星を護りし者  

                                

 太陽系から五百光年以上離れた星系・アビニオン。

 その第四惑星・ロベールは希少鉱石を多数産出する事で有名    

な鉱山惑星だった。

 行政の中心であり、惑星と同じ名前を持つ都市・ロベールに    

は一攫千金を夢見る若者や鉱石の買い付けに来る大小さまざま    

な星間商社の人間、そして鉱石を掘り出す技術者などが集まり    

雑多で活気のある町並みを作り上げていた。

 そんな区画整理も追いつかないほど急速に膨らんだ町の一角    

に、酒場「シャンゼリゼ」はあった。

 店の名前が持つ甘美な響きとは対照的に古ぼけた建物と内装    

が目立って仕方なかったが、ロベールでは知らない人間はいな    

いほど有名な店だった。

 <アビニオン星系から半径数十光年以内にこれ以上の美声を    

持つ女性はいない>と噂されるピアノ引き語りの歌姫・マルグ    

リッドがいたからだった。

                                

 その日。                           

 歌姫は底無し沼にはまり込んだかのような焦燥感と恐怖に駆    

られながら「シャンゼリゼ」の舞台で愛用のピアノに向かって    

いた。

 いつもなら満員の店内を見回し<歌姫>にふさわしい余裕と    

態度を示しながら、得意のレパートリーを披露して見せるはず    

だったが、この日は何かを恐れるかのようにただひたすら歌い    

弾き続けていたからである。                   

 常連客だけでなく、噂を聞きつけた一見客も、歌詞を忘れた    

り明らかな演奏ミスをするマルグリッドに首をかしげたが、本    

人は気づかないふりをしていた。

 そうでもしなければ、背中を這い上がる恐怖に<全て>をぶ    

ちまけてしまいたくなるからだった。

 始まりは、それこそ毎日のようにどこかで繰り返される光景    

だった。

 美貌の歌姫に鉱山採掘技術者の青年が恋をして、告白して、    

あっさりとふられた。                      

 よくある話だったし、マルグリッド自身も何回となく体験し    

てきた事だった。

 だが、青年の方はそうはいかなかった。

 元々自分という存在を過大評価する傾向がある彼は、<全身    

全霊をかけて>愛した歌姫が振り向かなかった事で、ついに渡    

ってはいけない橋を渡ってしまったのである。

 <三日後の夜、「シャンゼリゼ」でお前の舞台が終わる時、    

ロベールを一瞬の内に消し去る超高性能爆弾を爆発させる。も    

しその日舞台に立たなかったり、警察に知らせればそれより前    

に爆発させる。俺は本気だし、死ぬのは怖くない。マルグリッ    

ドと共に宇宙の塵となれば満足だ>

 青年と別れた一週間後の朝、枕元に置かれた手紙を見た瞬間    

からマルグリッドの恐怖は始まった。

 青年は完璧に彼女を標的に捕らえていたし、鉱山採掘を生業    

とするのであらゆる爆薬を扱う事ができると、一人豪語してい    

た事を思い出してしまったからだった。

 このままでは、どうやっても三日後には自分と惑星ロベール    

はまとめて心中する事になってしまう。

 自分が監視されている事を感じながら、マルグリッドは必死    

になって方法を探したが、見つけたのは宇宙の闇よりも深い絶    

望だけだった。

 思い余って、宇宙港から他の星へと逃げる事も考えたが、そ    

の為に家を出ただけで惑星ロベールは星図から消え去ってしま    

うだろう。

 つまり、青年の言葉には従うしかないのだった。

 あまりの運命に、ベッドの中で七転八倒し、自慢の美声で全    

宇宙に存在する全ての神を罵ったが、それで事態が好転したわ    

けでも無かった。

 迎えた運命の日。                       

 マルグリッドはいつものように家を出て店に向かった。

 今日で自分も惑星ロベールも終わると心に念じながら。

                                

 今日何度目かの間違いをしながら、一つの歌が終わった。

 「シャンゼリゼ」の狭くて粗末な店内に詰めかけた客たちか    

らは惜しみない称賛と拍手、口笛が上がったが、マルグリッド    

の表情は仮面を被ったかのように動かなかった。

 今から十日前に自分がふった青年は、あの日以来初めて店に    

姿を現して、いつもの前列近くのテーブルについていた。

 足元に置かれた大きなスーツケースだけは初めて見るものだ    

ったが、それが歌姫の恐怖の根源だった。

 スーツケース程度の大きさがあれば、それこそ惑星一つを破    

壊するような爆弾すらもできる。

 昔どこかで聞いた話を思い出してしまったからだった。

 しかも、なお悪い事に。

 壁にかけられた大きな時計を見て、マルグリッドは視野がぼ    

やけてその場に倒れそうになった。

 彼女の演奏と歌の為に割り当てられた時間は、あと一曲分し    

か残されていなかった。

<お前の舞台が終わる時に、惑星ロベールを一瞬の内に消し去    

 る超高性能爆弾を爆発させる>

 最初の予告が脳裏によみがえる。

 最後に歌うのは一番のお気に入りである「星の間をめぐりし    

旅人たち」なので、残された時間は五分がいいところだった。    

 それでも、青年と大型のスーツケースは自分のすぐ目の前に    

存在している。

 マルグリッドと惑星ロベール。

 この二つをただの原子に還元して宇宙空間に放り出す為に。    

                                

 エンファ=カドクラが「シャンゼリゼ」に足を踏み入れたの    

は、不自然な間を置いてマルグリッドが「星の間を巡りし旅人    

たち」を歌い始めた直後の事だった。 

 愛嬌の漂う横顔が印象的な少女だったが、すぐに最前列に目    

的の人物がいるのに気づく。

「すみませーん。通してくださいっ」

 無邪気な愛想笑いを浮かべ、右手で拝むようなポーズで観客    

達の間を通り抜けると、ちょこんとあるテーブルにつく。

 足元に大きなスーツケースを置いた、陰鬱で今にも暴発しそ    

うな雰囲気を持つ青年の隣だった。

「あーもう。最後なんですね。<星の間を巡りし旅人たち>っ    

 てことは。完全に聞き逃しちゃいました。ここの宇宙港の管    

 制ったらトロいんです。<爆弾を持ち込む馬鹿がいるかもし    

 れないから念入りに検査する>なんて言うんですよ。信じら    

 れます?」

 今までまったく表情を動かさなかった青年が眉をひそめたの    

はその時だった。

 それでも、両肘をテーブルについたエンファは天真爛漫に言    

葉を続ける。 

「爆弾なんて、この惑星に幾らでもあるのに変な事言うと思い    

 ません?ここは鉱山惑星なんですし。ところで、マルグリッ    

 ドさんってきれいですよねえ。わたしあこがれちゃうな」

「うるさい、黙ってろ」                     

 苛立ちを抑えきれず、青年が口を開いたのはその時だった。    

「あ、そういう言い方しなくていいじゃないですか。付き合い    

 悪いですね。それとも、あの人がきれいじゃないとでも言い    

 たいんですか?」

「マルグリッドはいい女だ。それで十分だ」

「そうですよねえ。でも、いい女なんて。付き合いでもあった    

 みたいですね。本当に付き合いがあったんですか?」

「とにかく黙ってろ。俺は忙しいんだ」

「忙しい人がのんびり演奏聞いてるなんて思えませんけどね。    

 どうして、ここにいるんですか?」

 マルグリッドの歌は間奏部に入っていた。

 すでに覚悟を決めたのか、目の前での漫才じみたやりとりに    

も気づかず、ただ白い指を鍵盤に走らせている。

 まるで、自分とこの星に対して鎮魂歌を捧げるかのように。    

「おまえ、なんで俺につきまとう?ガキは向こうでミルクでも    

 飲んでろ」

「ひどい、ガキだなんて。わたしにはエンファという立派な名    

 前があるんです。マルグリッドさんには負けますけど」

 マルグリッド、爆弾、付き合い、演奏。

 キーワードは確実に繰り返されていた。

 しかし、青年はそれに気づくことなく目の前の大きな瞳を持    

つ黒髪の少女に心を奪われてゆく。

「なんでもいいから引っ込んでろ。後で痛い目にあうぞ」

「演奏が終わるまでいいじゃないですか。わたし、マルグリッ    

 ドさんの歌を聞きに来たんです。それなのに、宇宙港では爆    

 弾がどうので止められるし。あんな入港検査官にもう付き合    

 ってられないわ」

 ぼやくように言った瞬間。

 エンファの瞳がほんの一瞬だけ、黄金色の光を帯びて顔を向    

けていた青年の目を正確に貫いた。

 二人のいるテーブルだけ時間が完全に凍りつき、その隙にエ    

ンファは足元にあったスーツケースの把手を握る。

「あ、やっぱりここにあったんだ。ごめんなさい。これを探し    

 てたんです。じゃ、演奏楽しんでくださいね」

 答えは無かった。

 青年はただ惚けたような様子で、舞台上の歌姫の姿を瞳に映    

し続けていたからである。                    

 それを確かめることなく、スーツケースを持ったエンファは    

入ってきた時と同じようにぺこぺこしながら店から飛び出して    

いったのだった。

                                

 店の外に出ると、濃い川霧が夜闇の中を漂っていた。

 スーツケースを持ったままその中を泳ぐように走った少女だ    

ったが、角を曲がるとすぐに足を止めた。

 夜霧の町にふさわしい古風なコートに身を包んだ長身の青年    

が、ポケットに手を入れて立っていたからである。

「<教授(プロフェッサー)>、急いで下さい。思ったより時    

 間がかかったみたいなんです−−」

 <教授>と呼ばれた青年は、眼鏡の奥にその目を隠したまま    

スーツケースを受け取ると、すぐに作業を始めた。

 ポケットから小さな万能工具を取り出して鍵をこじ開け、ま    

ずは中身が超高性能爆薬の固まりであることを確かめる。      

 小さな惑星一つ吹き飛ばすのには十分過ぎる量だったが、眉    

一つ動かさず隅に埋められた起爆装置に工具のカッター部分を    

当てて、配線を断ち切る。

 その瞬間、エンファが大きな息をついてその場に座り込む。    

「あーよかった。ギリギリ。たった今、マルグリッドさんの歌    

 が終わったのが聞こえました−−。それまでに解除しないと    

 爆発するんですよね?」

「もちろん。だが、全ては計算通り」  

 工具をポケットに戻して、<教授>が立ち上がった。

 依然として、眼鏡の奥は霧がかかったかのように見えない。    

「きみが私の指定した通りに話を進めれば、スーツケースは回    

 収できて歌が終わる直前に起爆装置の解除を終了できるよう    

 に計算していた。心配する事はない」

「ならいいんですけど−−。これで、この星は無事ですね」

 エンファが立ち上がった。

 背の高い<教授>を見上げて、確かめるようにきく。

「でも、まだ−−始まったばかりですよね?」

 青年は小さくうなづいただけだった。

 それと同時に、すっと眼鏡の奥の霧が晴れる。

 そこにあったのは温和で、優しげな雰囲気の目だった。      

「当然です。さ、行きましょう。今日は奢りますよ」

「やった!だったら地球の料理が食べたいな」

「ならば宇宙港の近くに<地球飯店>という店があったのでそ    

 こにしましょう」

 それを聞くと、エンファは一段と爛漫な笑顔を浮かべて走り    

始めた。

 それを笑いながら見送った<教授>だったが、ふと足を止め    

て異境の夜空に浮かぶ星々を眺める。

 なぜか、感傷的になっていた。                 

 <言葉>で人を籠絡し、操る少女。彼女のお蔭でまた一つ星    

は救われました。しかし、<星を護る為>の戦いはまだ始まっ    

たばかり。彼女は自分の力には気づいていませんし、私も自分    

が何をしようとしているのかわかりません。ただ、星を護らな    

ければ世界自体が終わってしまう。そんな気がします−−。     

 そこまで考えると、<教授>はコートのポケットに手を入れ    

て歩き出した。

 ほとんどの人間が知らないまま危機に陥り、そして平和を取    

り戻したとも知らず、川霧に包まれた町は何も無かったかのよ    

うに賑わい続けているのだった。