第9話 瑞穂との出会い

                                

「え?家に来い?いきなりどうしたの?」

 <守護巫女お披露目会>から数日後の放課後。

 家に帰ろうとしていた佳奈だったが、いきなり速人にこう言    

われて目を丸くした。

「別にいいだろ?通り道だからな」

「そうだけど、先輩と帰る約束してるから。一緒でもいい?」    

「いや。あいつは外してくれ。お前に話があるんだ」

「ちょっと……。その言い方は無いでしょう」

「後で話せばいいだろ?」

 速人の口調には有無を言わせない威圧感があった。

 いつもならばもっと抵抗する佳奈だったが、何となく従った    

方がいいような気がして、しぶしぶ返事する。

「わかったわ。でも今日の事は全部先輩に話すからね」

「ああ。それでも構わない。玉木はどうする?」

「オレもいいのか?」

 いつものように佳奈の側でビデオカメラを構えていた晶だっ    

たが、突然話を振られて驚いたようだった。

「どうせお前は放っておいても来そうだけどな」

「もちろん行かせてもらうぜ。いいんだろ?」

「いいからすぐに来い」

 顔さえ向けずに言い切ると、速人は鞄を手に教室から出て行    

った。

 残された佳奈たちはきょとんとして顔を見合わせていたが、    

すぐにその後を追う。

「何がどうなってるのかしら?」

「さあ。でも先輩には断り入れないとまずいだろ?」

「そうね。……って先輩からメール来てるわね。<今日は急に    

 都合が悪くなったので一緒に帰れません>……だって」

「好都合だな。だったら竹尾の家に行かせて貰うか。オレは初    

 めてだからさ。あいつの家に行くのは」

「え?そうだったの?」

「あいつってプライベートの事ほとんど言わないからな……」    

 晶の口調はほとんど諦めと一緒だった。

 佳奈の記憶では一年間は付き合っているはずだったが、やは    

り打ち解けていないようだった。

 やっぱりね……。でも、最近は少しだけ違うような気がする    

のよね。わたしが守護巫女に選ばれてからだけど、どうなって    

るのかしら?

 机の上に置いた鞄を手にしようとして、ふと考える。

 守護巫女としての活動には慣れてきたものの、今度は幼なじ    

みの事が気になって仕方なかった。

 久しぶりに店に行って様子を見た方がいいわね。ハヤトって    

店にいる時はよくしゃべるから。

「石川さん、行くよ」

 既に教室の出入り口まで行っていた晶が声をかけてきた。

 小さく頷いて、佳奈は鞄を手にしたのだった。

                                

 稲穂市の中心街からやや外れた一角に「竹尾リサイクルショ    

ップ」はある。

 速人の父親である武司が脱サラして始めた店で、主に市内の    

個人客を相手に商売している。

 店自体はそれ程大きくなかったが、安い値段で良質なリサイ    

クル品を買う事が出来るのでそれなりに商売になっていた。

「初めて来たけど、なかなか揃ってるんだな。これ全部リサイ    

 クル品なのか?」

 晶は素直に感心しているようだった。

 珍しくビデオカメラから目を外して、店内を眺めている。

「しかも安いな……。お、この本棚いいな。値段も安いし、今    

 度買うかな。まけてくれるか?」

「駄目だ。こっちだってぎりぎりでやってるからな」

「素っ気ないな……。友達だろ?」

「知るか」

「だったらわたしもこれ買おうかな……?まけて」

「石川でも駄目だ」

 速人の態度はいつもとまったく変わらなかった。

 冗談は通じないタイプと知っているので、佳奈は諦めて本題    

に入る。

「で、ハヤト。どうしてわたしたちを呼んだの?」

「別に。たまには店を見てもらいたかっただけだ。玉木は初め    

 てだったからな」

「それだけかよ……。でもいい店だよな。品物は多いし、安い    

 し。冗談抜きで後で何か買わせて貰うぜ」

「流行ってるじゃない。さすがね」

「だけど最近はそうもいかないんだ。知ってるだろ?郊外にリ    

 サイクルショップのチェーン店が出来たからさ」

 今にも怒り出しそうな声で、速人は言葉を続けた。

 軽く揶揄したつもりだった佳奈はびっくりして、目を幼なじ    

みの方に向ける。

「そっちに客を取られて正直ヤバいんだ。人は増やしたけど逆    

 にそれが首を絞めているような感じだな」

「……なあ竹尾。急にどうしたんだ?オレたちを店に呼んで話    

 なんかするなんてさ。しかも先輩抜きって何事だよ」

「別に。何か買うなら言ってくれ」

 まさに取り付く島も無い状態だった。

 晶は肩を落とし、佳奈もまた内心首をかしげていた。

 変ねえ……。らしいように見えるけどらしくないわね。人に    

こんな事なんて言わなかったのに。……もしかして。

「ねえハヤト。もしかして、わたしに頼みがあるの?わたしが    

 守護巫女だから何か出来ると思ってるの?」

「石川さん……」

「違う。守護巫女は公務員みたいなものだろ?そんなのにこの    

 店の手伝いとかを頼むかよ」

「だったら何で最近わたしに付きまとってるの?高校に入って    

 から離れたと思ってたのに」

「俺の勝手だろ?」

 速人の言葉には、珍しく<本気>の怒りが含まれていた。

 これ以上刺激すると危険な事は知っているので、佳奈は目線    

を逸らす。

「……もしわたしに言いたい事があったら言ってね。ちゃんと    

 聞くから。幼なじみでしょう?」

「分かってる」

 少年の返事は素っ気なかったが、佳奈は内心ほっとした。

 いざとなったら口を開いてくれる。

 そんな確信があったからだった。

 多分、速人はわたしに話したい事があるはず。でも今は言え    

ないのね。何が言いたいのか分からないけど……。

 陳列されているリサイクル品を眺めながら、考えていた時だ    

った。

 自動ドアが開いて、客が入ってきた。

                                

 考え事をしていてその方向を見ていなかった佳奈だったが、    

晶が肘で軽くつついたので顔を上げた。

 新たな来店客は、よく目立つ丈の長いワンピース風の制服に    

身を包んだ少女だった。

「あの制服……クリスティナ学園?」

「そうだな。この町随一のお嬢様学校だ。しかし美人だな」

「そうね。……わたしより巫女さんっぽいわね」

 晶の軽口に思わず反応してしまった佳奈だったが、感想自体    

は変わらなかった。

 ベレー帽をのせた長い髪を下ろし、日本人形を思わせるその    

横顔は十分に魅力的だったからである。

 紺色のワンピース制服もよく似合っていて、佳奈は内心ちょ    

っとだけ羨ましくなる。

 わたしもあの学校行きたかったな……。でも、無理だったわ    

ね。学費が高いし、面接も厳しいから。それに……え?

 突然、速人が進み出たのはその時だった。

 少女の前まで行くと、微笑すら浮かべて話しかける。

「久しぶり。この前はありがとな」

 初めて聞く<優しい>声だった。

 本気で驚いた佳奈はその場で固まってしまい、晶も口を開い    

たまま呆気に取られる。

「今日はどうした?また何か必要になったのか?」

 日本人形を思わせる少女は速人の問いかけに小さく頷くと、    

小脇にかかえていたスケッチブックを開いた。

 そこには「新しく入荷した物はありますか?」と綺麗な字で    

書かれていた。

「……言葉がしゃべれない?」

「らしいな。それより竹尾の奴……」

 速人は佳奈たちの言葉を全く気にする素振りを見せず、少女    

の相手だけを務めていた。

 スケッチブックの文字を読むと、「そういえば本棚の新しい    

やつが入ったな」とつぶやいて、案内したからである。

「……わたしたち、完全に無視されてるわね」

「仕方ないだろ?相手は客だからな。しかもお得意さんだから    

 張り切って相手するだろう」

「でも、初めて見たわね。ハヤトのあんな顔」

「そういやこの店を継ぐって言ってたな」

 佳奈と晶がとりとめなく話している間にも、速人と制服姿の    

少女は言葉と筆談でやり取りを続けていた。

 普段の速人を知っていると違和感満点だったが、話がまとま    

るのは早かった。

 少女は新しく入った本棚を買う事になったからである。

「いつも済まないな。俺からも礼を言うよ」

 素直としか言いようが無い速人の言葉に、少女は微笑してゆ    

っくりと首を振った。

 <どうかおかないなく>という意味なのだろう。

 速人もまた笑って見せると、買い手のついた本棚をレジの方    

へと持って行った。

「なあ竹尾、そのお客さん知り合いなのか?」

 我慢しきれなくなったように晶が口を開いたのは、少女が支    

払いを済ませた後の事だった。

「ああ。上得意のお客様だ」

「随分態度が違うのね。いつもだとぶっきらぼうなのに」

「お客さん相手にそんな顔するわけないだろ?」

「調子いいのね」

「ほっとけ」

 人形のような少女は不思議そうな顔で、速人と佳奈たちを交    

互に見ていた。

 やがて何かを思いついたのか、スケッチブックを取り出すと    

文字を書いて速人に見せる。

「……ああ。学校の知り合いだ。実は今年の守護巫女とは幼な    

 じみなんだ」

 少女は素直に驚いたようだった。

 慌てた様子で佳奈の方に向き直ると、ぺこりと頭を下げたか    

らである。

 同時にベレー帽も落ちてしまい、赤面しながら拾い上げる。    

「そんなにかしこまらなくてもいいのに……。わたしだってた    

 またま選ばれただけだから」

 少女は顔の前で手を振って否定して見せると、再びスケッチ    

ブックを取り出して、手早く何かを書いた。

 少し恥ずかしそうな様子で見せる。

「小泉瑞穂……さん?わたしは石川佳奈。って知ってるわね。    

 学年は?……二年生?なんだ、同い年じゃない」

 瑞穂と名乗った少女はスケッチブックを抱きしめて、大きく    

頷いてみせた。

 人形を思わせるような美少女なのにも関わらず、親しみ易い    

雰囲気を感じ取って、佳奈はすぐに友達になりたいと思う。

「よくこの店に来るの?……そうなんだ。じゃ、今度来た時は    

 わたしも来てみようかな?……いいのいいの。守護巫女はそ    

 んなに忙しくないから」

 瑞穂は少しびっくりしたようだった。

 それでもスケッチブックに文字を書いて見せる。

<だったら色々な話が聞きたいです。今度、時間がある時でか    

 まいません>

「うん。その時はハヤトに言って。連絡してくれるから」

「おい。勝手に決めるな」

「お客様にはサービスでしょう?というわけでハヤト、頼んだ    

 わよ。今度小泉さんが店に来たら連絡して。携帯の電話番号    

 知ってるでしょう?」

「わかったよ。すればいいんだろ?」

「上等上等」

 先輩守護巫女の口癖を真似して佳奈が答えると、瑞穂は再び    

頭を下げた。

 今度はちゃんとベレー帽を手で押さえているあたりが妙に可    

愛くて、思わず微笑してしまう。

 美少女なんだけど性格よさそう……。その内先輩にも紹介し    

たいわね。

 そんな事を考えていると、速人がレジの方から呼びかけてき    

た。

 買った本棚をどうやって持ち帰るか気になっているらしい。    

「何とかなりそうじゃないの?この大きさなら」

「駄目だ。小泉さんの家は東相沢の奥だからな。後で親父にで    

 も配達するように頼むよ」

「東相沢?随分遠くから来てるのね……」

 市内の地図を思い浮かべて、佳奈は驚いた。

 東相沢は街の東にある集落だったが、周囲を山で囲まれてい    

て、中心街から車で三十分はかかる僻地だった。

 最近ダムの建設を巡って一悶着起きているので、佳奈でもす    

ぐに場所が思い浮かんだのだった。

「え?<でも自然が豊かで暮らし易いです>?そうなんだ」

 佳奈の言葉に、瑞穂は天使のような笑顔で応えた。

 心からそう思っている事を知って、守護巫女の少女もまた笑    

ったのだった。