第5話―() 雄大な破壊遊び
                                
 吸血鬼ハンターとしての衣装に身を包んで飛び込んだ先は、    
見知らぬ大きな街だった。
 自分が生まれ育った鶴野市よりも大きく、目を転じると港や    
工業地帯も見えたが、身長五十メートル近くまで巨大化した薫    
は心が熱くなるのを感じた。
 ここは現実の世界ではなく、黒羽が<箱庭>の中に作り上げ    
た架空の世界。幾ら破壊し、爆発させてもまったく平気な遊び    
場だった。
 楽しいことになりそうね。今回はただの遊びだから何も気に    
することはないし……。
「すっご〜い! ここみーんめちゃめちゃにしていいんだ!」    
 背後から、興奮を抑えきれない幼い声が耳に届いた。苦笑し    
ながら振り向いてみると、異郷の吸血鬼・ロッテの妹であるリ    
オンが大はしゃぎしていた。大通りの交わる交差点の上に立ち    
パンプスで車を何台も踏み潰していた。
「リオン様は箱庭の中で遊ぶのは初めてでしたか?」
 幼いとはいえ、力も格もはるかに上の少女吸血鬼に、薫は丁    
寧な口調で尋ねた。
「スノウが作った箱庭の中で遊んだことはあるけど、黒羽の箱    
 庭の中で遊ぶのは初めて!」
「お姉様の作った箱庭って少しだけ小さいんだよね〜。魔力に    
 限界があるって言ってたから仕方ないけど」
 話に加わってきたのは<白塔館のもう一人の妹>であるアリ    
シアだった。<万能の魔女>スノウの妹で彼女もまた魔法使い    
だった。
「話は聞きましたけど、本当にスノウ様は箱庭を作り上げたん    
 ですか?」
「もちろん。お姉様に不可能な魔法はないんだから。……少し    
 失敗してお屋敷の一部を吹きた飛ばしたけどね」
「何か大きな事故があったとは聞いてますけど、大したことは    
 なかったんですか?」
「屋敷への被害は大きかったのですけれど、人的被害は小さか    
 ったからです」
 わずかな気配を感じるのと同時に。ふわりと銀色のマントを    
翻してユラが降り立った。<守護者>であるこの少女剣士も主    
人であるロッテの命令に従って、箱庭の中に来たのだった。
「一番酷かったのはユラだったもんね。お姉様の魔法を正面か    
 ら受け止めてしまったもんね」
「……。本当に何があったんですか? 詳しいことは聞いてい    
 なくて」
「後でお話します。まずは……楽しみましょう」
「真面目そのものなユラがそんな事を言うなんて珍しい〜」
「ロッテ様と黒羽様から好き勝手に遊んでいいと言われていま    
 すから」
 リオンの突っ込みに、ユラは心なしか頬を染めて答える。い    
つもあまり表情を崩さない少女剣士が見せた珍しい表情に薫が    
少しびっくりしていると、何かが派手に破壊される音が耳に届    
いた。
 我慢できなくなったのか、リオンが自分の目の前にあった商    
業ビルを手だけで壊してしまったのだった。
「リオン様、まだ合図していません」
「いーじゃない。どうせ壊して遊んでいいんだから! アリシ    
 アの遊ぼ!」
「もちろん♪ 負けたりしないんだから!」
 お目付け役のユラが言葉を探している間もなかった。リオン    
とアリシア、ふたりの妹は競い合うように周囲の建物を壊し始    
めてしまったからだった。
 一見すると小学校高学年ぐらいにしか見えない小柄で可憐な    
女の子たちが巨大化して破壊の限りを尽くす光景は、まるで夢    
のようにしか見えなかった。
「勝手に初めてしまいましたね」
 ユラを気遣うように、薫は口を開いた。
「構いません。ここは黒羽様の作られた箱庭の内部です。例え    
 お二人が全力で暴れても何の被害も出ません」
「無茶して怪我をする心配もありませんからね。でもなんでユ    
 ラさんも来たんですか?」
「……。お目付け役ということになってますけど、私も遊んで    
 みたかったからです。変ですか?」
「そんなことはないと思います。わたしだってここで訓練と称    
 して遊んでますからね。なんなら、わたしと手合わせします    
 か? 一応練習用の木刀も持ってきましたから」
「後でお願いします。……それにしても、凄い破壊ぶりです」    
 ユラの言葉に、薫は目を二人の巨大少女たちの方に転じた。    
 巨大化した少女たちの背丈にも並ぶような建物が多数あった    
はずだったが、いつの間にかほとんどが倒壊したり破壊された    
りして原型を失っていた。地面は瓦礫だらけになり、そこを二    
人の巨大少女が好き勝手に蹂躙してさらに被害を広げていた。    
「せーの! えいっ!」
 壊したビルの一部を簡単に持ち上げたリオンが、さらに別の    
建物に叩きつける。その一撃だけで大型のビルは簡単に破壊さ    
れ、埃が舞い上がる。それでも巨大化した少女吸血鬼は笑いな    
がらその瓦礫を踏み潰し、周囲の建物を手だけで次々に壊して    
いく。
「うわー脆ーい! お菓子の家みたい」
「ほんとほんと。全部簡単に壊れちゃうよね〜」
 近くでは小さな魔法使いことアリシアが瓦礫の上にちょこん    
と座り込んで、電車を壊していた。余程気に入ったのか、周囲    
にはひしゃげた車両などが散らばり、一部はスカートの下で潰    
れている始末だった。
「こんなに弱くて大丈夫なのかな?」
「でもいいじゃない。幾らでもめちゃめちゃに出来るし」
「それもそうね♪」
 その無邪気さ故に、ふたりの少女たちの破壊はとどまる事を    
知らないようだった。
 大通りは無邪気に転がったリオンの可愛い洋服の下で全て潰    
れてしまい、通りに面した建物もガラスなどが砕かれて無残な    
姿を晒す。
 商店街はアーケードを引き抜いたアリシアがそれを武器に壊    
滅させられ、瓦礫はパンプスとソックスに包まれた足で踏み潰    
される。
 可燃性のガスが詰まったガスタンクに至ってはボールの代わ    
りにされて一発で爆発し、周囲の火の海に変える。それでも、    
リオンとアリシアは平然と炎と黒煙をかき分けて破壊行為を続    
けている始末だった。
「見ているだけでも興奮してきますね。こんなことを言っても    
 いいのか分かりませんけれど」
 胸元に手を当てて、ユラがぽつりと本音を漏らす。
「気にしたら駄目です。みんな破壊衝動を持ってるんです。わ    
 たしだってここに来たら幾らでも暴れます」
「でも貴方は黒羽様との対決で負けたと聞いています。確か、    
 箱庭の中に引きずり込まれたとか」
「ええ。自分の実力が足りなかったんです。それだけの話しで    
 す。今はもう黒羽様の従者ですから」
「……。無理をしなくてもいいんです。貴方のことはロッテ様    
 から色々聞いています」
「……。気を遣わせてごめん」
 真面目そのものな少女剣士の言葉に、薫は思わず謝った。
 ユラのオッドアイに見つめられると、心の奥まで見透かされ    
るような気がしてならなかった。
「それより、わたしと手合わせしませんか? もちろん、この    
 街を徹底的に壊しながらですけどね」
「望むところです。貴方とはもっと仲良くなりたいです」
「わたしも!」
 後は言葉にならなかった。薫が訓練用の木刀をユラに渡すと    
そのまま少女剣士は少し離れた場所に足場を作って構えたから    
だった。それを見て薫も自分の木刀を構える。
「あ、ユラたちが戦うんだ。面白そう」
「どっちが強いかな?」
 破壊活動を楽しんでいたリオンとアリシアの声が耳に入って    
きたが、薫は既に神経を目の前のユラに集中させていた。かつ    
て異郷で手合わせした時はどうにも勝てなかったので、今回は    
一矢報いたかった。
「ユラも薫も頑張れ〜!」
 リオンが無邪気そのものの声で叫んだ時だった。
 わずかに風を残して、ユラが動いた。

 仕掛け自体は、単純なものだった。剣を構えた状態で、正面    
から突進してきたからだった。足元の道路は簡単に陥没し、車    
は全て蹴散らされてたが、薫を慌てさせたのはその<疾さ>だ    
った。
 とっさに受け止めたものの、ほんの一瞬でも遅れたら敗北は    
間違いない程だった。
 ユラってこんなに疾かった? この前はこんなものじゃなか    
った……。
 考えている間もなく、第二撃が振り下ろされてきて、薫は後    
退しながら受け止めた。車を踏み潰すたびに不思議な感覚がし    
て、次第に気分が高揚してくる。
 今いる街は架空の街。壊してしまう為だけに存在する街。め    
ちゃめちゃにしてやるから!
 裂帛の気合を込めて、薫は木刀を押し返した。驚いた様子を    
見せるユラに対して反撃しようとしたが、まだ壊していない住    
宅地を盛大に壊しながらかわされてしまう。
「この前とは違いますね。この前はどこか気持ちが入っていま    
 せんでしたから」
 油断なく構えながら、ユラがつぶやく。
「この前はちょっと戸惑ってただけ。箱庭の中なら……黒羽様    
 以外には負けません!」
 ブーツで住宅を壊しながら、薫は踏み込んだ。ユラもまた足    
元で建物を壊しながら回避したので、ふたりの巨大少女が戦う    
一帯は次第に瓦礫だらけになっていく。
「邪魔!」
 避けた先にあったマンションを、銀髪の少女剣士は足だけで    
破壊した。大型の建物もその一撃だけで崩壊し、別のマンショ    
ンを巻き込んで盛大に埃を巻き上げる。その隙に薫は横からの    
一撃を食らわせようとしたが、正確に受けられてしまう。
「甘いです!」
 一瞬驚いたのが命取りとなった。いきなり、ショルダータッ    
クルを食らって完全にバランスを崩してしまったからだった。    
何とか建物などを破壊して踏みとどまろうとしたものの、近く    
にあった高圧電線を巻き込みながら倒れる。電線が断ち切られ    
て派手な火花が散り、ユラは驚いたような様子をみせる。
「わー凄い! 花火みたい!」
「確か電気ってものが流れてるってお姉様が言ってたわね。色    
 々な物を動かす魔力みたいなものだって」
 破壊活動を忘れて見学に徹するリオンとアリシアの声が薫の    
耳にも届く。無様な姿を見せてしまったことが恥ずかしかった    
が、これ以上の反撃は防がなくてはならなかった。
 高圧電線……いい手があるじゃない!
 異郷の少女剣士相手ならば通じる手があることを思いついて    
薫はすぐに体を起こした。綺麗なコスチュームから盛大に瓦礫    
を落としながら、電線が断ち切られた高圧電線塔に両手をかけ    
て持ち上げる。
「巨大化してれば何でも武器になるの! これで相手してあげ    
 る!」
 木刀を捨て、電線等を構えた薫に、ユラは明らかに怯えてい    
た。見知らぬものへの恐怖を逆手に取って、巨大少女は反撃に    
出る。構えが甘い相手に対して、思い切り電線塔を叩きつける    
と、お返しとばかりにキックを放つ。それ程鋭い一撃ではなか    
ったがユラは大きくバランスを崩して後退し、立ち並ぶマンシ    
ョンを派手に巻き込みながら座り込んでしまう。
「まだまだっ!」
 それを見て薫はさらに攻め続けた。既に原型を失っている電    
線塔をさらに何度も叩きつけたからだった。痛みは大したこと    
がないとはいえ、精神的なダメージは大きかったのか、ユラは    
恥も外見もなく全身で転がって攻撃を避ける。巨体の下でさら    
に建物がまとめて破壊されていったが、薫はその光景に気持ち    
が高ぶるのを感じる。
 やっぱり楽しいわね〜。自分で壊すのもいいけど、意志に反    
して壊してしまっている様子を見るのもなかなか♪
「派手にやってしまったわね。逃げ回りながら壊してしまうな    
 んて」
「……仕方ありません。これしか方法は無かったんです」
 瓦礫を落としながら、ユラが体を起こした。銀色の髪をかき    
あげ、特徴あふれるオッドアイで睨み返す。普通の人間ならば    
それだけでも怯えかねない程だったが、元とはいえ吸血鬼ハン    
ターの薫にはあまり通じなかった。
「でも楽しかったでしょう? ここら辺みんな貴方が壊してし    
 まったんだから」
「……。まだまだ始まったばかりです!」
 木刀を構え直して、ユラが反撃に転じた。銀色の疾風を思わ    
せる攻撃を薫はとっさに受け止めようとしたが、手にしている    
のが木刀ではないことを思い出して慌てる。
「隙ありっ!」
 少女剣士の声が耳に届くのと、右腕に痛烈な痛みが走るのが    
同時だった。木刀で打ち込まれたと思った時には電線塔は手か    
ら離れ、両肩にユラの手がかかる。
 次の瞬間。薫は無様に投げ飛ばされていた。ろくに受け身も    
取れないまま建物を破壊しながら転がった挙句、鉄道の高架線    
と電車を巻き込んでようやく止まる。
 これじゃ黒羽様と初めて戦った時と同じ……。木刀を取り戻    
さないと……。
 自分の迂闊さを呪うよりも早く、仰向けになった巨体にマン    
ションの一部や住宅がまとめて投げつけられる。ユラも破壊を    
まったく躊躇う気が無くなったのだろう。巨大化していること    
をいいことに、とんでもない物を武器にしていた。
 でもこのままじゃ戦えない。こうなったら……。
 伸ばした手が電車の編成を鷲掴みにした。握力だけで簡単に    
潰れたが、構わずに握りしめたまま体を起こす。スカートから    
伸びる太ももは高架線や大通りを破壊していたが、その感覚を    
楽しむ間もなくユラの声が降りそそぐ。
「武器もなしに戦うなんて愚か過ぎます。だから甘いと黒羽様    
 にも言われるんです」
「話を聞いたの?」
「はい。ですから手合わせしたかったのです。貴方は黒羽様を    
 守る力となるべき方なのです」
「そんな事を言われても……! 無理なものは無理!」
 感情的な反発が、そのまま反撃へとつながった。片手だけで    
電車の編成をユラの足に叩きつけて怯ませると、その隙に低い    
姿勢でタックルを仕掛けたからだった。ふわりとユラの銀色の    
マントが翻り、ふたりの巨大少女はもつれ合うように転がる。    
また多くの建物が巻き込まれ、ユラは背中でマンションを壊し    
てしまっていたが、薫はすかさず馬乗りになる。
「わたしは元々黒羽様を殺そうとした吸血鬼ハンター。従者な    
 んかになれるわけない!」
「……そう思い込んでるだけではありませんか。私には、そう    
 見えます」
「そんなはず……」
「力を抜いたら駄目です!」
 警告と逆襲が同時だった。鍛え抜かれた全身のバネを利用し    
て、ユラは薫を突き飛ばしたからだった。
「実力のある吸血鬼がロッテ様や黒羽様のような方ばかりとは    
 限りません。油断は禁物です」
「誰のこと……?」
「答えを知ってるはずだとロッテ様は言われていました!」
 体を起こしただけの薫に、ユラが再び木刀を振り下ろしてき    
た。慌てて回避しながらも、薫は答えを見つけられないでいる    
自分に苛立ちを覚えているのだった。