第8話 異邦人の多い料理店

                                

 撮影会が盛況の内に終了したのは、夕方近くなってからのこ    

とだった。

 後片付けなどは主催に任せればいいので、佳奈は元の大きさ    

に戻ると、私服に着替えて友人たちとの待ち合わせ場所に指定    

された市役所前の公園に向かった。

 既に全員が今年の守護巫女を待っていた。

「石川さん、お疲れさま!」

 すかさず、晶が快活な声で呼びかけてくる。

「お蔭で凄くいい映像が撮れたぜ。後で見せるよ」

「お願いね。でも先輩が乱入してくるから驚いちゃった」

「盛り上がったからいいじゃない。ボクも楽しかったし」

 勝手に撮影会に加わった本人は平然としたものだった。

 自分が目立ちたくて行動を起こしたのは間違いなかったが、    

色々と助けられたので佳奈は素直に感謝していた。

 あと気になったのは……。

「ところでハヤト。あんたは何をしてたの?」

「何もしてないぜ。お前が引っ張りだしたんだろ?」

 速人と目が合った瞬間、佳奈は思わず意地悪な声で問いかけ    

ていた。  

 無愛想を絵に描いたような幼なじみは、相変わらず斜めに構    

えたまま仲間に加わっていた。

「そうみたいね。わたしがポーズ決めてても見てなかったし」    

「デカくなったお前なんかに興味無いからな」

「相変わらずね。でもこれからも付き合ってもらうから。もち    

 ろん、打ち上げににも来てもらうからね」

「勝手にしろ」

 吐き捨てるような返事だったが、少なくとも佳奈には真意が    

通じているようだった。

 にこやかに笑うと、「さ、打ち上げ打ち上げ!」と言って歩    

き始めたからである。

 その姿を琴美はきょとんとした面持ちで見つめている。

「玉木君、玉木君」

「なんですか?先輩」

「佳奈と竹尾君だけど……。あれで意志通じてる?」

「と思いますけどね。オレにも何がなんだか……」

「あの子って見かけは普通だけど、意外と凄い一面もあるんだ    

 よね。ま、そこがいいんだけど」 

「ですよね」

 返事しながらも、晶は愛用のデジタルビデオカメラに佳奈と    

速人の姿を捉え続けていた。

 モニター画面に映る二人は、少し間合いを取って歩道を歩き    

続けていた。

 意志が通じているのかも分からないやり取りをしていたのに    

も関わらず、その姿は<仲のよい恋人同士>にも見えた。

「ところで、どこの店に行くんですか?」

 モニターから目を離さないまま、晶は琴美に聞いた。

「ちょっと面白い店。話ぐらいは聞いた事があるんじゃないか    

 な?タンギスタン料理の店」

「あ、一度親父と行った事があるな。……ところでタンギスタ    

 ンってどこら辺にあるんです?」

「中央アジアの小さな国だな。確かカザフタンなどと国境を接    

 してたと思うけど……。でもおいしいって評判だからね」

「珍しいですよね。中央アジアの国の料理なんて」

 晶の言葉に、琴美は何も言わなかった。

 珍しい事だったのだが、神経のほとんどを前を歩く二人に向    

けていた晶は気づいていなかった。

 ……珍しいだけじゃない。ちゃんと理由があるはずなんだ。    

東京に店を出さずにこんな小さな街に出店するだけの理由が。    

とすれば、一つしかない。それは……。

「ねえハヤト。最近わたしのそばにいる事多いけど、どうした    

 の?高校に入ってから距離置いてたのに」

 佳奈の素朴な疑問の声が聞こえてきて、琴美は考え事を中断    

した。

「別にいいだろ?お前とは古い付き合いだからな」

「そうだけど……。なんか変なのよね。ま、幼なじみだから許    

 すけど。でも、それにしてはちっとも愛想がよくないのも問    

 題なのよね」

「ほっとけ。元からだろ?」

 速人は相変わらず無愛想そのものだった。

 初めて会った人間ならば引きたくなる程、負の雰囲気を漂わ    

せていたが、慣れている佳奈には通じていなかった。

「本当は気になるのよね。だってわたしが守護巫女になってか    

 らよく一緒にいるじゃない」

「ただの偶然だろ?お前とは小さい時からの付き合いだぜ」

「本当は話して欲しいのに。気になるの……」

「色気も無いのに媚を売るな」

「売ってないわよ。それに色気が無いなんて失礼ね」

「五十メートル近くまでデカくなる奴に色気なんか無いだろ」    

「ひっどーい。わたしの事そんな目で見てたのね」

 口では呆れていたが、佳奈の目は笑っていた。

 尊敬する先輩である琴美にも見せた事が無い、幼なじみなら    

ではの表情だった。

「石川さんは竹尾と話してる時、別人みたいな表情見せるんだ    

 よな……。そこがいいんだけど」

 カメラを向けたまま、晶が感心したように声を上げる。

「今の表情の方がより地に近いんじゃないかな?普段はとても    

 真面目だからね」

「そうかもしれませんね」

 晶の返事に、琴美も同意して見せると目を後輩の守護巫女に    

戻した。

 やや地味な私服に包んだその背中は、やはり普通の女の子そ    

のものだった。

 佳奈は見かけによらない一面があるんだな。ボクもまだ知ら    

ない一面が……。もしかすると、それが意外な時に役立つかも    

しれない。

 まだ誰にも打ち明けていない<懸念>と結びつけて、そのよ    

うな事を考えているのだった。

                                

 タンギスタン料理の店「アルダ」は、市役所から少し離れた    

通りに面している。

 インド風の装飾を地味にしたような特徴ある構えの建物は意    

外とこぢんまりとしていて、佳奈は少しだけ意外に思う。

「ここですよね?」

「そうだけど?初めてだっけ?」

「噂とかでは何度も聞いてたんですけど……」

「だったら入ってみるか。ボクが奢るから」

 躊躇ってしまったのを見かねたのか、琴美が背中を押したの    

で、佳奈は少しつんのめるようにして扉を開けた。

 内部は思っていたとおり広くなかった。

 テーブルは四つしかなく、カウンター席と合わせても二十人    

も入れば満員になりそうな程だった。

 外見同様に異国情緒に満ちた装飾で飾られ、スピーカーから    

流れる民族音楽が雰囲気を盛り上げていた。

「いらっしゃいませ。四名様ですね。空いている席にどうぞ」    

 流暢な日本語で声をかけてきたのは、浅黒い肌に口髭を蓄え    

た中年の男性だった。

 一瞬、どこかで見たような気がしたが、答えが出なかった事    

もあって窓際の席に着く。

「お客様、失礼かもしれませんが……。今年の守護巫女でいら    

 っしゃる石川さんではありませんか?」

「そうです」

 内心「またか」と思いながらも、佳奈は答えた。

 守護巫女になってから早一カ月が経っていたが、未だに声を    

かけられる事が多くて少しうんざりしていた。

 しかし、接客を担当する異国の男性は漆黒の瞳を大きく開い    

て大袈裟に驚いてみせる。

「この店に守護巫女をお迎えしたのは初めてです。私の国でも    

 あなたの事は評判になっていますよ」

「……本当ですか?」

「ええ。タンギスタンには昔から、巨大化して人々を護る女神    

 の話が伝わっているのです」

「女神?タンギスタンは確かイスラム国ではなかった?」

 いつもより少し低い声で、琴美が話に加わる。

 思いがけない方向から予想外な質問を投げかけられた為か、    

男性は少しだけ眉をひそめたが、すぐに接客用の笑顔に戻って    

答える。

「そうですけれど、基本的には世俗主義ですので女神の話も禁    

 止されているわけではありません。まあ、おとぎ話のような    

 ものです」

「面白いわね。わたしと同じような女神様がいるなんて」

「まさか他にも似たような話があるなんて思わなかったな。一    

 度取材に行ってみるか。親父を説得すれば旅費ぐらい出して    

 くれるかな」

「もし取材に行かれるならば私たちも協力しますよ。遠慮なく    

 申し出て下さい。……あ、申し遅れました。私は店長で料理    

 人のストルーヴェといいます」

「店長さんだったんだ。ただのウェイターかと思ってました」    

「基本的には私が直接注文を受けてから料理にかかります。ま    

 ずはメニューをどうぞ」

 中年の男性……ストルーヴェは丁寧な物腰でメニューを差し    

出した。

 遠い異国に伝わる女神の伝説に思いをはせていた佳奈だった    

が、少し慌てて受け取る。

「ねえハヤト。何食べる?」

「俺はなんでもいいぜ。お前が決めろよ」

「いつもそうなんだから。今日はちゃんと決めてよ」

 怒りを溜め込んでいるような表情で、速人は佳奈からメニュ    

ーを奪い取った。

 その乱暴な動作にさすがの琴美も一瞬身構えたが、佳奈が苦    

笑している事に気づいて警戒を緩める。

 慣れているんだな……。それにしても、こんな態度ばかり取    

っているのにどうして佳奈から離れないんだ?

 すぐに考えたのが恋愛関係だったが、佳奈の様子からして違    

うとほぼ確信していた。

 でも、単なる幼なじみという理由でくっついているのもおか    

しいな。やっぱり警戒した方がいいのか……?

 そこまで考えて、琴美は小さく首を振った。

 自分でも色々考え過ぎだと思い直したからだった。

 確信が全く無いんだ。考えても仕方ない。でも、この店は少    

しだけ疑った方がいいかもしれない……。

 ちらりと厨房の方に目をやる。

 調理した料理を出す狭い隙間越しに、数人の人影が見えたが    

いずれも自分たちを見ているようだった。

 やっぱり……。守護巫女が行くところにいつも姿を現す謎の    

外国人はここの人たちだったんだ。単なる好奇心だったらいい    

んだけれど。

「先輩、どれにしますか?」

 考え事は佳奈の明るい声で中断した。

 メニューが差し出されたが、正直あまり食欲が無かったので    

軽そうな料理を選ぶ。

「ご注文は以上ですね。ではしばらくお待ち下さい」

 まるで貴族の執事のような丁寧な物腰を崩すことなく、料理    

人のストルーヴェは厨房の方へと去って行った。

 すぐに異国の言葉でのやりとりが聞こえてきたが、もちろん    

意味はまったく分からなかった。

「ここの人たちってどこかで見た事があると思ったら、儀式と    

 かを見に来てた人たちですね」

 お冷やを一口飲んで、佳奈が感心したように言った。

「やっぱり巨大化できる女神の伝説があるから気になるんです    

 ね。もしかすると、関係あったりして」

「それは無いと思うな。この町に初めて守護巫女が誕生したの    

 は江戸時代だからさ。鎖国してた頃だから関係ないよ」

「だったわね。でも、やっぱり外国でも注目されてるのね。取    

 材も受けたから当然かもしれないけど」

 そう言いながら、佳奈は同意を求めるように速人の方を見た    

が、当の本人は窓の外の景色を眺めるだけで顔を動かしたりし    

なかった。

 内心何を考えているのか、幼なじみの少女でも読みきれない    

ままだった。

                                

 早い夕食を兼ねた打ち上げが終わったのは、窓の外が暮れて    

きた頃のことだった。

 美味しいタンギスタン料理と料理人・ストルーヴェの故郷の    

話などでかなり盛り上がったが、あまり長居するわけにもいか    

ず自然と席を立つ形になった。

「また来ます。今日の料理、とても美味しかったです」

 わざわざエントランスの外まで見送ってくれたストルーヴェ    

に、佳奈は心からの礼を述べた。

「ありがとうございます。この街の守り人にそう言ってもらえ    

 るととても嬉しいです」

「わたしは守護巫女ですから。別に大した事をしてるわけでは    

 ありません」

「……こういう時は素直に受け取っておいた方がいい」

「先輩……。そうします。とにかく今日はありがとうございま    

 した」

「今度はご家族の方とも来て下さい。おもてなししますよ」

 そのようなやり取りの後に、守護巫女を中心とする四人の高    

校生たちは店を後にしたが、すぐに離れたのは速人だった。

「俺は帰るぜ。じゃあな」

「一緒でもいいじゃない。方向同じなんだから」

「用事があるんだ」

 無愛想そのものな言葉だけを残して、幼なじみの少年は歩き    

去って行った。

 佳奈が続けて何かを言う間も無かった。

「竹尾はいつもああだよな……。付き合い悪いよな」

 デジタルビデオカメラを佳奈に向けたまま、晶が文句半分口    

を開く。

「石川さんもよく付き合ってられるよな。あいつ、いっつもあ    

 んな態度なんだぜ」

「わたしは慣れてるから平気。ああ見えても何考えてるか意外    

 と分かるの」

「それが不思議なんだよな。俺も先輩も分からないのにさ」

 佳奈は何も言わず笑って見せただけだった。

 それを合図にするかのように琴美が歩き始めたので、他の二    

人もそれに続く。

 五月とはいえ、夜の帳(とばり)が降り始めた港町の空気は    

少しだけひんやりとしていた。

「そう言えばあの店で先輩あまりしゃべりませんでしたね」

 小さく首をひねりながら、佳奈が口を開いた。

「いつもならすぐに話題に加わってくるのに。どうかしたんで    

 すか?」

「別に。初めての場所ではあまりしゃべらないんだ」

「なーんかイメージと合わない気がするんですけど。どんな時    

 でも目立とうとするのが先輩ですから」

「……君はボクの事をそんな目で見てるのか。ひどい……」

「あ、そ、その冗談です!冗談……」

「ボクも冗談だよ。本当の事だからね。でも、本当の事を言う    

 とちょっと考え事をしてた。どうしても竹尾君の事が気にな    

 ってたから」

 ……こんな時に言っていいのか?証拠はまったく無いんだ。    

もし誤解したらどうするんだ?

「何が……気になるんですか?」

「知り合ってから一カ月にしかならないけど、なんか急に近づ    

 いてきたような気がしたんだ。誤解かもしれないけど……」    

「そうですね。誤解じゃありません」

 あっさりとした言葉に、思わず琴美も晶も足を止めた。

 それでも、今年の守護巫女はまるで雑談でもするように話を    

続ける。

「わたしも少し気にしてたんです。ハヤトとは高校に入ってか    

 ら付き合いが薄くなってたんで……。でも、別にいいんじゃ    

 ないんですか?」

「別にいいって……」

「わたしは気にしてませんから先輩たちも気にしないでくださ    

 い。ハヤトの事はよく知ってます。あんな態度をしてても人    

 恋しい事もあると思うんです」

 鋭い何かで胸を突かれたような気がして、琴美はその場から    

動けなかった。

 佳奈は速人の変化に気づいているだけでなく、その上で気づ    

かないふりをしていたからだった。 

 ……少し誤解してたな。外見通りおっとりとした優しい子だ    

と思ってたけど、勘もいいみたいだ。守護巫女だから当然かも    

しれないけど。

 内心苦笑し、少しだけ反省する。

 人は見かけによらないと知っていたが、やはり惑わされてい    

たようだった。

 これなら<何か>起きて大丈夫かもしれない。ボクも去年ま    

での守護巫女。街を護る為なら全力を尽くす。

 自分でも、なぜこのような事を考えるのかいまいち分からな    

いままだった。

 それでも、広がりつつある夕闇の奥に見えない何かが潜んで    

いるような感覚は消えそうに無かったのだった。