第14話 市立病院にて

                                

 完全に気を失った瑞穂は、田畑の車で稲穂市の東外れにある    

市立病院に運ばれた。

 当然の事ながら佳奈たちも付き添ったが、正直なところ不安    

だらけだった。

 なにしろ、突然巨大化した状態で姿を現した挙げ句、同じく    

巨大化した二人の守護巫女たちと集落の建物を破壊しながら激    

闘を繰り広げたのである。

 また同じ事が起きたら、大災害となるのは目に見えていた。    

「……たぶん、大丈夫だと思う。何も起こらないはず……」

 今にも消え入りそうな声で佳奈が言ったのは、ロビーの長椅    

子に腰掛けた時のことだった。

 両手を握りしめ、自分に言い聞かせるように続ける。

「さっきも言ったけど、小泉さんは操られただけだと思うの。    

 直接顔を見たけど、いつもの小泉さんじゃなかったから」

「ボクも同感だね。あの目は普通じゃなかった。自分が何をし    

 ているのかも判っていなかったと思う」

 小声で琴美も同意する。

 さすがに衝撃を受けているのか、いつもの少年のような快活    

さは影を潜め、悲痛な表情すら浮かべていた。

「とにかく、ボクたちの知らない所で何かが動き始めているの    

 かもしれない。……田畑さん」

「あ、ああ」

「集落に行った時、道路の陥没について話してましたよね?     

 初めて陥没が起こったのはその集落で、そこから西に広がっ    

 ていったとか。それっていつ頃の話ですか?」

「確か、今年の守護巫女が決まった当たりだったな」

「関係……あるのかしら?」

 <今年の守護巫女>という言葉に反応した佳奈が顔を上げて    

つぶやく。

 集落に来た時は「ついでに」調べるつもりだったが、無関係    

とはとても思えなくなっていた。

「オレも調べてみようかな。こうなったら親父にも出てもらわ    

 ないと駄目か」

 さすがに愛用のビデオカメラを回すわけにもいかず、大人し    

くしていた晶が話に加わる。

「玉木君のお父さんは映像作家だっけ? 何か分かるの?」

「分かるわけじゃないけど、謎解きが好きなんだ。趣味は推理    

 小説を読むことだしさ。こういう話をすると喜んで乗ってく    

 るぜ」

「だったらお願いするか。……どうやら終わったようだな」

 田畑がその場を引き取るのと同時に、応急処置室から医者が    

出てきた。

 佳奈たちの姿を見ると安心させるように小さく頷く。

「患者さんは眠っているだけで外傷や異常は見られません。目    

 を醒ましたら退院しても問題ありません」

「よかった……。なんともなくて」

 胸元に手を添えて、佳奈は心から安堵していた。

 あの激しい攻防の末に瑞穂を取り押さえたのは自分だったの    

で、多少の罪悪感も覚えていたのだった。

「済まないな。急患以外は受け付けないのに」

「守護巫女絡みなら仕方ない。しかし、何があったんだ?」

 医者は田畑とは旧知の仲だったのだろう。

 口調を改めると小声で聞いてきた。

「悪いが今は言えない。ちょっとややこしい事になりそうだ」    

「守護巫女絡みでトラブルなんて聞いた事が無いんだがな」

「ああ。……ま、二人とも真面目だから何とかなるだろう」

「まあ、やってみますけどね」

 戸惑う佳奈を横目に、琴美が代わりに答える。

 ここは嘘でも胸を張っておく必要があった。

「患者の事は任せてほしい。目を覚ましたら連絡すればいいん    

 だな?」

「ああ。こっちに頼む」

 田畑の言葉に医者は小さく頷くと、そのまま応急処置室へと    

戻って行った。

 その場に安心したような空気が流れかけたが、すぐに琴美が    

思い出したように言う。

「ところで、ボクたちもめちゃめちゃにしてしまった集落……    

 どうするんですか?」

「隠せないかな? まさか守護巫女がやりましたなんて言えな    

 いんじゃ……」

「でも、どうやって隠すのよ。足跡だって残ってるんだから。    

 特別サイズの……」

「隠しても無駄だからマスコミには正直に伝える」

 迷える高校生たちの言葉に、田畑はあっさりと答えた。

「既に役所に電話して手続きを進めている。小泉さんの件は未    

 成年だからという事で伏せて、それ以外は正直に出す」

「大丈夫なんですか? あんなに大暴れしたのに……」

「大暴れしたといっても正当防衛になるから問題ない、ってわ    

 けか……。これしか方法が無いかな?」

 口許に手をやって、琴美は田畑の計画を言い当てた。

 いつもの飄々とした雰囲気を消し去り、真剣な顔で佳奈たち    

を見回す。

「変に隠すと守護巫女としての実績にも傷がつきかねないから    

 ね。田畑さんの判断は正しい」

「先輩がそう言うならいいんですけど……」

「そんなところかな。ま、オレも嘘つくの下手だからな……。    

 竹尾もそれでいいだろ?」

 集落を離れてから一言も口を開こうとしない速人だったが、    

晶の言葉に頷いてみせた。

 いつもと違って不機嫌そうな顔をしているわけではないので    

その点が気になった佳奈だったが、琴美が立ち上がったのでつ    

られるようにその方向を見る。

「さてと、後は田畑さんに任せて帰ろうかな。まさか怪獣映画    

 みたいに大暴れするなんて思わなかったからね」

「田畑さん、いいんですか?」

「マスコミ対策はこっちに任せてもらえればいい。もし勝手に    

 連絡してくるのがいても市役所を通すように言えばいい。ま    

 あ、そのあたりはいつも通りだ」

「分かりました。じゃ、わたしたちはこれで……」

 田畑がここに残るのを気配だけで感じて、佳奈は長椅子から    

立ち上がった。

 晶も速人も続いたのを確かめると、いつもより快活さに欠け    

る琴美と肩を並べて正面入口へと向かうのだった。

                                

 病院から出ると、心地よい五月の風が佳奈の頬を撫でた。

 空はよく晴れ渡り、さっきまでの出来事が夢のようにしか思    

えない程だった。

「もうお昼は過ぎたのか……。どうする? 何か食べてく?」    

 大きく伸びをしながら、琴美が聞いてきたのは後ろで自動ド    

アが閉まった時だった。

「お昼いらないって家に言ってきたんでそうします。ハヤトた    

 ちはどうする?」

「あ、オレはいいや。今日の映像確認したいからさ」

「まさか、撮影してたの?」

「だって滅多に見られる光景じゃない……って痛! 竹尾何す    

 んだ、いきなり叩くな!」

「こいつは俺が連れて行く」

 速人の言葉はそれだけだった。

 なおも抗議の声を上げる晶を半ば連行するようにして、立ち    

去って行ったからである。

 いつもの事とはいえ、身勝手な幼なじみに溜息をつきそうに    

なった佳奈だったが、琴美が肩に手を置いたので、弾かれたよ    

うに顔を上げた。

「今日はお疲れさま。よく頑張ったと思うよ」

 さっきまでとは違って、琴美はいつもの面倒見のいい先輩に    

戻っていた。

 少年のような笑みを浮かべると「ハンバーガーでも食べてい    

こう」と言いながら歩き始めたからである。

「でも……」

「何が起こったのか考えるのは後回し。まずは腹ごしらえ。た    

 まには奢るよ」

「自分の分ぐらいは自分で払います。わたしも守護巫女なんで    

 すからバイト料貰ってますし」

「いいのいいの。たまには先輩らしい事をさせて欲しいな」

 琴美の言葉に、佳奈はようやく口許に笑みを浮かべた。

 よく考えたら、休日に二人だけで出歩いた事は無かった。

「じゃ、お付き合いします」

「上等。小泉さんも無事だったし、少しは安心できるからね」    

「そうですね。……ところで先輩」

「ん、なに?」

「わたしたち、巨大化して大暴れしてしまったんですけれど、    

 どういう気分でしたか?」

 何かを躊躇うような佳奈の言葉に、琴美は笑顔を消して考え    

込んだ。

 深い意味が込められていると思ったからだったが、すぐにそ    

の真意に気づいて笑みを浮かべる。

「ちょっとだけ面白かったかな。もし小泉さんを止める為でな    

 ければもっと楽しみたかったんだけどね」

「……やっぱりわたしだけじゃなかったんですね」

「壊しても問題ないと分かっていたから気が楽だったからかも    

 しれないね」

 琴美の言葉に、佳奈は一部を束ねた髪を揺らして頷いた。

 いつもは巨大化すると周囲の建物などに気を遣わなくてはな    

らないので、まったく足元を気にせずに大暴れできたのは正直    

気持ちよかった。

「先輩派手に壊してましたね。集落の北半分は小泉さんがほと    

 んど壊滅させてましたけど、先輩は転がったり蹴飛ばしたり    

 大暴れでしたね」

「佳奈だってやってたじゃない。躊躇い一つなく住宅を壊して    

 歩いたりしてたね」

「でも先輩なんか住宅掴んで投げたりしてましたね。あそこま    

 でやるなんてさすがに思いませんでした」

「仕方ないって。武器が無かったから」

 言葉が途切れて、二人の守護巫女はお互い顔を見合わせた。    

 相手が同じ事を考えている事に気づくと、にらめっこをした    

後のように同時に吹き出す。

 正々堂々とやってしまった破壊行為は、なぜか癖になりそう    

な程楽しかった。

「そうだ。後で玉木君の撮った映像見てみたいな。ボクたちが    

 どうやって小泉さんを取り押さえたか確かめたいからね」

「もしかすると、手がかりがあるかもしれませんね」

 そう言って佳奈は、瑞穂がなぜ巨大化して襲ってきたのかま    

ったく分かっていない事に気づいた。

 しかも、道路陥没の謎も解決していなかった。

 浮かれてばかりいられないわね。もしかすると、これからも    

何か起こるのかも……。

 琴美と肩を並べて歩きながらも、そんな事を考えているのだ    

った。