第11話  水没の集落へ

                                

 稲穂市の東、山と山の間を抜ける狭い道を一台のランドクル    

ーザーが走っていた。

 あまり整備されていない道という事もあって、車はかなり揺    

れたが、ステアリングを握る田畑はあまり気にしている様子を    

見せていなかった。

「あの……。田畑さん。もっとゆっくり運転して下さい。わた    

 しが車に弱いの知ってるんですよね?」

 控えめに抗議の声を上げたのは、助手席の佳奈だった。

 長袖Tシャツに黒のキュロットパンツ、そしてショートパー    

カを羽織ったアクティブな服装だったが、顔色はお世辞にもい    

いとは言えなかった。

「知ってるけど、これが精一杯だな。あまり遅くしても揺れる    

 事は揺れるからね。カーブも多いから諦めてくれ」

「分かってますけど……」

「田畑さん、本当に何とかなりませんか?見てても辛くて」

 援護射撃をしてきたのは、後部座席の琴美だった。

 この前の<お披露目会>の時と同じように、Tシャツにデニ    

ム生地のジャンパー、ショートパンツというボーイッシュな姿    

だったが、心配そうな表情を崩さなかった。

「この調子だと、東相沢に着く前に参ってしまいそうだな。本    

 当に大丈夫なのか?」

「……はい。田畑さんしか頼める人がいませんでしたから」

「まあそうだけどね。にしても、あの子も変な所に住んでるん    

 だな」

「少し調べてみたんですけれど……」

 自称<琴美の弟分>の晶が口を挟む。

 さすがに揺れる車内での操作は難しい為か、愛用のビデオカ    

メラは置いたままだった。

「小泉さんが住んでいるあたりは今誰もいないはずなんです。    

 相沢ダムの建設予定地ですから……ね、田畑さん?」

「実はその小泉さんって子だけが住んでいるんだ。なんでも一    

 度引っ越したけどまた戻ってきたとか。迷惑な話だけど、ま    

 あダムの計画自体があれだからね」

「県知事がダム建設を拒否しそうだって話だったな。公共事業    

 の無駄遣いだって」

「詳しいですね……先輩」

「ボクの父さんは新聞記者だからね。それにこう見えてもマス    

 コミ志望なんだ」

 佳奈の言葉に、琴美は片目を閉じて応えてみせる。

 まるで少年のように魅力的なその動作に、守護巫女の少女は    

少しだけ気分がよくなるのを感じる。

「でも変な話ですね。水没する村に戻って来るなんて」

「だから田畑さんも車を出してくれたんじゃないかな。調べて    

 来いとか言われてさ」

「まあそうだけどね。本当は別の用事もあるんだ。それは着い    

 たら話そう。石川さんは知ってるはずだからね」

「わたしが……?」

 言われた本人は首をかしげただけだった。

 本当は気分が悪くて考え事をしたくなかっただけだったが、    

それを除いても分かるとは思えなかった。

 でも、妙な事になってきたわね。小泉さんに会いに行くだけ    

のはずだったのにみんな来ちゃったから。しかも田畑さんは変    

な事を言うし。

 カーブの続く山道で体を揺さぶられながらも。

 佳奈は一昨日の出来事を思い出していた。

                                

<今度私の家に遊びに来ませんか?>

 この前と同じように竹尾リサイクルショップに入るなり。

 綺麗な字で書かれたスケッチブックを見せられて、佳奈は思    

わず言葉に詰まった。

 そのまま、目線を上げて瑞穂の顔を見る。

 まるで日本人形のように整った雰囲気を漂わせた少女は、ニ    

ッコリ笑って頷いてみせた。

「別にいいけど、迷惑じゃない?……え?そんな事はない?」    

「面白そうだな。ボクも一口乗らせてもらうかな?」

 佳奈の後ろから、琴美の声が飛んできた。

 振り向くよりも早く両肩を掴まれて、脇にどけられる。

「東相沢のあたりって一度も行った事が無いからちょっと興味    

 があるんだ。一緒いいかな?」

<はい。大歓迎です。昨年の守護巫女であるあなたからも面白    

 い話が聞けそうで楽しみです>

「分かってるねえ……。というわけで、ボクもご招待に預かる    

 よ。とすると……」

「先輩。オレも同行させて下さい」

「ま、そうなるよな。あと問題は……」

 琴美の言葉より早く、佳奈は速人の姿を視野に入れていた。    

 素知らぬふりをして店内の品物の整理をしていたが、いきな    

り「俺も行く」とだけ言ったので、吹き出しそうになる。

「ま、当然よね。大人数になるけど大丈夫?」

<はい。歓迎です>

「でも問題は移動手段ね……。東相沢って途中までバス通って    

 たと思うけど遠いわね」

「ボクにいい考えがあるけど……。聞く気はある?」

「ありますけど、人の肩に寄りかからないで下さい……」

「つれないなあ。田畑さんが大きい車持ってるじゃない。頼め    

 ば出してくれるはずだ」

「いいんですか?」

 妙案だと思いつつも、佳奈は疑問を隠せなかった。

 そもそも両親以外の大人に物を頼んだ事は無かった。

「大丈夫。いつもこき使われてるから頼みますと言えばきっと    

 のってくれるよ」

「その言い方だと問題があるような気がしますけど……。そう    

 ですね。貸しもあるんで頼んでみます」

「上等上等。少しは言うようになってきたね」

 琴美は妙に上機嫌だった。

 いたずらっ子のように笑って、佳奈の肩を叩いている。

 その姿を疑問に思ったのだろう。

 瑞穂はスケッチブックの新しいページを開くと、手早く文字    

を書いて見せた。

<高田さんって、思っていたのと少しイメージが違うような気    

 がします。勘違いでしょうか?>

「勘違いじゃないわよ。こういう先輩なんだから。でもね、と    

 っても格好よくて頼りになるんだから」 

「先輩の事になるとのろけるなあ……。石川さんは」

「いいじゃない。本当の事なんだから」

 呆れ半分の晶の言葉に、佳奈は真剣に反論すると、速人の方    

に目を移した。

 いつもの事だったが、幼なじみの少年は何も言わずに商品棚    

の整理を続けていた。

 本当は会話の内容が気になるのだろう。

 さっき見たところと同じ場所を整理している始末だった。

「ハヤトは相変わらず静かね」

「ほっとけ。俺は別にお前に興味があるわけじゃないからな。    

 大事なお客さんの為に付き合うんだからな」

「わかってるわよ。ちゃんと数には入れるから安心して」

 口では笑っていたものの、速人には確かめたい事があった。    

 この前バイパスで玉突き衝突事故の片付けをした時に、野次    

馬の中にその姿があったものの、隣には見た事が無い青年がい    

たからである。

 知っている親戚では無かったし、人付き合いの悪さを考える    

と気になって仕方なかった。

 最近どこか変なのよね。日曜日問い詰めてみようかしら?

 そんな事も考えていたのだが……。