としての任務も    

あったのだが、言葉自体には偽りは無かった。

 二人には軍人としてではなく学者として会いたかった……。    

今更言っても仕方ない。これしか道は無かったのだから。

 ふとそんな事を考えたが、守護巫女たちが話の続きを促して    

いる事に気づいて、すぐに自分の国に伝わる女神の事を話し始    

めたのだった。

                                

 佳奈たちがハンバーガーショップを出たのは、約三十分ほど    

してからのことだった。

 ストルーヴェは女神の話が終わると「用事がありますので」    

と言い残して立ち去って行ったが、佳奈は思いがけない話に少    

しだけ興奮状態だった。

「面白かったですね。タンギスタンにもまったく同じような話    

 があるなんて」

「もうその女神がいなくなったのは残念だけどね。でも、そう    

 なると神社に祭られている謎の女神様の事が気になるな」

「さっきの話、本当なんですか?」

「羽田さんから直接聞いたから間違いない。本当は秘密なんだ    

 けどボクも特別に教えてもらったんだ。どうしても巨大化の    

 秘密が気になったから」  

「確かに不思議ですよね。わたしたち、念じるだけで巨大化で    

 きるんですから」

 市役所の面する大通りを渡ろうとして、佳奈は足を止めた。    

 歩行者用の信号が赤だったからだったが、同時に守護巫女の    

お披露目会の時にこの近くで巨大化した事を思い出す。

 確か、あそこに立ったのね。そしたら先輩が割り込んできて    

……よく考えたら凄い景色だったかも。

「この前はあそこで巨大化したんだったね」

 佳奈の心を読んだかのように、琴美が口を開いた。

「やっぱり町中で巨大化するのが一番面白いかな。周囲の建物    

 とかが模型みたいにしか見えないしさ」

「そうですね。でも、やっぱり気になりますね。わたしたちが    

 巨大化できる理由が……」

「もしかすると、小泉さんが巨大化したのも同じ力が働いたか    

 らかもしれない」

 少しだけ低い琴美の声に、佳奈はびっくりした。   

 それに構うことなく先輩の守護巫女は言葉を続ける。

「というより、そう考えないと辻褄が合わない。巨大化できる    

 のは世界でもボクたちだけのはずだったんだから。とすれば    

 同じ原理が働いていてもおかしくない」

「まさか、小泉さんにも謎の女神が力を貸した……?」

 何も言わずに頷くと、琴美が歩き始めた。

 信号が青に変わっている事を確かめてから、佳奈も続く。

 機会があったら調べてみた方がいいわね。これで終わりにな    

るなんて思えないから……。

「先輩」

「もし調べるなら協力するよ。ボクも気になるからね」

「お願いします。でも今日は……もう少しだけ付き合ってもら    

 えませんか?」

「まさか、デート? 女の子同士なのに」

「先輩はあまり女の子らしくありませんから」

「そう言われると複雑な気分だな……。格好いいという意味に    

 もとれるけどね」

 男の子のように格好いいからデートしたいんです。

 心の中で付け加えて、佳奈は少しだけ琴美に体を寄せた。

 女の子同士ならばそれ程不自然に見えないのも強みね……と    

思いながら歩き続ける。

 色々あった日曜日だったが、最後は少しだけ楽しい気分で終    

わる事が出来そうだった。