たった二人の反乱

                                

 重厚な内装で統一された法廷内を、重苦しい空気だけが支配    

していた。

 剣と鷲のあしらわれた緑と白の旗……アレルモ王国の国旗の    

真下にある裁判官席では黒い法服に身を包んだ五人の裁判官た    

ちが沈黙を守り、裁判官席の左側にある検事席では反乱事件が    

専門の検事が意味もなく手元の調書をめくっている。

 その向かいの弁護席では白髪の老弁護士が内心の喜びを表に    

出すまいと、苦虫を噛み潰した顔を崩さずにいる。

 そして、この茶番染みた裁判の主人公のいる被告人席では、    

リゼット・クインシーが決然とした表情で裁判官席の中央にい    

る裁判長を見つめていた。

 ややウェーブのかかった薄金色の髪を下ろし、罪人用の白と    

黒のワンピースに身を包んでいたが、その姿はとある傍聴人を    

して「聖女のようだった」と言わしめた程だった。

「意味が分からないようであればもう一度言います」

 裁判官、検事、弁護士、法廷係官、そして傍聴人全てが言葉    

の意味を正確に理解していると知りながらも、リゼットはあえ    

てさっきの言葉を繰り返した。

「わたしはこの反乱事件が正しかったと思っています。そして    

 もう一人の反乱者であるリサ・アネジューの行方については    

 何も知りません」 

 後の世に<リサ&リゼット反乱事件>と呼ばれるこの反乱を    

裁く法廷は、機能不全に陥っていた。

 王国有数の法律家たちが語るべき言葉を持たず、王都を大混    

乱に陥れた反乱を起こした少女が罪を全く認めなかったからだ    

ったが、ここに至るまでの経緯が複雑だったのも一因だった。    

 それでも、リゼットは現状に満足していた。

 ほんの一月前からは考えられない程の逆境だったが、自分が    

生きていることを実感するには充分だった。

 ……これでいいのね、リサ。もう二度と貴方には会えないけ    

ど、わたしは最後まで……死ぬまで戦ってみせる。わたしが上    

っ面のいいだけのお嬢様じゃないところを見せてやるから。

 そう思いながら、左手に隠した水晶のペンダントをきつく握    

りしめる。     

 今はもうこの世界にいないリサがどこかで力を貸してくれる    

と信じながら……。

                                

 王都どころか王国すらも揺さぶった反乱事件の始まりは、魔    

術師ギルドの図書館でのやりとりからだった。

 その日、リゼットは借りていた精霊魔法に関する本を返そう    

と、本棚と本棚の間を歩いていたのだが、そこにリサが音もな    

く現れたのだった。

「リサ、何をしてたのよ。突然ギルドに来なくなるなんて」

 非難がましい響きを精一杯抑えながら、リゼットは<ギルド    

の歴史始まって以来の天才少女>に呼びかけた。

「ちょっとだけ面白い事をしてたの。リゼットも一口乗る?     

 悪くない話だと思うけど」

「お断りよ。貴方と付き合ってたらギルド内で何を言われるか    

 わからないから」

「やっぱりリゼットは私の事をそんな目で見てたのね。本当に    

 上っ面だけはいいんだから」

 心の奥に隠す薄暗い部分を直接突き刺すリサの言葉に、ギル    

ドの優等生は抱えていた精霊魔法の本をきつく握りしめた。

 リゼットは王国有数の商家の娘だったが、一生を魔法の発展    

に尽くすべく魔術師ギルド付属の学園で学んでいた。

 成績こそ天才少女・リサには負けていたが、血筋のよさと品    

行方正を絵に描いたような立ち振る舞いで他の生徒や教師たち    

の受けも非常に良く、いずれはギルドの指導者にという声すら    

も出始めている程だった。

 しかし、その姿は半分演技だった。

 実家であるクインシー家は表向きこそ順調だったが、その実    

体は破産寸前で、リゼットは学園で成績を上げなければ路頭の    

迷う危険すらあったからだった。

 しかも、クインシー家を食い物にしているのは、王都の新興    

商家たちだという話を使用人から聞いていた。

「わたしは生き残らないといけないの。勘のいいリサは知って    

 るでしょう? わたしの実家が危ない事は」

「もちろん。だから誘ったのよ。というより、リゼット以外に    

 誘いたくないわね」

 強引にリサの横を抜けようとしたリゼットだったが、すらり    

とした手が本棚を押さえたので、行く手を塞がれた。

 溜息をつきながら腕の根元の方向に目を動かすと、リサのど    

こか少年のような笑みが視野に入ってきた。

「貴方に何がわかるというの? 学費も免除された天才少女の    

 くせにろくな研究もせずにただ遊び歩くだけで、色々困らせ    

 てるって聞いてるわよ」

「そんなの決まってるじゃない。私の本当の居場所はここじゃ    

 ないからよ」

「またそれ? だから本当の居場所とやらはどこなのよ?」

「秘密。でも、私の企みに乗ったら判るわ」

「そんな事で危ない橋なんて渡れないわ。……ギルド長様に報    

 告するわ。貴方が何かを企んでいると」

「残念ね。……さっき、噂を聞いたのに。クインシー商会の出    

 した手形が不渡りになったらしいわ」

 リゼットの全身から力が抜けて、精霊魔法について書かれた    

分厚い本が床に落ちた。

 角が革靴に包まれた足に命中したが、その痛みすらもまった    

く感じられなかった。

「嘘よ……。嘘でしょう?」

「誤魔化したりはするけど、嘘はつかないわ。噂はもう町中に    

 広まってるはず。あっけなかったわね」

「何を言ってるの! クインシー商会はわたしの実家なのよ!    

 それなのに貴方は他人事みたいに……」

「だって他人事だから」

 平然と人の神経を逆撫でするリサに、リゼットの心は怒りで    

真紅に染まった。

 何をしていいのか分からないまま殴りかかろうとしたが、そ    

のささやかな抵抗はあっさりと止められる。

「無駄無駄。私がどうして天才少女と呼ばれてるか知ってるで    

 しょう? 魔法だけでなく、学問も体術も優れてるからよ」    

「手を離して! わたしをどうする気!」

「何もしない。ただ私の提案だけ聞いてくれればいいわ。返事    

 は後でもいいから」

「何がしたいの?」

「簡単に言うと、反乱。この王都をめちゃめちゃにするような    

 大反乱。どうしても二人いないと出来ないのよ」

 リサの悪魔じみた笑みを見た瞬間、リゼットの熱くなってい    

た心が氷のように冷たくなった。

 リサならば不可能を可能に出来るかもしれない。

 そんな予感がした。

「……返事は後でもいいのね」

「もちろん。でも、三日しか待てない。計画はもう出来てるか    

 ら日程まで変えられないのよ」

「もしかして、わたしが参加する事が前提になってるの?」

 リサは何も言わずに笑っているだけだった。

 全ての人に羨ましがられる程の才能を持ちながら、性格は最    

悪に近い謎の少女。

 彼女にとってみれば、他の人間はゲームの駒に過ぎないのか    

もしれない。

「三日後に返事するわ。誰にも言わないからここを通して」

 狭い通路を塞いでいたリサの腕がだらりと下がった。

 それを合図にするかのようにリゼットは床に落ちた本を拾い    

上げると、小走りに謎の天才少女から離れた。

 実家の破産、悪魔じみた提案、そしてリサの秘密。

 複数の事柄が心の中で手を取り合って踊っているような感覚    

に、リゼットは吐き気を覚えながら歩き続けているのだった。    

                                

 クインシー商会破産の噂は事実だった。

 情報は既に王都全体に広がっており、裏事情を知らない人た    

ちを心の底から驚かせていた。

 中には姿を見るなりうわべだけの同情の言葉をかけてくる学    

友もいたが、それらを全て無視してリゼットは寄宿舎の自分の    

部屋に戻ると、ベットにうつ伏せになった。

 まさか本当に破産するなんて……。父上は大丈夫と言ってた    

けど、やっぱり無理だった。これから、どうしたらいいの?

 普通に考えるならば、リサの提案は無視して学業に専念する    

べきだった。

 学費も免除される可能性が高いし、成果さえ上げれば一生楽    

に暮らせるはずだった。

 上手くすればクインシー商会も再興できるかもしれない。わ    

たしが稼いで援助すればいいんだから。でも……。

 それで全てが元に戻ると思っているほど、リゼットは空想主    

義者ではなかった。

 結局、実家が破産したのは父親に経営者としての実力が無か    

ったからに過ぎなかったと分かっていたからだった。

 生きていける程度の援助はして、私は魔術師ギルドで生きて    

いくしかないわね。実家が潰れても、わたしの日常は変わった    

りしない。ずっとこの道を歩き続ける……。

 不意に、リサの悪魔のような笑みが心に浮かんで、リゼット    

は薄金色の髪を大きく揺らして顔を上げた。

 選択肢はもう一つあった。

 リサの誘いに乗り、反乱を起こす事だった。

 ……なんでそんな事まで考えるの? 反逆罪は死刑以外無い    

し、上手くいくとはとても思えないのに。

 アレルモ王国は、中央諸国と呼ばれる国々の中でも一歩抜き    

んでた実力を誇る国だった。                   

 重商主義で蓄えた富と現国王の硬軟取り混ぜた内政と外交、    

そして質の高い常備軍を力の源とし、いずれは中央諸国を併呑    

するとも言われる程だった。

 そんな国に魔法と知識だけが取り柄の二人の少女が手を取り    

合って正面から立ち向かう。

 おとぎ話にもなりそうになかった。

 でも、リサが何も考えずにあんな事を言うわけないわ。あそ    

こまで言うという事は準備は整っているということ。しかも、    

わたしが参加すると計算している……。

 リサの詳しい生い立ちを、リゼットは知らなかった。

 自分と同じ年にこの学園に入ったのだが、それ以前にどこに    

住んでいたのか、何をしていたのか、まったく謎だった。

 実は気になって調べてみたのだが、魔術師ギルド上層部でも    

一部しか閲覧できない文書にしか答えが書かれていないと分か    

ると、さすがに諦めるしかなかった。

 それなのにいつも言ってたわね。「私の本当の居場所はここ    

じゃない」って。馬鹿な事を言ってると思ってたけど……どう    

いう知りたい。でも、反乱に参加したら命を落とすのは間違い    

ないわ。それでも、参加したいの?

 不思議な事に、反乱に対する拒絶反応は薄かった。

 表向きは教科書通りの優等生のリゼットだったが、その皮を    

剥がすと薄暗い情念が燃え盛っていたからだった。

 ……だからわたしが誘われたのね。でも、リサなんか天才少    

女の皮を被った悪人じゃない。話をする時はいつも上から目線    

だし、自分の実力を自慢して人の話を聞かない。……でも、天    

才独特の輝きがあって……。

 自分でも何を考えているのか判らなくなって、リゼットは再    

び柔らかい枕に顔をうずめた。

 心が安定を望む部分と乱を望む部分に別れて激しい戦いを繰    

り広げていた。

 それでも、リゼットには自分の出す答えが分かっていた。

 ただ繰り返されるだけの日常を完全に破壊し、リサの秘密を    

知る為には……。