第6話 破壊と火災の中で

                                

 初めて建造物を壊してしまった感覚は、思っていたのと少し    

違うものだった。

 もう少し抵抗があると思っていたものの、まるで紙で作られ    

た模型のようにあっさりと右足は床についたからだった。

「こんな事を言っていいのか分かりませんけど……。簡単に壊    

 せるんですね」

「なんたって体重も一千トンを大きく越えてるからね。それに    

 巨大化すると体に傷がつきにくくなるし」

「そうなんだ」

 声に出して納得している内に、右手を口許に添えた佳奈は左    

足も屋根を踏み抜いて建物の中に入れた。

 スカートの下までしかこない事を確かめると、そのままいつ    

ものように歩き始める。

 派手な音がして、廃工場は壊れていったが、佳奈自身はあま    

りの抵抗の無さに、ちょっと驚いていた。

 凄い……。こんなに簡単に壊せるなんて。プラスチックの模    

型より脆いじゃない。まさか建物が手抜き工事だったとか……    

ってそんな事はないか。

 そんな事を考えながらも、足では容赦なく建物を壊して救助    

を待つマイクロバスの方へと向かう。

 ふと振り向くと、ブレザー制服のまま巨大化した琴美もどこ    

か妙な顔をしながら、工場を壊しているのが目に入ってきた。    

「巨大化すると力がつくのは知ってたけど……。まさかここま    

 で凄くなるなんて思わなかった」

 琴美が戸惑っている声でも分かった。

 それに気づいた佳奈はいたずっぽい声できく。

「先輩も初めてですか?こんな事をするのは」

「歴代の守護巫女でも初めてかもね」

 そう言いながらも、琴美は邪魔な建物を軽い蹴りで壊してし    

まった。

 それを簡単に踏み潰しながら、追いついてくる。

「どうしたんだい?そんな所で立ち止まって」

「この建物が邪魔で進めないんです」

「……かなり大きいな。ボクでも胸の近くまでくるんだ。でも    

 やる事は決まってるじゃない」

 琴美がまるで少年のように笑ったのはその時だった。

 自分で作った瓦礫を踏みつけながら戸惑う佳奈を横目に、い    

きなり建物に拳を降り下ろしたからである。

 轟音がして、脆くなっていた古い工場は簡単に一部が崩れて    

しまう。

「佳奈も手伝って。これを壊さないと前に進めないから」

「わかりました。でも……」

「ちょっとした憂さ晴らしだと思えばいいの。田畑さんの運転    

 は乱暴過ぎる!とか」

 そう言いながら、すらりとした足で蹴りを入れてしまう。

 スパッツを穿いているとはいえ、ボーイッシュな美少女であ    

る琴美の豪快な暴れ方に佳奈は色々な感情が高まるのを感じた    

が、それを誤魔化すかのように建物に拳や蹴りを食らわせて、    

ついには壊しきってしまった。

「あ、あれですね。例のマイクロバス……」

「ここから注意しないと駄目だな。下手に暴れると巻き込みか    

 ねないから」

 先輩の言葉に小さく頷くと、今年の巨大守護巫女はさっきよ    

りは慎重に建物を壊しながら突き進んだ。

 少しずつ火事の現場が近づいてきて、肌にもかすかに熱気が    

感じられるようになったが、巨大化しているので大型の焚き火    

程度にしか思えなかった。

 やがて、マイクロバスの目の前まできて、巨大化した佳奈は    

すぐに膝をついた。

 もちろん建物は壊していたが、まったく気にしたりせずにそ    

っとマイクロバスに手をかける。

「壊れ易い卵を持つようにやる事。そうそう、そんな感じで」    

 琴美のアドバイスを聞きながら持ち上げたバスは、模型より    

も軽かった。

 車内では安堵と恐怖が入り交じったような奇妙な表情を浮か    

べる人たちの姿が見えたが、安心させるように笑って見せると    

来た道を戻り始める。

 転んだら最悪の事態になるので、足場を確かめながら一歩一    

歩ゆっくりと進み……最初に巨大化した場所まで戻ると、そっ    

とマイクロバスを道路に下ろした。

 その瞬間。

 佳奈は自分が守護巫女になってから初めての任務を成功させ    

た事を悟った。                         

「お見事。初めてでここまでやれば立派立派」

 いち早く声をかけたのは琴美だった。

 瓦礫を蹴散らしながら歩いて来ると、建物を壊しながらその    

場に座り込んだ佳奈の肩に手をかける。

「これで……よかったのですか?」

「もちろん。初出動で十数人も救うなんて普通はできないから    

 ね。これからもこの調子で頼むよ」

「はい。……先輩、ありがとうございました」

「ボクは別に何もしてないよ。まあ、ここの工場を怪獣みたい    

 に壊して憂さを晴らしただけかな」

 多少照れを隠すように琴美は言うと、辺りを見回した。

 マイクロバスを救出する事には成功したものの、廃工場は二    

人の巨大化少女によって無残に壊されていた。

 その奥ではなおも火災は続いており、放水も虚しく炎の勢い    

はまったく衰えていなかった。

「佳奈、ちょっと耳貸して」

「え?なんですか?先輩」

 慌てて佳奈は立ち上がった。

 同時にスカートやそこから伸びる足から瓦礫の一部が落下し    

たが、構わずに先輩のささやき声に耳を傾ける。

「壊しちゃったついでにもう一暴れする気はある?」

「人の役に立つならば……してもいいですけど」

「もちろん役に立つ。あの火災を鎮める手伝いをするついでに    

 暴れられるけど一口乗ってみる?」   

「え?……はい。乗らせて下さい」

「上等。……本当は気持ちよかったんだ? 建物を壊すのは」    

「それを言わないで下さい……」

「ボクも同じだからね。だから口実を作って一暴れってわけ」    

 平然ととんでもない事を言う琴美は、悪戯っ子のような笑み    

を浮かべていた。

 真面目な性格の先輩に茶目っ気がたっぷりある事に気づいて    

佳奈は一段と親近感が湧いてくるのを感じる。

「で、何をするんですか?」

「破壊消防。あの火災がこれ以上燃え広がらないように周囲の    

 建物を壊してしまうわけ。巨大化したボクたち以外には出来    

 ない大技だけどね」

                                

 消防活動を助ける為に動き始めた新旧守護巫女たちの活躍に    

晶はさらになる興奮を抑えきれなかった。

 よく似合う制服姿のまま巨大化した二人の巨大化少女が、火    

災現場の周囲の建物を次々に破壊し始めたからである。

「石川さん、この建物もやっちゃって」

「はい。……えいっ」

 身長四十七メートルのセーラー服少女が手をかけて力を込め    

るのと同時に、大型の工場は簡単に倒壊した。

 その瓦礫を踏み潰しながら、さらに残った部分を手で壊して    

いく。

「先輩、こんな感じでいいですか?」

「もちろん。こっちもそろそろ終わりだな」

 そう言いながら、巨大なブレザー少女は軽く蹴りを入れて建    

物に大穴を開けると、腕を下ろして屋根をぶち抜く。

 原形が無くなったのを確かめると、両手を使って押し倒して    

しまい、轟音と共に崩壊させてしまった。

「田畑さん……。ちょっと凄過ぎる気がするんですけど」

 守護巫女担当の職員の姿を見つけるのと同時に、晶は興奮を    

抑えられないまま言った。

「いや。一見目茶苦茶に見えるけどちゃんと理に適っている。    

 実は消防隊からも指示を受けてやってるからね」

「あ、そうなんだ……。オレはてっきり好き勝手にやってると    

 ばかり……」

「まあ壊しても文句は出ないけれどね。ほら、助けられたマイ    

 クロバスに乗っていた人たちも見てるじゃないか。話を聞い    

 たら取り壊し費用が浮くんで喜んでいるらしい」

「いっそ、このままあの二人に更地にさせたらどうです?」

「それは別の話だな……。守護巫女の役割はあくまでも公的な    

 ものだからね」

 田畑の言葉に、この辺りが<お役所>なのかと晶が妙に納得    

していると、視野に速人の姿が入ってきた。

 そう言えば、幼なじみが活躍している間に何をしていたか、    

まったく注意を払っていなかった。

「竹尾、見てただろ?石川の活躍。今年の守護巫女はちょっと    

 違うみたいだな。いきなり大活躍だもんな」  

「ああ。俺にはどうでもいいけどな」

「どうでもいいって……そりゃないだろ?」

「俺にはどうでもいいんだ。だいたいあんなに暴れたら目立つ    

 だけだっていうのが分からないのか、あいつは」

 珍しく感情をむき出しにした言葉に、晶は驚いた。

 同時にその言葉に多少腹も立ってくる。

「そんな言い方はないだろ?石川はよくやってる。それでいい    

 だろう?」

「良くないんだ、それが。今回だって……」

 そこまで言って。

 速人は何かに気づいたかのように口をつぐんだ。

 一瞬だけ剣呑な目を晶に向けると、人気の無い方向へと歩き    

去って行く。

 なんだ、今のは……。竹尾の奴、何かを言いかけて止めた?    

 何が何だか分からなかった。

 しかし、直感は今後速人の動きに注意した方がいいと警告を    

発していた。

 ふと気がつくと、破壊消防のお蔭で火災も鎮まりつつあるよ    

うだった。

 作業を終えた二人の巨大化少女たちは満足そうな笑みを浮か    

べて消防隊の活動を見守っていたが、晶は重大な何かを見落と    

しているような気がしてならないのだった。