第9話−(4)妹との対決
                                
 純粋な敵意を感じた瞬間には行動に出ていた薫だったが、襲    
撃者の正体はすぐには分からなかった。肌で感じた気配に覚え    
はあったが、沙耶や玲ではなく……。
「え……?」
 着地して刀を構えるのと同時に。薫は自分の目に入ってきた    
人物の姿が信じられなかった。
 芝生の庭園に大穴を開け、その中央で悠然と構えていたのは    
薫と似たようなデザインの衣装を身につけたショートカットの    
少女だった。あどけなさが残るものの、優秀な吸血鬼ハンター    
として知られたその少女の名前は……。
「響……?」
 実の妹の名前を口にした瞬間、薫の心から戦意が消えた。昨    
夜呪いを解かれたばかりの響はまだベッドから起き上がること    
も不可能のはずではなかったか……。
 棒立ちになった姉を見たのだろうか。吸血鬼ハンターとして    
の派手な衣装を着た響は正面から攻撃を仕掛けてきた。薫はそ    
れに対して何もできず、主人の黒羽が身体を張って防御する。    
「馬鹿! 戦いなさい!」
「でも……」
「敵は倒す! 相手が誰でも同じ!」
 一撃を受けられて、響は反撃を恐れるかのように間合いを取    
り直した。その時になってようやく、薫は冷静さを取り戻す。    
「響は……操られてます。ずっと昏睡してたのに動けるはずが    
 ありません」
「だから敵なの。沙耶が魔眼の力を使ったからよ。このままで    
 は色々まずいわね」
「わたしが戦えないから……」
「馬鹿言わないで。貴方の妹は操られたまま戦ってるのよ。ど    
 んな無茶をさせられるかわからないじゃない」
 苛立ち混じりの黒羽の指摘と同時に、響が再び地面を蹴って    
襲いかかってきた。姉の薫ですら恐ろしくなる程の速攻だった    
が、今回は何とか受け止める。
「やればできるじゃない」
「響とは小さいころからずっと模擬戦をやってたからです。で    
 も……」
 考えるよりも早く、薫は妹の刀を押し返した。その隙を突い    
てローキックを食らわせようとしたが空振りに終わる。やはり    
反射神経は響の方が上だった。
「素質が違い過ぎます。黒羽様もお分かりのはずです」
「はっきり言うわ。貴方の妹の相手は私には無理。姉の貴方で    
 ないと魔眼の呪いは解けないわ」
「そんな……」
「こういうのは理屈とかじゃないの。それに……。ついに黒幕    
 が登場したわよ」
 新たな気配を感じ取るのと同時だった。破壊された屋敷の瓦    
礫を細かく砕きながら、二つの人影が降り立った。
「ごきげんよう、黒羽。気分はどうかしら〜」
 いつもと変わらない、悠然とした口調で沙耶が埃の奥から登    
場する。亜麻色の髪をふわりとなびかせていたが、その瞳に感    
情は見えなかった。
「お陰様で最悪よ。全部貴方の仕業でしょう?」
「やっと気づいたね〜。力は凄いのに本当に鈍いんだから。そ    
 んな貴方がセブンシスターズを名乗ってるなんて間違ってる    
 と思うわ」
「私は好きでセブンシスターズの一員になったわけじゃないわ    
 よ。みんなが勝手にそう思ってるだけ。そんなに憧れるなら    
 喜んで譲るわ」
 <最強の吸血鬼>であることを自ら否定するような黒羽の言    
葉に、沙耶の口元から笑みが消えた。
「だから貴方が嫌いなのよ。とても強いくせに臆病で引っ込み    
 事案。挙句の果てには異世界の吸血鬼と同盟まで結んで争い    
 を回避する。見てるだけで苛々してるわ」
「臆病? 誉め言葉ね。私はそれで十分。他の吸血鬼と無益な    
 争いをするつもりもないし、今の生活を守れれば十分よ」
「能天気な平和主義者に付き合ってられないわね。玲、こんな    
 腰抜け吸血鬼今すぐやっつけるわよ」
「はい。沙耶様」
 沙耶の横に控える少年従者の態度はいつもと同じだった。さ    
すがに服装は少年らしくまとめていたが、手には抜身の剣が握    
られている。戦いの意志は明らかだった。
「こっちには吸血鬼ハンター藤間響もいるわよ。いつもの半分    
 程度の力しか出せない主人と未熟な従者だけで勝てるのかし    
 らね」
「かつて哲学者のデカルトは言ったわ」
 突然、黒羽が微笑した。側で構えていた薫は突然の豹変に驚    
いたが、不意を突かれて沙耶たちも動きが止まっていた。
「困難は分割せよ、と。薫、妹の方は任せたわよ」
 薫が言葉の意味を全て理解するよりも早く。
 黒羽が唱えた呪文によって、その身体は芝生の上に置かれた    
ままになっていた木箱……<箱庭>の内部へと引き込まれてい    
た。

 何が起きたのかまったく分からなかった。
 気がつくと薫は、巨大化した状態で大きな交差点の上にしり    
もちをついていた。短いスカートの下では巻き込まれた車がま    
とめて潰れ、刀を持ったままの右手は交差点に面した建物の正    
面を破壊していた。
「ここは……箱庭の中? なんでこんな時に……」
 ブーツでさらに車を蹴散らしながらゆっくりと立ち上がる。    
すっかり慣れたので、車や建物を壊してしまうことに躊躇いは    
無かった。
「まさかわたしだけをここに逃がした……わけないわね。言っ    
 てたから。響は任せた、と……」
 独り言の最後は言葉にならなかった。背後から強烈な殺意を    
感じて、反射神経だけでジャンプしたからだった。豪快に背の    
低い建物を破壊しながら着地し、刀を構えながら振り向く。
 さっきまで薫がいた場所には、響が戦闘の構えを崩さずに立    
っていた。その瞳に、意志の光は宿っていなかった。
 ……まさか、わたしと響だけをここに引き込んだの? だと    
したら黒羽様は外で……。
 思考は途中で中断した。建物を派手に破壊しながら、響が攻    
撃を仕掛けてきたからだった。正面からの強烈な一撃だったが    
薫は何とか受け止める。足元では住宅が巻き込まれて瓦礫にな    
りつつあったが、すかさず薫はそれを蹴り上げて妹に叩きつけ    
る。予想していなかったのか、わずかに怯んだのを見て峰打ち    
を仕掛ける。
「……っ!」
 相手を傷つけたくないというとっさの迷いが、相手に態勢を    
立て直す隙を与えてしまった。攻撃は受けられ、逆に押し込め    
られてしまう。背中は大型のマンションに当たり、一部が破壊    
される。それでも響は力を込めてきたので、薫は躊躇い半分蹴    
りを食らわせる。勢いは弱かったが、響が少し引いたのを見て    
さらにマンションを壊しながら間合いを取り直す。
 ……やっぱり操られるだけね。意志がまるで感じられない。    
でもこのままでは響も危ない。ずっと昏睡してたのに無理やり    
身体を動かしたしたりしたら……。
 それも沙耶の狙いなのか判断できないでいる内に、響が再び    
仕掛けてきた。瓦礫をブーツで蹴散らし、回り込むようにして    
攻撃を仕掛けてくる。
 攻撃パターンは変わらないわね。でも……。
 斜め後ろからの攻撃を、薫は正面に転がって回避した。巨大    
化しているため、建物は全て破壊され、道路上の車もまたスク    
ラップとなっていったが、微塵も気にならない。
 少しだけいつもより遅いわね。病み上がりだから? それと    
も別の理由が……。
 立ち上がるよりも早く、響が刀を振り下ろしてきた。恐ろし    
い程の剣風に髪の毛を何本かもっていかれたが、転がりながら    
見切る。
 実の妹に命を狙われているのにも関わらず、薫の心はどこか    
冷静さを保っていた。
 この速さなら何とか戦える。今までなら相手にならなかった    
のに。こうなったら……。
 立ち並ぶ小型のビルをめちゃめちゃにしながら、薫は立ち上    
がって身構えた。響もまた、車などを踏み潰しながら道路に立    
っていたが、表情に変化は無かった。
 一瞬の間合いを置いて、今度は薫から仕掛けた。躊躇わずに    
破壊行為を繰り広げながらも、峰打ちを狙う。しかし、響は軽    
やかな動作で回避し、逆に斬りつけてきた。
「しまっ……!」
 油断したのが悪かったのか、右腕を浅く斬られてしまった。    
痛みに顔をしかめる余裕もなく、返しの第二撃が反対方向から    
繰り出されてきて、とっさの蹴りで回避する。思ったよりも手    
ごたえがあったかと思うと、巨大化した響は大通りに面した大    
きな駐車場の上にしりもちをついてしまった。派手に車が破壊    
される音が耳に届き、一部が爆発して黒煙を噴き上げる。
「……」
 その瞬間、かすかに響の表情が変わった。躊躇い、恐怖、弱    
気……。いつもの妹からは想像もつかない負の変化だった。
 どういうこと? この程度の攻撃で弱音なんか吐かないはず    
なのに……。
 考えている余裕はなかった。薫もまたブーツで車などを潰し    
ながら駐車場に足を踏み入れたからである。よく見ると、その    
奥にはかなり大きなコンベンションセンターや近代的なビルな    
どが立ち並んでいた。
 ここが戦場になりそうね。怪獣映画みたいになりそうだけど    
きっと響を止めてみせる。
 不思議と焦りはなかった。それどころか、巨大化して戦うこ    
とに高揚感すら覚えながら薫は攻撃を仕掛けたのだった。

 気がついた時には、コンベンションセンターとその周囲に立    
ち並んでいた建物は全て破壊されていた。無傷の建造物は一つ    
として存在せず、瓦礫だけが無残な姿を晒していたが、薫はそ    
れを踏み潰しながら、響と向かい合っていた。
 お互い決め手が無いわね。でも、今までなら響に圧倒されて    
終わってたから変な感じ。
 出血する腕を気にしながらも、薫は妹と互角に戦っているこ    
とを不思議に思っていた。同じ血を分けたとはいえ、実力の差    
は大きくて、今まで勝ったことは一度もなかった。
 何か……今までとは違うわね。動きも鈍いし、踏み込みも甘    
い。操られてるから? ……そんなはずないわね。
 再び、響が斬りかかってきた。常人には見切ることすらでき    
ない速さだったが、薫はわずかに足を動かしてかわす。さらに    
道路上の車が潰れる感覚がしたが、気にならなかった。散々箱    
庭の中で戦ってきたので、すっかり慣れていた。
 響はほとんど経験が無いはずね。黒羽様と戦った時だけのは    
ずだから。……まさか。
 ある可能性に思い当って、薫は新たな行動に出た。壊滅した    
コンベンションセンターの跡地から出ると、まったく壊されて    
いない住宅地に無造作に足を踏み入れて、構えたからである。    
いつもならブーツで住宅を壊す感覚を楽しむところだったが、    
さすがにそんな余裕はなかった。
 さあ来て、響。わたしは逃げたりしないわ。
 心の中だけで呼びかけるのと同時に、華やかな衣装に身を包    
んだ少女吸血鬼ハンターが攻撃を仕掛けてきた。あまりの速さ    
に一瞬、薫は自分の誤算を呪ったが……。
 住宅を壊し始めた途端に、響の動きが鈍った。すかさず踏み    
込み、峰打ちを食らわせようとしたものの、回避される。しか    
し、その動きに切れは無かった。
 間違いないわね。響は街を壊しながら戦うのを躊躇ってる。    
あの時のわたしと同じ……。
 脳裏に黒羽と初めて戦った時の記憶が蘇る。自分の生まれ育    
った街の中で巨大化してしまい、戸惑っている内に次々に建物    
を壊してしまった。全てが罠だとは知らずに……。
 そういうことね。だから黒羽様はここにわたしたちを引き込    
んだのね。それならば……。
 薫の口元に笑みが浮かんだ。自分は箱庭世界で戦う巨大少女    
剣士。いつものように戦えば負けるはずはなかった。
 響が離れたのを見て、薫はすかさず反撃に出た。すぐ近くに    
大型の電線塔を見つけ出すと、刀を片手で持ったまま地面から    
引き抜いたからだった。電線が切れて盛大に火花が散り、火災    
も発生したが、笑いながら響に投げつける。さすがに驚いたの    
か、巨大化した妹はたたらを踏んで後退し、道路上の車をさら    
に踏み潰して炎上させる。
「壊してるわね、響も。わたしたちが戦ったら大変なことにな    
 るわね」
 意識的に薫は明るい声で呼びかけた。操られてる相手に通じ    
るかは分からない。しかし、無意識に訴えかけるのは可能だっ    
た。
「わたしも響も派手に壊したわね。特にあのコンベンションセ    
 ンター半分以上響が壊したじゃない。思い切りしりもちをつ    
 いて転がったから……」
 妹の華奢な肩がわずかに震えた。それを見た薫は足を振り上    
げて、足元の住宅を派手に蹴飛ばす。ブーツの先が凶器と化し    
て建物を破壊し、瓦礫が響にも襲いかかる。今までにない程大    
きな隙が生じた瞬間、薫は一気に踏み込んだ。
 足元では瓦礫を蹴散らしながら、響が振り下ろす刀を紙一重    
で見切る。態勢が崩れたのを見ると、すかさず横に回り込んで    
左手でその身体を押さえ込み、右手に持った刀の柄で首の後ろ    
を思い切り殴りつける。
 確かな手ごたえを感じた瞬間、響の巨体は<もの>と化して    
薫に抱きかかえられる形となる。
 全てはほんの一瞬の出来事だった。
 ……ごめん、響。乱暴なお姉ちゃんを許して。これしか方法    
が無かったから。
 妹の手から凶器となる刀を取り上げて、薫は小さく溜息をつ    
いた。そのまま、響の身体を瓦礫だらけの大通りに横たえる。    
吸血鬼ハンターとしての衣装に身を包んでいたが、昏睡してい    
た時同様無力な存在にしか見えなかった。
 刀は取り上げたし、このままにしておくしかないわね。後は    
黒羽様の状況だけど……。
 自分たちをここに送り込んだ主人のことが気になって、思わ    
ず架空の青空を見上げた時だった。
 天地を裂くような轟音がしたかと思うと、黒いものが盛大に    
建物を破壊しながら空から落ちてきた。