第4話 巫女と仲間たち

                                

 デジタルビデオカメラのモニターの中で、被写体の少女はち    

ょっとだけ驚いたような表情を見せていた。

 しかし、すぐに柔らかな笑みを浮かべると、右手でVサイン    

を作ってポーズを決める。

 その自然な動作に、玉木晶(たまき・あきら)は自分の判断    

が間違っていなかった事を悟る。

 やっぱり石川は自然と人を魅了できるんだな。大したものだ    

ぜ。意識したってできねえ奴もいっぱいいるのに。

 稲穂市の北側にある県立稲穂北高等学校・二年一組の教室。    

 昼休みながらも教室に残っている生徒はあまり多くなく、カ    

メラを回すには最適な時間だった。

「ねえ、玉木君って本当に映像作家を目指してるの?」

 モニターの中の少女……平成二十二年度の守護巫女こと佳奈    

が問いかけてくる。  

「ああ。親父には負けたくないからさ。<お前にはまだ早い>    

 なんて抜かすんだぜ。あの馬鹿親父」

「無理ないと思うけど……?」

「関係ねえって。だって知り合いがあの守護巫女になったんだ    

 ぜ。これから一年密着するから覚悟してろよ」

「判ってるけど……。わたしなんか撮っても面白い?」

 <守護巫女に一年間密着取材が出来るなんて知ったら世界中    

の映像作家が飛んでくるぜ>

 自慢げに言いかけて、晶は口をつぐんだ。

 本当の事を知ったら佳奈がどう思うか、予想がつかなかった    

からだった。

 というわけで、これはオレだけの特権だな。これで何もしな    

かったら一生悔やんでも悔やみきれないな。

 少しだけ佳奈から離れながら、やんちゃな雰囲気を持つ少年    

は自分の幸運に感謝していた。

 にしても信じられねえよな。こんなどこにでもいそうな女子    

高生がいつでも身長四十七メートルになれるなんてさ。まあ、    

この前目の前で見たけどさ。

 先週の日曜日に行われた守護巫女交代の儀式の時にも、晶は    

全てを映像に収めていた。

 もちろん初めての巨大化もモニター越しに見ていたが、あま    

りに非現実的な光景に魂まで奪われそうになったのだった。

「なあ、石川。巨大化するとどんな気分なんだ?」

 自分の席に着いたままの佳奈の姿を映しながら、晶は自然と    

取材を始めていた。

「マスコミみたいな事を聞くんだ。……不思議な感じとしか言    

 えないわね。だって地面に足がついたまま、十数階建てのビ    

 ルから見るような景色を眺めるんだから」

「そういう事か……。でも、気持ちいいだろう?」

「ん。気分は悪くなかったわね。あんなにおっきくなると色々    

 出来るんだから」

 そう言って笑ってみせる。

 この会話も記録される事を意識しているのに気づいて、晶は    

思わず苦笑する。

「派手な活躍期待してるぜ。高田先輩みたいに貨物船でも動か    

 してくれれば最高だけどさ」

「あれは例外だって先輩言ってたわ。台風も近づいてたし、緊    

 急手段だったんだって。……でも、わたしでもあれぐらい出    

 来るわよ」

「マジかよ?」

「その為の守護巫女なんだから」

 こりゃかなり真面目な巫女さんだな……。

 モニターから目を離すことなく、晶は内心溜息をついた。

 竹尾の奴とはいい組み合わせだな。校内随一の硬派と幼なじ    

みの守護巫女なんて冗談みたいな話だけどさ。

 そう思いながら、ちらりと目線を動かす。

 <校内随一の硬派>こと竹尾速人は自分の席で突っ伏して昼    

寝していた。

 授業中に寝ている事も多いのだが、それでも成績はなぜか上    

位なのでおおっぴらに注意する教師はいなかった。

 ま、あいつも加えないと絵的には面白くないよな。何だか知    

らねえけど、石川が守護巫女になってからやたら絡んでるらし    

いからな……。

「あ、玉木君。この前の儀式の映像、後で見せて。先輩も見た    

 いんだって」

「お安い御用だぜ。高田先輩今日も来るんだろう?」

「時間が合ったらいつも来るって」

「すっかり仲良くなったんだな」

「うん。とっても格好よくて素敵なんだから」

 ありゃあ同性にモテまくるタイプだろうな……。

 その姿を思い浮かべながら、晶は率直な感想を抱いた。

 長身で美人で、しかも頼りになる性格だからな……。ほとん    

どサギだぜ。あそこまでくると。

 その先輩からもすっかり信頼されるようになり、<仲間>に    

加えてもらえた自分を幸運に思いながら、晶は撮影を続ける。    

 <貴重な瞬間はいつ訪れるか判らない>

 反発し、尊敬する父親の言葉を心で反芻しながら。

                                

 ホームルームが終わって放課後になるのと同時に。

 佳奈はすぐに教室を飛び出した。

 小走りに廊下を抜けて、昇降口で靴を履き替えると、勢いを    

落とすことなく校門に向かう。

 そこにはすでに昨年度の守護巫女であり、フォロー役を務め    

る琴美が待っていた。

「こんにちは。……待ちました?」

「ううん。今来たばかり」

 短く答えると微笑する。

 琴美は北高の近くにある私立高校に通っていたが、歩いても    

五分という距離もあって、毎日迎えに来るのだった。

「でも本当にいいんですか?わたしの為に貴重な時間を……」    

「大丈夫。ボクはボクなりにやるから」

 あっさりと言い切ると、佳奈の肩越しにこちらに向かってく    

る人影に小さく手を振る。

 <将来の映像作家>こと晶だった。

「先輩、この前の儀式の映像……家にあるんですけど、どうし    

 ます?ちょっと寄ってもらえればコピーしますけど」

 相手が先輩という事もあって、晶は琴美に対して敬語を使う    

ようにしている。

 というより、本人曰く「<姉貴>として慕っている」との事    

で「君」付けで呼ばれてもまったく気にしていない。

「そうさせてもらおうかな。佳奈は?」

 琴美は後輩の守護巫女を下の名前だけで呼ぶ。

 呼ばれた本人は最初戸惑ったようだったが、今では「格好い    

い男の子に呼ばれてるみたい」とのろけるようになっていた。    

「じゃ、わたしも。テレビのニュースだとイマイチだったし」    

 笑いながら言うと、佳奈は琴美の方を見た。

 最近デザインが変わったばかりという事もあって、琴美はな    

かなかお洒落な制服に身を包んでいた。

 白い縁取りが鮮やかな紺色のブレザーにグレーのプリーツス    

カート、白のブラウスにクリーム色のベスト、青色のリボン。    

 足元は白のニーソックスとローファーでまとめていたが、見    

事に決まっているので思わず見とれてしまう程だった。

 わたしの学校とは違うな……。公立だから無理ないけど。

 目線を下げて自分の姿を確かめる。

 身頃がクリーム色のセーラー服(切り返しが入っているのが    

特徴)に紺色のプリーツスカート、朱色の小さめのリボン、足    

元は膝下までのソックスとローファーだったが、色々な意味で    

<差>は大きかった。

「ところで……。あそこでふて腐れたような顔をしている少年    

 はどうするの?」

 内心溜息をついていると、琴美が少し茶化すような口調で訊    

いてきた。

 慌ててその方向を見ると、ブレザーの制服を着崩した速人が    

まるで親の仇でも見るような目で見ているのに気づいた。

「もう、ハヤトったら……。ハヤト!一緒に帰りたいならつい    

 てくればいいじゃない」

「別にいいだろ。俺は好きにさせてもらうぜ」

「そう言いながらいつもついて来るんだから。玉木君を見習っ    

 たら?」

「オレは<取材>のつもりなんだけどなあ……」

 晶がぼやいている内に、ようやく速人がついて来たので、佳    

奈たちはゆっくりと歩き始めた。

 昼下がりということもあって風はごく穏やかで、見上げる空    

は春らしく少し霞んで見えた。

「そういえば、出動命令って平日は出るのですか?」

 思い出したように佳奈が聞いたのは、学校の敷地を仕切る塀    

が途切れた時のことだった。

「たまに出るけど、そんな時は緊急事態だと思った方がいいか    

 も。ボクも何回か呼ばれて巨大化したからさ」

「その時の服装は?着替えてる暇なんか無いからそのまま?」    

「この制服姿のまま巨大化した事も何回かあるな。ま、見えな    

 いように対策はしてるけど」

「そうですけれど……」

 あっさりと<最悪の事態>を肯定されて、佳奈は恥ずかしさ    

と困惑が一度に込み上げてきていた。

 もちろん<対策>としてスカートの下にスパッツを穿いてい    

たが、それで気持ちが楽になるわけでもなかった。

「でも制服姿のまま巨大化したところは見たいな……。滅多に    

 見られるものじゃないしさ」

 愛用のデジタルビデオカメラを構えたまま、晶が本気とも冗    

談ともつかない口調で突っ込む。

「だって絵になりそうだしさ。二人とも制服がよく似合う……    

 って何すんだよ!竹尾!画面ブレただろ!?

「うるさい。余計な事をいうな」

 映像作家の卵を小突いた本人は無表情なままだった。

 喧嘩する時のような凄味は感じられなかったが、知り合い以    

外ならば避けてしまいそうな程、負のオーラを漂わせていた。    

「ハヤト、どーしてそう嫌そうな顔をしてるの?どうも最近お    

 かしいじゃない」

「気のせいだろ?気のせい」

「今までのは単なる無愛想でしょう?でも今は苛立ってる。わ    

 たしにはわかるんだから」

「玉木君、玉木君」

「なんですか?先輩」

「あの硬派な男の子の表情って見分けつく?」

「いや、オレには無理です。一年同じクラスにいたんですけれ    

 ど修行が足りないのか何考えているのか解らないんですよ」    

「ボクも人を見る目はあるつもりなんだけどねえ……」

 肩を寄せてひそひそ話をしていた琴美と晶だったが、遠くか    

ら消防車のサイレンが聞こえてきて顔を上げた。

 最初は一台だけだったが、やがて輪唱のように複数のサイレ    

ンが聞こえてきてかなり大きな火事らしい事に気づく。

「火事ですね。まさか、火事にまで出動という事は……」

「それはないな。巨大化してもさすがに火に対する耐性がつく    

 わけじゃないから」

「何にでも強かったら怪獣と変わりませんからね」

「そういう事」

 琴美の言葉に多少ほっとしながら歩き始めた佳奈だったが、    

ふとすぐ隣にいる速人が妙な表情をしているのに気づく。

 なんか変なのよねえ……。わたしが守護巫女に選ばれてから    

ずっと。そんなに面白くなかったのかしら?

 速人ならありえない話ではなかったが、それにしてははっき    

りと言わないのが気になってしかたなかった。

 もう一度質問して真意を確かめようとした時だった。

 ポケットに入れた携帯が着信を告げた。