第7話 お披露目会にて

                                

 アメリカ合衆国北西部の主要都市・シアトル。

 日本でもお馴染みのこの街の郊外に著名な複合企業(コング    

ロマリット)のポラリス社は存在する。

 <ポラリスグループ>といえば、ご当地企業のボーイング・    

マイクロソフト・スターバックスと並ぶほど有名であり、務め    

上げると米国企業社会でのキャリアアップも保証されている。    

 しかし……。

 この会社の裏の顔を知る部外者はほとんど存在しなかった。    

                                

 シアトル郊外の緑地帯の中央に存在するポラリスグループ・    

軍需(ミリタリー)カンパニー本社。

 その一角にある第八小会議室に日系三世のチャーリー・マツ    

キが入った時には、自分を除く全ての人間が集まっていた。

「済みません、遅くなりました。始めて下さい」

 多種多様な色合いの瞳で注目を浴びて、一瞬たじろぎそうに    

なったマツキだったが、ハワイ訛りの英語で早口に言うと、空    

いている席につく。

 ちょうどボスのキング女史の目の前だった。

「マツキ、あなたは優秀だけど会議の時にだけ遅れる癖はどう    

 にかならないのかしら?」

 さっそく<お小言キング>の小言が飛んできて、マツキは大    

袈裟に肩をすくめた。

 有能なボスだったが、未だにこの文句には慣れなかった。

「済みません。プレゼン資料がまとまらなくて。近所のマイク    

 ロソフトに文句を言いに行って来ました」

「ふーん。成果は?」

「あればこんなに早く帰ってきませんよ」

「ふふ。それもそうね。……今度は気をつけること。じゃ、始    

 めるわよ」

 あまり上手いとはいえないジョークでも、キング女史は注意    

一つで許してくれた。

 マツキがそれに感謝している内に、会議は始まった。

「まずは例の新しい<巨大妖精>の分析結果を聞かせて貰おう    

 かしら?データを見た限りでは昨年よりは<普通>になった    

 みたいね」

「はい。こちらの資料を御覧下さい」

 説明しながら、マツキは会議直前まで作っていたプレゼン資    

料を会議室の壁に映し出した。

 図表が並び、注釈も色々と書かれていたが、会議室のテーブ    

ルを囲むビジネスパースンたちは一様に見入っている。

「確かに<普通>にはなりましたが、先日の<トライアル>の    

 結果は十分に満足できるものでした。……映像は既に確認し    

 て頂けたと思いますが」

「ボスの決済可能な予算ぎりぎりまで経費をかけた甲斐のある    

 素晴らしい映像だった。どんなデータよりもあの映像だけで    

 社内を説得できる」

「<巨大妖精>には無限の可能性がある。マツキ、君の祖父は    

 とんでもない場所に住んでいたのだな」

「私も久しぶりに興奮したわ。自由自在に巨大化したり元に戻    

 ったり出来るジャイアントガールが二人もいるなんて。彼女    

 たちを手駒に出来れば<ダークポラリス>はもっと業績を伸    

 ばせるわ」

 慎重派で知られるボスのキング女史まで喜々とした笑みを浮    

かべているのを見て、マイクは自分の仕掛けた<トライアル>    

は大成功だった事を悟った。

「詳細は今から説明しますが、<巨大妖精>たちの破壊力は素    

 手でも機械化師団クラスはあると推測されます。それに我々    

 のテクノロジーを融合する事によって、空母クラスの実力を    

 発揮できると考えられます」  

「空母……。<ダークポラリス>最強の兵力と互角以上になる    

 というのか?」  

「はい。これによって我々<ダークポラリス>は世界を純粋な    

 軍事力によって制圧できると考えています」

 そう言い切って、マツキはプレゼン資料を作っていた時の興    

奮が再び込み上げてくるのを感じていた。

 最初は純粋なキャリアアップの為に入ったポラリス社だった    

が、今では秘密組織<ダークポラリス>の為に働く事に抵抗は    

無くなっていた。

 混沌とした世界を圧倒的な軍事力で統一できるのは<ダーク    

ポラリス>だけ。俺はその為にも今回のミッションを成功させ    

てみせる。待ってろよ、<巨大妖精>……!

 説明を続けながら、かつて祖父が住んでいた港町へと思いを    

馳せているのだった。

                                

 アメリカでも著名な複合企業・ポラリス社は世界制圧を狙う    

秘密組織<ダークポラリス>としての顔を持っていた。

 普通ならば狂人の戯言として済まされるような話だったが、    

ポラリス社の社員たちは全員それが可能だと考えていた。

 世界有数の軍需企業として、世界中の国の軍隊に食い込んで    

最終的にはポラリス社の意のままに動くように仕向けつつあっ    

たからだった。

 当然の事ながら抵抗する国はあったが、世界最強の軍隊とも    

言われるアメリカ軍の半分を握っていると言われる会社に逆ら    

い続ける事は不可能としか言いようが無かった。

 しかも、ポラリス社は最新のテクノロジーを軍需化する努力    

を怠っておらず、世界中に張り巡らしたアンテナから有力な情    

報を掴むと人や金の投資を惜しまなかった。

 マツキも出席した第八小会議室で行われたミーティングは、    

ビジネスの話を装いながらも世界制服に必要な新たな<武器>    

を手に入れる為の作戦会議としての一面もあった。

 その武器とは……不思議な能力で巨大化する二人の少女たち    

のことだった。

 ゴールデンウィーク真っ只中の五月最初の日曜日。

 港町・稲穂市を貫通する稲穂街道の一部は交通が封鎖されて    

市役所主催の<行事>が行われていた。

 全国……いや海外からも観光客を集める名物行事<新年度の    

守護巫女お披露目会>だった。

 ……だからってまさか街中で巨大化してポーズを決めたりす    

る事になるなんて思わなかったわね。

 いつもなら車が往来する市役所前の稲穂街道に立ちながら、    

身長四十七・四メートルに巨大化した佳奈は内心溜息を漏らし    

た。  

 守護巫女らしく巫女衣装を着こなし、白足袋と草履に包まれ    

た足で道路に立っていたものの、自分目当てに集まってきた観    

光客の数には正直うんざりしていた。

 毎年やっているのは知ってたけど、まさかこんなに人が来る    

なんて思わなかったわね。外国人も多いし……。

「石川さん、表情少し強張ってる!スマイルスマイル!」

 足元から拡声器を使って指示するのは守護巫女担当の市職員    

の田畑だった。

 いつもと違って妙に張り切っているのは、このイベントが稲    

穂市に多大な利益をもたらすからかもしれない。

 ちらっと思いながら笑ってみせる。

「そうそう。巫女はやっぱり笑ってないとね。いい笑顔だよ」    

 まるで芸能人のマネージャーのような言葉に、佳奈は本当に    

吹き出してしまった。

 田畑には悪いが、<普通のおじさん>が拡声器を通して言う    

言葉ではなかった。

 ……それにしても、こんなに街の中で巨大化したのは初めて    

ね。でもビルよりも大きいなんてちょっと不思議な感じ。だか    

らこんな事をしてみたりして。

 自分よりも少しだけ背の低いオフィスビルが目に入ってきた    

ので、手を伸ばして屋上に指をかける。

 日本中どころか世界中から集まった<ファン>たちがどよめ    

き、夢中になってカメラのシャッターを押したりしているのが    

肌でも感じられた。

 後で玉木君に映像見せてもらわなくちゃ。街中で巨大化した    

巫女さんってどんな感じがするの気になるわね。

「石川さん!そろそろ座って!」

 ビルの屋上に手をかけたままそのような事を考えていると、    

拡声器越しに田畑の声が聞こえてきた。

「ここで……座るんですか?」

「そうだ。電線を引っかけないように気をつけて」

「わかりました」

 困惑気味に返事すると、佳奈は言葉に従った。

 慎重に腰を落とすと、緋袴に包まれた両膝を道路についたか    

らである。

 電線の通る場所は覚えていたので引っかけたりはしないで済    

んだが、かなり神経を使って道路上に正座する。

 あ、こんな所に車とか<置いて>あるじゃない。そう言えば    

これも使っていいって言われてたわね。壊したりしなければい    

いんだから……。

 ふといたずらっぽい考えが心に浮かんで、佳奈はすぐに実行    

に移した。

 白い着物に包まれた腕を伸ばして、道路上にあった大型トラ    

ックを軽く持ち上げてみせたからである。

 たったそれだけで撮影会に集まった観光客たちの間から大き    

などよめきが上がったので、佳奈は満足する。

 やっぱりこうすると<受ける>のね。わたしはただ普通にし    

てるだけなのに……って、トラックを持ったまま考える事じゃ    

ないわね。

 まるでおもちゃのように見えるトラックを手にしたまま、ポ    

ーズを決めていた巨大巫女だったが、目の前の人だかりに目を    

移した途端、ある事に気づいた。

 先輩がいないわね。さっきまで玉木君と話してたのに。どこ    

に行ったのかしら?

 トラックを元に戻し、道路に両手をついて前かがみになる。    

 一見すると新しくポーズを取ったように見えたが、当の本人    

は昨年度の守護巫女である琴美の姿を探していた。

 変なの。さっきまで玉木君と話してたのに。飽きてどっか行    

った……ってそれはないわね。

 付き合い始めてまだ一カ月にしかならなかったが、佳奈にし    

てみれば琴美は<特別な存在>だった。

 非常に頼りになり、しかも飾らない性格という事もあってす    

っかり魅了されていたからである。

 だからいなくなるはずなんかないのに。こういう時必ずわた    

しの近くにいて……え? どうしたのかしら?

 突然、目の前の<観客>たちが驚きの声を上げた。

 何が起きたのか分からず、佳奈は姿勢を戻したが、観客が自    

分の後ろを指さして興奮しているので、つられるようにその方    

向を見たのだが……。

「一人だと退屈みたいだからボクも手伝うよ」

 少年のように笑った琴美の顔が視野に飛び込んできて、佳奈    

は巨大化しているのにもかかわらず腰を抜かしかけた。

 昨年の守護巫女が身長四十九・二メートルまで巨大化して、    

ビルの影から姿を現したからである。

 白のプリントTシャツに黒のショートパンツ、ジャンパーに    

ソックスとスニーカーという中性的な私服姿で堂々と立つその    

姿はまぶしい程だった。

「やっぱり街中で巨大化すると面白いな。楽しんでる?」

「あ、あの……どうして急に……」

「こんなに大勢の観光客が来たから少し楽しませようと思って    

 さ。ほら、みんな喜んでるし」

「そうですけれど……」

 意味もなく着物の襟を直したりして、なんとか守護巫女とし    

ての<風格>を取り戻しながら、佳奈は内心呆れていた。      

 琴美は中性的な魅力を漂わせた美少女で、面倒見もいい<素    

敵な>先輩だったが、一カ月程の付き合いで欠点も見えてきて    

いた。

 その最大のものが<スタンドプレーが大好きな目立ちたがり    

屋>というものだった。

 とにかく勝手にしゃしゃり出てくるのよねえ……。ちゃんと    

計算してるから<KY>って言われないのは流石だけど。でも    

わたしの方が地味だから目立たなくなっちゃうし。

「ボクが目立つんでいじけてるのかな?」

「せ、先輩!耳元で囁かないで下さい……!」

「佳奈は耳が敏感だからね。まるでサラブレットみたい。タイ    

 プ的には薔薇一族のローズバドかな?おっとりして可愛い人    

 気者ってとこで」

「なに意味不明な事言ってるんです?人の目もたくさんあるの    

 に恥ずかしいです……」

 もう遅いかな、と思いながら目を正面に戻す。

 案の定というべきか、撮影会の参加者たちは新旧の守護巫女    

のツーショットにすっかり興奮していた。

 仕切り役の田畑は慣れているのか「高田さん、後は任せた」    

と言わんばかりに笑い、その横で<映像作家の卵>の晶は映像    

の収録に熱中している始末だった。  

「ほら、喜んでるからいいじゃない。やっぱり二人の守護巫女    

 が巨大化して並ぶと壮観なのかな」

「そうでしょうね……」

「ほらほらそんな顔しない。巫女はいつもスマイルスマイル」    

 膝をついて体を寄せていた琴美が立ち上がった。

 ショートパンツから伸びるすらりとした足に思わず目を奪わ    

れてしまったが、佳奈もつられるように立ち上がる。

 市役所の建物や立ち並ぶオフィスビルを背景にした二人の巨    

大少女のツーショットに、観客は大喜びだった。

「後でおいしい料理店に連れて行くから。頑張ろう」

「……はい。じゃ、先輩。ポーズ指示して下さい」

「了解」

 立ち直るのが早い今年の守護巫女に、琴美は微笑して見せる    

と早速その場を仕切り始めた。

 巨大化した守護巫女が引き立つように、あれこれ指示を出し    

てきたからである。 

「とにかく基本は大きさを対比させる事だな。……市役所に手    

 はかけられる?うん。そんな感じ。ほら、笑って笑って。間    

 違っても壊さないように」

「……気をつけます……」

「うん。いい感じ。やっぱり佳奈は巫女らしいよ。可愛いし、    

 魅力的だしさ」  

「……そうですか?」

「ほら気をつけて。本当に市役所壊したらまずいから」

 手に力が入りかけていたことに気づいて、佳奈は頬を染めた    

まま建物から手を離した。

 守護巫女になって約一カ月。

 ようやく力加減が出来るようになったが、気をつけていない    

と意図せぬ破壊行動に出てしまう可能性があった。

 またこの前みたいな事をしてしまうわけにはいかないわね。    

あの時は堂々と暴れられたけど。

 今から一カ月近く前の初出動の時、佳奈は火事現場に取り残    

されたマイクロバスを救うという大義名分の元に工場を派手に    

壊していた。

 それには琴美も加わっていたのだが、周囲に人がいなくなっ    

た時にはこんな話もしたものだった。

「こんな事を言うと不謹慎かもしれませんけど、楽しかったで    

 すね。建物とかを壊してしまうのは」

「ボクも楽しませてもらったよ。お互い制服姿だったのはあれ    

 だったけど。でも絵になったんじゃないかな」

「わたしたち、巨大化すると凄い力がつくんですね。その気に    

 なればこの街も二人いれば……」

「瓦礫の山、というわけだな。でもボクたちは守護巫女。その    

 事は忘れたりしないように」

 最後は琴美が真面目に締めたものの、佳奈は巨大化した時の    

<破壊>の快感と恐怖を忘れる事は出来そうになかった。

 もっと気持ちを引き締めていかないといけないわね。先輩の    

言う通り、わたしは街守りの巫女なんだから。

 琴美の指示に従ってポーズを作りながらも、そのような事を    

考えているのだった。