第13話 巨大少女たちの戦場

                                

 巨大化して暴れ続ける瑞穂を正面から見据えながら、佳奈は    

足を止めた。

 周囲にはまだ壊されていない空き家が立ち並んでいたが、躊    

躇っていては自分も含めて無事で済むとは思えなかった。

 ここはわたしの出番ね。守護巫女らしく守ってみせるから。    

それに……小泉さんも止めないと。

 下ろした両手の拳を握りしめて決意すると、いつものように    

心の中で念を込める。

 次の瞬間、白い長袖Tシャツにキュロットパンツ、ショート    

パーカ姿のまま佳奈は巨大化を始めた。

 ニーソックスとスニーカーに包まれた足はすぐに狭い道路を    

はみ出し、塀などを壊して周囲の家の庭先に食い込んだが、罪    

悪感を覚えている余裕は無かった。

 視野が広がるにつれて、瑞穂の演じた破壊劇の全容が明らか    

になってきたからである。

 酷い……。もう集落の三分の一が瓦礫になってるじゃない。    

巨大化してるから破壊力も最悪……。

 身長四十七・四メートルにまで大きくなって、佳奈は初出動    

の時の事を思い出していた。

 あの時は人命救助の為に大型の工場を瓦礫に変えてしまった    

が、今回は捨てられた集落を戦場にして破壊の限りを尽くす事    

になりそうだった。

 でも仕方ないじゃない。放っておいたらわたしたち小泉さん    

に捕まってしまうから……。あまり壊したくないけど。

「危ない!」

 突然、背後から琴美の声が聞こえたような気がして、巨大化    

した少女はとっさに振り向いた。

 途端に左肩のあたりに強い痛みを感じて、顔を歪める。

 何が起きたのかまったく分からなかったが、<敵>を見つけ    

た瑞穂が、またもや壊した住宅を叩きつけたのだった。

「ぼんやりしてたら駄目だ。油断してたらこっちがやられる」    

 活動的な服装で見事に巨大化した琴美は珍しく、怒りをあら    

わにしていた。

「先輩……」

「とにかく小泉さんを止める。足元なんか気にせずに全力を尽    

 くすんだ。二対一ならきっとうまくいく」

「やっぱり壊すしかないんですか……?」

「ボクが囮になるから石川さんが取り押さえて」

 有無を言わせぬ圧力と共に言い切って。

 昨年度の巨大守護巫女は言葉を実行に移した。

 辛うじて建物を壊さずに立っていたのも忘れたかのように、    

住宅を巻き込みながら瑞穂との間合いを詰めたからである。

 ショートパンツから伸びるすらりとした足が凶器となって建    

物を破壊し、電線を切られた電柱が倒れたりしたので、佳奈は    

思わず怖じ気づいてしまう。

 しかし、瑞穂はそれを新たな挑戦と受け取ったようだった。    

 堂々と瓦礫を踏み潰して立っていたものの、自分から間合い    

を詰めると正面から琴美の体を受け止めたからである。

 体格と力の差から、簡単に組み伏せる事が出来るように思え    

たが……。

 派手に転がったのは琴美の方だった。

 デニムのジャンパーやTシャツの下で簡単に複数の住宅や小    

さなビルが破壊され、とっさに伸ばした手はまったく破壊され    

ていなかった地区に新たな損害をもたらす。

「先輩!」          

「二人でないと無理だ!躊躇わないで!」

 すぐに発せられた言葉に、わずかに安堵した佳奈だったが、    

介抱している余裕は無かった。

 紺色のワンピース風制服姿の巨大少女が、さらに琴美に攻撃    

を加えるべく近づくのが見えたからだった。

 こうなると、先輩の言う通りにするしかなかった。

 後ろを振り向いて、速人たちが集落から離れた場所に移動し    

たのを確かめると、足元を気にせずに突き進んだからである。    

 履いていた黒のコンバースによってまだ壊されていなかった    

建物が次々に瓦礫と化していったが、感覚を確かめるよりも早    

く瑞穂に正面から組みつく。

 柔道などの経験は無いので、とっさの思いつきだったが効果    

はまるで無かった。

 巨大な制服少女の腕が動いたかと思うと、あっさりと突き飛    

ばされて琴美が破壊した地区にしりもちをついたからだった。    

 予想以上の痛みに一瞬気が遠くなり、巨大化しているのにも    

関わらず体が丈夫にならない点に不条理を感じる。

 キュロットパンツの下で住宅などが潰れたのが分かったが、    

最早気にならなかった。

「正面からでは駄目だ。二人で挟むしかない!」

 一方琴美はさらに被害を拡大しながらも体を起こした。

 明るい色の瞳には普段決して見せない激しい感情が宿ってた    

たが、それが行動に変わったのは直後の事だった。

 佳奈がまだ動けないのを見ると、近くにあった住宅を土台ご    

と引き抜いて瑞穂に叩きつけたからだった。

 一瞬とはいえ怯んだのを見ると、瓦礫と埃を盛大に巻き上げ    

ながらダッシュして、巨大制服少女に体当たりする。

 体格の差を生かした単純な攻撃だったが、上手く隙を突けた    

為か、ついに瑞穂がその場に倒れる。

 盛大に埃などが舞い上がり、一瞬視野が悪くなったが、琴美    

はそのまま押さえ込もうとする。

「石川さん、早く!」

「あ、はい!」

 <戦場>と化している集落が既に半分以上壊滅している事に    

気づいて、佳奈は再び罪悪感を覚えたが、すぐに振り捨てた。    

 自分でもお構いなしに建物を壊しながら瑞穂を取り押さえよ    

うとしたからである。

 これで何とかなる。

 そう思った瞬間だった。

 突然、琴美が<吹き飛ばされた>。

 身長五十メートル近い巨体で集落の残っていた部分を容赦な    

く壊滅させながら転がる。

 速人たちの安否が気になったが、逃げた方向と離れていたの    

で問題は無かった。

「先輩!」

「ボクは平気……。それより、小泉さんが……」

「はい……あ!」

 気づいた時には遅かった。

 今度は逆に、瑞穂に捕まって組み伏せられそうになっていた    

からである。

 たおやかな外見からは想像もつかない程の激しい攻撃に、佳    

奈は心の底から恐ろしくなる。

「小泉さん!わたしが分からないの!どうしてこんなことをす    

 るの!」

 思わず、守護巫女の少女は呼びかけていた。

 足元で建物を壊しながら言う台詞ではないと分かっていたが    

感情は声となって紡ぎ出される。

「ここはあなたの故郷じゃないの?それなのにどうして?教え    

 て!何があったの?」

 わずかな間だけ、瑞穂の漆黒の瞳に何かが浮かんだ。

 操られているだけ……。

 そんな確信が生まれた途端、またもや力任せに突き飛ばされ    

た佳奈は最後まで残っていた地区の上に転がった。

 これで集落はほぼ壊滅してしまったが、構ったりせずに立ち    

上がる。

 キュロットパンツなどからは瓦礫がぼろぼろと落下してきた    

が、振り払ったりせずにもう一度瑞穂に掴みかかる。

「いいぞ!その調子だ!」

 同時に、琴美も行動を起こしていた。

 相手が正面に気を取られた隙に、背後から組み付いて体の動    

きを押さえたからだった。

 驚異的な怪力には用心しなければならなかったが、二人同時    

に振りほどくのはかなり難しいはずだった。

「小泉さん、大人しくして。わたしたちはあなたを止めたいだ    

 けだから。もうめちゃめちゃじゃない。この辺り……」

 捕らえられた巨大少女は明らかに大人しくなっていた。

 さすがに体の前後を押さえられては何もできないのだろう。    

 その瞳に少しずついつもの光が戻ってくる。

「何が起きたの?突然巨大化して襲ってくるなんて。お願い、    

 教えて。大事な事だから」

「今は無理だ。とにかく元に戻す方法を考えないと駄目だ」

 興奮する佳奈を、琴美が冷静な口調で諫めた時だった。

 突如として、瑞穂の巨体が縮み始めた。

 とっさに佳奈も琴美も手を離してしまったが、呆然と見守る    

間にも制服姿の少女は小さくなっていき……元の身長に戻った    

ところで止まった。

 強襲されてから、わずか五分後の出来事だった。

                                

 戦いが終わった事を確かめて駆けつけてきた晶が最初に見た    

のは、汚れた制服姿のまま横になる瑞穂を介抱する守護巫女た    

ちの姿だった。

「終わったのか……?」

「玉木君たち、手伝って。小泉さんを病院に運ばないと」

「病院に?また巨大化したら……」

「多分大丈夫だと思うわ。自分の意思で巨大化したわけじゃな    

 さそうだから」

 あまり自信の無さそうな声で佳奈が応える。

 戦っている間は今まで経験した事が無い程激しい感情に駆ら    

れていたが、いざ終わってみると虚脱感で自分も気を失いそう    

だった。

「わかった。竹尾、手伝ってくれ」

「言わなくても分かってる。……どうなってるんだ?」

「わたしにもさっぱり分からないわよ。小泉さんがどうして巨    

 大化したのかすら……」

 返事をせずに、速人は晶と共に瑞穂を助け起こした。

 さっきまで巨大な鬼神となって暴れていた少女は、目を閉じ    

てぐったりするだけだった。

「俺たちが田畑さんの車まで運ぶ。石川は街に通じる道の瓦礫    

 を片づけてくれ」

「瓦礫……そういえば塞がれたままだったわね。任せて」

 何かをしていなければ自分も倒れそうな気がして、佳奈はす    

ぐにその場から離れるともう一度巨大化した。

 途端に、戦場となった挙げ句ほとんど壊滅した集落が目に入    

ってきて、胸が痛む。

 人的な被害が無かったのは幸いだけど……酷いわね。巨大化    

するととてつもない力が手に入ると分かっていたのに。

 まるで巨大な竜巻が通り抜けた後のようになった景色から目    

をそらし、瑞穂が住んでいるらしい奥の方に目を移す。

 え?あれは……。

 すぐに山の中腹に小さな神社があるのを見つけて、佳奈は少    

しびっくりした。

 何か関係あるのかしら?守護巫女の力は神社で授けられたけ    

ど、もしかするとあの神社にも……?調べてみないと。

 地上から速人が急ぐように呼びかけてきた。

 考え事を中断して、佳奈はもう一仕事すべく歩き始めたのだ    

った。

                                

<……はい。私です。想定外の出来事です。もう一人、巨大妖    

 精が出現しました。まだ二人との関係は分かっていません。    

 ……本当ですか?タンギスタン国軍情報局(TAI)が動い    

 てる?まさかそいつらが?……分かりました。警戒します>    

                                

<……ストルーヴェです。さっき報告した件ですが、背後関係    

 は不明です。どうも自分の意思で巨大化したわけではなさそ    

 うですし、巫女たちとも敵対しているようです。……DP?    

 あの超軍事的秘密組織が?気をつけます>