第6話―(5)裏切ったりしない
                                
 突然話が本題に入ったことに気づいて、薫は原型を失った大    
型アンテナを手にしたまま表情を強張らせた。足元では瓦礫を    
踏みつけながら言葉を返す。
「本当に、黒羽様が事件の犯人なのですか? 黒羽様は名前に    
 かけて誓ったんです。自分が犯人ではないと」
「名前をかけて誓ったから信じるの? 単純ね〜。黒羽はね、    
 幾ら嘘をついても大丈夫なのよ」
「そんなはずありません。誓約は呪いと同じ。もし破れば全部    
 自分に返ってきます。いくら黒羽様でも対抗する方法はあり    
 ません!」
「それがあるとしたらどうするの?」
「え?」
 思いがけないことを言われて、薫は言葉を見つけられなかっ    
た。それを見て沙耶は勝ち誇ったように続ける。
「私も苦心して見つけたのよ〜。あんな事件を起こして平然と    
 していられるなんておかしいと思ったから色々調べてみたら    
 一つだけ、方法があったの」
「それは一体……」
「従者の貴方なら知ってるはずよ。黒羽がいつも身につけてる    
 ルビーのブローチ。あれが鍵を握っているの」
 沙耶の言うブローチはすぐに思いついた。血のように赤く大    
きなルビー(紅玉)が埋め込まれたブローチで、黒羽は絶対に    
肌から離そうとはしなかった。
 理由を聞くと「我が身を守る最後の砦だから」だと誇らしげ    
に話していたが……。
「あれが……。どうして嘘をつくことと結びつくのです?」
「鈍いわね〜。あのルビーは呪いを全て無効化する特別なもの    
 なのよ。しかも、誓約を破った時の呪いも返せるの」
「そんな。だったら黒羽様は幾ら嘘をついても……あっ」
「やっと分かったようね。黒羽は口からでまかせを言っても平    
 気なのよ。だから自分は<鮮血の夜明け>事件の犯人じゃな    
 い、なんて言ったのよ〜」
 驚きのあまり、薫は手にしたままだった大型アンテナを落と    
していた。
 花火の日の夜に聞かされた<告白>が嘘だったという事実が    
あまりにも重過ぎた。
 だったら全部嘘なの? 藤間の家と協力したいという申し出    
も全部……。
「この程度で落ち込むなんて、余程信じてたのね。黒羽って人    
 を騙すのは本当に上手いんだから。私も信じてたから大きな    
 ことは言えないけど」
「なぜ、沙耶様は気づいたのです?」
「<鮮血の夜明け>事件の犯人が気になったからよ。下等な吸    
 血鬼とは思えなかったし、セブンシスターズの誰かにしては    
 変だったし……。そうしたら黒羽だったんだから」
 言い切って沙耶は大きく溜息をついてみせた。自分より格上    
の吸血鬼の愚行に、心底困っているように見えた。
「なんでそんな事件を起こしたかは分からないわ。ただ、これ    
 だけは言える。薫、貴方は騙されていると」
「……。そうみたいですね……」
「他人事ね〜。もう少し刺激を与えた方がいいかしら?」
 少女吸血鬼の言葉にわずかな変化を感じ取るのと同時に。
 巨大化した薫は沙耶に組みつかれていた。慌てて振りほどこ    
うとしたものの敵わず、まだ壊していなかった大通りの真上に    
投げ飛ばされてしまった。私服の真下で次々に車などが破壊さ    
れていき、一部が爆発炎上する。伸ばした手は通りに面した建    
物の正面を破壊し、窓ガラスを撒き散らす。
 それでも沙耶は、近くの建物の屋上から看板を引き抜くと、    
薫に叩きつけてきた。とっさに腕で庇ったが、その時には間合    
いを詰められていた。
「さっきはよくもやってくれたわね〜」
 冗談めかしの口調だったが、反撃自体は苛烈だった。容赦無    
い蹴りを入れて薫の巨体を転がしたからだった。あまりの痛み    
に薫の意識が遠くなり、思考がぼやける。反撃したかったが、    
体がまともに動かない。
「気を抜いたら駄目って黒羽にも言われたんじゃないの? そ    
 んな事だからあの卑怯者に負けてしまうのよ」
 口元には笑みを浮かべていたが、沙耶の瞳には冷たい光しか    
存在しなかった。
「私は卑怯者が嫌い。だから黒羽も好きじゃないの。格上だか    
 らって威張ってばかりで嫌になるったら……。えいっ!」
 薫が意識を取り戻していないことを確かめて、沙耶は一段と    
攻撃を続けた。力任せにその巨体を起こすと、目についた鉄道    
の高架線の真上に投げ落としたからだった。半ばものと化して    
薫は高架線を破壊し、電車すらも潰してしまう。
「私は決めたわ。この一件を利用して黒羽を倒すと。その為に    
 は薫、貴方の力が必要なの」
 体の下で高架線や電車を潰しながら倒れる巨大少女に、沙耶    
は話しかける。
「もし力を貸してくれたら間違いないく黒羽は殺せるはずよ。    
 そうすれば、貴方の妹さんだって助けられる。悪い話じゃな    
 いでしょう?」
 ……。何を話しているの? 沙耶様? もしかして、わたし    
に協力を求めてるの?
「黒羽を殺し、妹さんを助ければ貴方も家に戻れるわね。その    
 後に私と協力関係を結ぶというのはどう? 下等な吸血鬼に    
 は私も困らされているんだから」
 響さえ助けらればわたしはどうなってもいい……。どうせ家    
に戻ったって何もできないんだから。せめて響だけでも助けな    
いと……。
「どうかしら? 元吸血鬼ハンターの薫さん。考える価値はあ    
 ると思うんだけど?」
 ようやく意識が戻ってきて、薫はゆっくりと体を起こした。    
体の下で高架線などを破壊していることに気づいて、一瞬だけ    
驚いたが、すぐに笑みを浮かべる。
 やはり破壊活動自体は気持ちよかった。
 箱庭の中なら何をしても平気。ここなら誰にも邪魔をされな    
いから。それに、壊してしまうのも楽しいし。
 自分でも、なぜこんなに破壊活動を楽しむのかよく分からな    
かった。ただ、抑えていた感情が全て発露できて気持ちがすっ    
きりするのも事実だった。
「破壊活動を続けるのもいいけど、答えを聞かせて欲しいわ。    
 私はちょっとだけせっかちだから〜」
 瓦礫を踏みつけ、道路上の車を破壊しながら沙耶が近づいて    
くる。半分が破壊された電車を無造作に持ち上げた薫の肩に手    
をかける。
「もう答えは出てるんじゃないの? 貴方にとって最善の道は    
 一つだけのはずだから」
「……。だったらお答えします」
 一瞬目を細めるのと同時に。
 薫は手にしたままだった電車を沙耶に思い切り叩きつけた。    

 痛みは大したことがなかったはずだったが、予想外の行動に    
戸惑ったのだろう。沙耶は大きく後退し、足で背後の建物を破    
壊する。
「何をするの!」
「わたしは簡単に黒羽様を裏切ったりしません。そもそも黒羽    
 様が<鮮血の夜明け>事件の犯人だなんてどうしても納得で    
 きません」
「愚かね〜。黒羽ぐらいよ。あんなことをするのは。強いくせ    
 に見栄っ張りで、虚栄心の塊。だからあんな事件を起こして    
 しまったのよ」
「それが動機ですか? 弱過ぎます」
「動機なんて後で考えるものよ。それは人間も吸血鬼も同じ」    
「沙耶様は黒羽様を犯人に仕立てたいんじゃないんですか?」    
 感情だけで口にして、薫はようやく自分の言いたかったこと    
に気づいた。
 前の従者だった七瀬も警告していた。沙耶の魔眼には気をつ    
けろと。そして、自殺した当日、七瀬が会っていたのは沙耶の    
従者である玲だった……。
「言うと思ったわ〜。だからルビーのブローチの話をしたのに    
 信じなのいね」
「黒羽様は嘘をつくような御方ではありません」
 少しずつ、黒羽への思いが形を成していく。
 最初はどうしても信じられなかった。
 しかし、身近に仕え接していく内に、主人の本当の姿が分か    
ってきた。誇り高き吸血鬼の令嬢。強がりをよく言う寂しがり    
屋の少女。誰かが側にいなければならない存在。
「あの方が事件を起こすなんてやっぱり考えられません。説明    
 がつかないことが多過ぎます」
「……。やっぱり、そうなるのね」
「沙耶様?」
「私の話はこれで終わり。こんな街、めちゃめちゃにして遊ぶ    
 んだから〜」
 周囲にまとっていた府の空気が消えるのと同時に、沙耶は無    
邪気な笑顔を浮かべて周囲の建物へと襲いかかっていった。サ    
マードレスに身を包んだ、亜麻色の髪の令嬢がはしゃぐのに合    
わせて、中心街は次第に瓦礫が増えていく。
「沙耶様、何が言いたかったのですか?」
「別に〜。ちょっとした警告よ。貴方は反逆を夢見ながら仕え    
 ていたはずなのにただの腑抜けになってるから」
「腑抜け……。そんなことはありません」
「その反論が腑抜けの証拠よ。自分のことなんか、自分には絶    
 対分からないんだから」
 穏やかな口調だったが、沙耶の言葉には毒が含まれていた。    
闇のように黒いそれは、少しずつ薫の心に染み込んでいく。
「ま、それはとにかく。貴方も壊さないの? この程度の街、    
 貴方一人でも壊滅できるんじゃないの?」
「話をそらさないでください。黒羽様をいつか仕留めるのはわ    
 たしです」
「出来そうにないわね。だから力を貸してあげるのに」
 沙耶の手によって、大方の商業ビルが無残に破壊された。そ    
れでも巨大化した少女吸血鬼はパンプスに包まれた足を踏み入    
れて蹴り飛ばす。
 気がつくと、薫と沙耶の周囲には瓦礫しか存在しておらず、    
一部では火災すらも発生して黒煙を吹き上げていた。
「とにかく、覚えておいて。私の言う通りにすれば決して悪い    
 ようにはしないわ。でも、逆らった時には……」
 沙耶の瞳に紅い光が浮かんだ。万物を呪う凶悪な光。
「何が起きても後悔しないことね。私はほとんどの人間を自在    
 に操ることができるのだから。ちなみに貴方の妹さんの入院    
 先も知ってるんだから……」
「響には手を出さないで!」
 突然、薫の感情が爆発した。後先考えずに沙耶にタックルし    
て、破壊した建物の上に押し倒す。
「乱暴ね〜」
「響に手を出したら絶対に許さない。貴方と刺し違えてでも狩    
 ってみせる!」
「こんな時に限って吸血鬼ハンターとしての本能を思い出すん    
 だから厄介ね。黒羽に向ければいいじゃない」
「たわ言はそこまで!」
 すっかり心が熱くなっていた薫は容赦しなかった。手近に半    
壊したビルを見つけると、片手で掴みあげて沙耶に叩きつけた    
からだった。さすがの少女吸血鬼も腕で防戦したが、無防備な    
腰などに蹴りを食らって思わず転がる。
「貴方とは解り合えると思ったのに〜」
「馬鹿なことを言わないで下さい。さあ、立って下さい。戦い    
 はまだ始まったばかりです」
 瓦礫をスニーカーで踏みつけながら、薫は身構えた。沙耶も    
また細かい瓦礫などを落としながら立ち上がり、悠然と髪を整    
える。街の中心部は壊滅したが、まだ無傷の地区はかなり残さ    
れていた。
「本気でいくわよ。黒羽の従者のくせに抵抗したことを後悔さ    
 せてあげるから」
「その言葉、そっくり返させてもらいます」
 このやり取りを合図にして、箱庭世界の中での戦いは再び始    
まった。お互い、戦っては破壊活動を繰り広げたが、特に言葉    
が交わされることはなかった。