第3話  誕生の瞬間

                                

 <儀式>は想像していたよりも事務的……というよりお役所    

仕事的で退屈なものだった。

 色々な人たちの挨拶に、市民なら誰でも知っている守護巫女    

の歴史の話、そしてその功績を延々と聞かされる羽目になった    

からである。

 しかも、当の本人はスタンドからは千人を越える人間の注目    

を浴びながら、芝の剥げたグラウンドにただ突っ立っているだ    

けだった。 

 すぐ隣では琴美が背筋を伸ばしたきれいな姿勢で立っていた    

が、内心どう思っているか解らなかった。

 退屈ね……。やっぱりこんなものなのね。市の臨時職員扱い    

だから無理ないかな。

 校長の長話を思い出しながら、スタンドの方を見てみる。

 すぐにマスコミのカメラ群を見つけて、自分の置かれている    

立場に気づく羽目になったが、ついでとばかりに眺め回す。

 視力はいい(これも守護巫女になる為の条件の一つ)ので、    

ある程度顔の判別も出来たが、速人の姿は見えなかった。

 ひねくれてるんだから。どっか別の所にいるのかも……って    

あの人たちは?

 目を正面に戻そうとして、佳奈はちょっと変わった一団がス    

タンドの上段にいる事に気づいた。

 明らかに外国人と解る浅黒く彫りの深い顔だちに立派な髭。    

 インド人かと思ったが、少し違うような気もした。

 誰かしら?熱心にビデオカメラで撮影してる人もいるし、ず    

いぶん物好きね。でもどこかで見たような……。

「それでは、儀式の最後に新旧の守護巫女による引き継ぎを行    

 います。平成二十一年度の守護巫女・高田琴美さん。準備を    

 お願いします」

 考え事は司会の声によって中断した。

 慌てて意識を戻すと、自分と同じ巫女装束姿の琴美が軽やか    

な足どりで離れていくところだった。

 準備……あ、いよいよね。まずは先輩が巨大化して、それか    

らわたしも巨大化するんだ。どんな気分なんだろう……。

 既に<神事>自体は先週の内に稲穂神社で済ませていた。

 その時から念じるだけで巨大化は可能だったが、もちろん試    

していなかったので、今日が初めてだった。

 想像つかないわね。緊張してきちゃった。三十倍に大きくな    

るんだから……。

 そんな事を考えている内に。

 佳奈の方を向いたまま琴美が巨大化を始めた。

 すぐに視野から顔が、肩が消えていき、白い着物や緋色の袴    

が何倍にも膨れていく場面だけが目に入ってくる。

 草履に包まれた足はグラウンドに沈み始め、佳奈はこの古い    

競技場が儀式の場所にに使われた理由を悟る。

 スタンドからはどよめきが上がり、カメラのシャッター音も    

聞こえてきたが、少女はただ不思議な光景に見入っていた。

 巨大化が終わるまで何秒かかったのか、判らなかった。

 気がつくと目に入るのは草履と白足袋に包まれた巨大な足と    

緋袴だけだった。

 あまりに非現実的な光景に、何をしたらいいのか戸惑った佳    

奈だったが、すぐに司会の声が耳に届く。

「それでは、平成二十二年度の守護巫女・石川佳奈さん。準備    

 をお願いします」

 いよいよ自分の番だった。

 辺りを見回したりしたものの、心は落ち着かないままで、誤    

魔化すように目の前の巨大な緋袴を見上げる。

 その先にあったのは、琴美の笑顔だった。

「大丈夫。恐くないから」

「先輩……」

「初めての時は誰でもこうなるから先に先代が巨大化して支え    

 るんだ。ボクの時もそうだったんだ」

「……。やってみます」

 天から降ってくる先輩の言葉に、佳奈は決意を固めた。

 わずかに吹き続けていた春風が凪ぐのを待って。

 神社で教えられた通りに、心の中で<巨大化する自分>を念    

じたからである。

 それが合図だった。

 身長一五八センチの佳奈はたちまちの内に巨大化を始めた。    

 自分自身がその不思議な感覚を味わうよりも早く地面が遠く    

なっていき、正面スタンドの奥にある駐車場の車がよく見える    

ようになる。

 足が地面についているのにも係わらず、体が浮き上がるよう    

な感じがするあたりに、急上昇するエレベーターに乗った時の    

ことを思い出す。

 思ったよりも早い……。目眩しそう。でもあまり変わってい    

ないような気がするわね。

 一気に背が伸び、身長の三乗のペースで体重が増えているの    

にも関わらず、当の本人は巨大化を実感していなかった。

 それでも、髪を揺らしながら琴美の方を見ると、最初に緋袴    

が視野に入り、すぐに白い着物、最後に不思議な魅力に満ちた    

笑顔が飛び込んできて……ようやく止まった。

「おめでとう。新たな守護巫女の誕生だね」

 巨大な琴美の言葉が、ごく普通に聞こえた。

 その背後には十数階建てのビルから眺めたような町並みが広    

がり、佳奈は自分が身長四十七・四メートルにまで巨大化した    

事を知る。

 草履に包まれた足はグラウンドを陥没させ、スタンドの人間    

がまるで豆粒のように見えた。

「本当に……大きくなっちゃった。こんなに簡単に……?」

「神様から与えられた奇跡の力というわけだ。……おっと」

 わずかに佳奈の巨体が揺らいだのを見て、琴美は少し大袈裟    

に支えた。

 最初の頃は目眩を起こしてしまう事もあるので、先輩として    

は注意する必要があった。

「大丈夫です。もう治りました」

「どう?巨大化した感想は?」

「えっと……。やっぱり凄いなって……」

 自分でも月並みな事を言っているとは思ったが、佳奈はそれ    

しか言葉にできなかった。

「そうだろうね。その気になればかなり楽しめるよ。でも、守    

 護巫女としての責務は忘れないで。ボクに言えるのはそれだ    

 けだな」

「はい。きっと務めを果たしてみせます」

「その調子。これから一年、色々あると思うけど頑張っていこ    

 う。ボクも付き合うから」

「お願いします」

 ごく普通に言葉を交わしている内に、佳奈はようやく<巨大    

化した自分>を受け入れることができた。

 大きくなったけれど、<自分>は変わらないのね。それに、    

こんなに大きくて力があればなんでもできるわね。この不思議    

な力、大事に使わせてもらうから。                

 胸元で軽く拳を握って、決意を固める。

 ……と、そこに琴美の手が被さったので、かなり驚く。

「ちょっとは格好つけないとね。ほら、取材のヘリとかも来て    

 るから」

「……物好きですね。わざわざ空からなんて」

「いいのいいの。マスコミ対策は大事だよ」

 そう言いながら、巨大な巫女はヘリに向かって空いている方    

の手を振ってみせた。

 どうにも恥ずかしかった佳奈だったが、琴美にも促されて。    

 やや固いながらも笑顔を浮かべた。

 地上五十メートル近くの風を受けて、艶やかなセミロングの    

髪が揺れ、巨大化した少女の魅力を一段と高める。

 平成二十二年四月最初の日曜日。

 稲穂市にまた新たな巨大守護巫女が誕生した瞬間だった。

                                

 速人はその光景を、競技場の隅から眺めていた。

 まるで大型ビルのように巨大になった幼なじみが、取材のヘ    

リに向かっていつもの笑顔を浮かべている。

 あまりに非現実的な光景が現実となって、苛立ちは頂点に達    

していた。

 ……ったく。どうしてこうなるんだよ!どうしてあいつが守    

護巫女になるんだ!?

 心の中で叫んでも誰にも声は届かない。

 激しい苛立ちを知っているのは、自分自身だけだった。

 こうなったら実力で阻止すればよかった。あいつが応募する    

のは目に見えてたしさ。でも、そんな事できるわけ……。

 携帯が着信を告げた。

 相手を確かめると、不機嫌なまま言葉を発する。

「ああ、俺だけど。今儀式は終わったとこだ。……別に。普通    

 だな。ったく、俺の幼なじみだぜ。……チャンスだって言い    

 たいのは解るよ。でも俺は係わるのは真っ平御免だからな!    

 俺はリサイクルショップは継ぐ。でも<そっち>は継がない    

 し手伝うつもりはないからな!解ってんのか親父!……」

                                

「……ストルーヴェです。はい、今儀式は終わりました。今回    

 の巫女は素直そうです。話をすればもしかすると可能性があ    

 るかもしれません。でも、前の巫女は勘が鋭いんです。もし    

 我々の<目的>に気づかれたら……。……ええ、心配性だっ    

 て言いたいんでしょう?でも私はあまり気乗りしなくて……    

 日本にまで来て何を言ってるんだか?それは言わないで下さ    

 い。私はただの料理人の方がいいんです。……」