第4話―(5)破壊の宴再び
                                
 翌日。
 薫は久しぶりに黒羽の用意した箱庭の内部へと飛び込んだ。    
 いつものように三十倍サイズに巨大化し、まるでミニチュア    
のような街……生まれ育った街でもある鶴野市を眺める。
「こうやって見るとよく出来てるわね。模型じゃなくて本物を    
 <転写>してるから当然かもしれないけど」
 スニーカーで大通りを陥没させながら、薫は妙なところに感    
心していた。
 でも、今からここは戦場になるのね。そして、わたしはこの    
姿のままで黒羽様と戦って街を壊滅させる……。
 そんなことを考えながら、自分の服装を確かめる。飾り気の    
ないシャツにチェック柄の短めのスカート、スタジャンを羽織    
り、ワークキャップをちょこんと被っていた。
 薫にしては珍しい服装だったが、響の好みに合わせたものだ    
った。
 たまにはこんな服装も悪くないわね。でも、やっぱりボーイ    
ッシュな響の方が似合いそう。他のにすれば……。
「珍しい服装を選んだわね」
 わずかに気配を感じたかと思うと、大通りの上の車を踏み潰    
しながら、巨大化した黒羽が箱庭の中に姿を現した。
 いつもの白ブラウスと黒ワンピースというシンプルな姿では    
なく、ロリータとパンクの融合したような派手なコーデでまと    
めていた。現代日本に生きる少女吸血鬼に相応しい服装に、薫    
は思わず息を呑む。
「黒羽様も珍しいですね。いつもは洗練されたコーデでまとめ    
 るのに」
「たまには私だって派手にまとめるわ。このブランド、まるで    
 私の為にあるようなものじゃない」
「確かに……。でも、その姿で戦うんですか?」
「ストリートファイトって言ってたじゃない。だから特別に用    
 意したの。少しはその鈍い頭で察しなさい」
 言葉は辛辣だったが、薫にはただの照れ隠しにしか思えなか    
った。顔には出さなかったが、言い返す。
「わたしのような鈍い頭の者でも黒羽様の従者は務まるという    
 わけですね。安心しました」
「……。馬鹿。それ以上余計なことを言うと血を吸うわよ。あ    
 んたの血の味、忘れたわけじゃないんだから」
「どうか仰せのままに」
 既に血を吸われている少女は怖がったりしなかった。むしろ    
そう言ってもらえるのは従者としても誇り高かった。
「にしても、その格好は意外だったわね。妹さんが好きそうな    
 格好じゃない」
「あえて合わせてみました。……似合いますか?」
「ま、いいんじゃないの。貴方が自分で選んだのなら。それよ    
 りスカートがまくれただけで慌てないでほしいわね」
「大丈夫です。スパッツを履いてますから」
「ならば遠慮なくいかせてもらうわ。舞台は貴方が生まれ育っ    
 たこの街。完全に破壊するまで止めないからそのつもりで」    
「望むところです」
 黒羽が身構えたことに気づいて、薫も戦闘態勢に入った。
 一瞬、時間が止まったかのような沈黙が訪れた時だった。
 箱庭の内部で、巨大化した少女吸血鬼とその従者の戦いが始    
まった。

 最初に仕掛けたのは薫だった。黒羽がわずかに油断している    
のを気配だけで感じ取ると、一気に踏み込んだ。足元の大通り    
にあった車が木の葉のように舞い上がり、道路に叩きつけられ    
てスクラップと化したが、もちろん構ったりしない。
 黒羽の目の前まで来て、薫はいきなり横に向かって飛んだ。    
住宅や低層のビルなどが立ち並ぶ地区を簡単に破壊しながら、    
黒羽の腕を掴む。
 正面からの攻撃だと思い、油断していた少女吸血鬼は意外な    
攻撃に少しだけ慌てる。
「あっ……」
「油断大敵です! 黒羽様!」
 勝ち誇ったように言いながら、腕を掴んだまま黒羽を思い切    
り振り回す。巨大な少女吸血鬼はバランスを取ろうと、大通り    
やその周囲の建物を破壊ながら踏みとどまろうとしたが、すか    
さず薫が右肩でタックルしてきたので、もつれ合うようにして    
倒れこむ。そこにはかなり大型のマンションが建っていたが、    
巨大少女ふたりの体重を受け止めて中央から分断され、崩落し    
てしまった。
 破壊された建物から瓦礫が派手に降りそそぎ、埃が舞い上が    
ったが、それが晴れるよりも早く、薫は黒羽の体を掴んだまま    
転がった。今度は密集する住宅地が少女たちによって破壊され    
ていき、一部がついに炎上を始める。
「もうめちゃくちゃですね。街もその服も」
 瓦礫の上に体を起こし、薫は笑って言い切った。短いチェッ    
クのスカートもまくれていたが、スパッツを履いているのでま    
ったく気にならなかった。
「いきなりこんな事をやるなんて……。お返し!」
 漆黒のロリータ風の衣服に身を包んだ黒羽が反撃に転じたの    
はその時だった。上半身を起こした状態で近くにあった大型ビ    
ルの瓦礫を掴むと、思い切り投げつけてきたからだった。慌て    
て薫は手で避けたが、電線の切れた電柱、半分壊されたトラッ    
ク、そして住宅の一部まで一気に飛んできて一部が命中してし    
まう。
「痛っ……」
「そんなはずないじゃない! ここは箱庭の中なんだから!」    
 ふわりと長い黒髪を翻し、巨大な少女吸血鬼が飛びかかる。    
抱きしめるようにして正面から受け止めた薫だったが、そのま    
ま近くの通りに組み伏せられてしまう。スタジャンやスカート    
の下で車や建物がまとめて潰れているのが分かったが、罪悪感    
を覚えている余裕はなかった。
 薫を抱きしめたまま、黒羽が大きく転がったかと思うと、柔    
道のように投げ飛ばしたからだった。ボーイッシュな普段着に    
包まれた少女の巨体が宙に舞い、やや離れた中心街の交差点に    
背中から落下する。両腕は瀟洒なファッションビルを真っ二つ    
にし、スカートから伸びる足は交差点の車や歩道橋を全て破壊    
したが、薫はすぐに体を起こす。
「ここは……。中心部のあたりね。よく買い物に来たのに」
「そんなところを自分で壊してしまうのはどんな気分?」
 道路を陥没させながら歩いてきた黒羽が笑みを浮かべながら    
たずねる。
「……。罪悪感と興奮が入り混じって……最高です!」
 薫の秘められた破壊衝動に火が点いたのはその時だった。     
 いきなり、スカートにも構わず交差点に面したビルに対して    
キックを浴びせかける。長めのソックスと丈夫なスニーカーが    
凶器となって建物を完全に破壊し、瓦礫が交差点の上に降りそ    
そぐ。それでも薫は立ち上がると、別のビルを思い切り踏み潰    
した上に、蹴飛ばして壊滅させてしまった。
「いい壊し方をするわね。スカートも気にしてないし」
「当然です。こういう姿で暴れても楽しいじゃないですか!」    
 そう言いながら、今度は交差点の上に投げ出された歩道橋を    
鷲掴みにする。期待を込めた目で見つめる黒羽を意識しながら    
近くにあったかなり大きなビルに対して振り下ろす。その一撃    
だけで、建物は中央部から崩れ落ちてしまった。
「この辺りは貴方がよく遊びに来た場所じゃないの?」
 我慢できなくなったのか、ついに自分も破壊活動に加わりな    
がら黒羽が問いかける。
「よく響と来てました。でもどうせ箱庭の中の存在なんです。    
 壊したって構いません。えいっ!」
「初めて戦った時はあんなに怯えてたのに大違いね」
「黒羽様が余計な事を言うからです。この箱庭は外の世界とリ    
 ンクしてるなんて。そんなわけないじゃないですか」
「当然よ。そんな秘術、ロッテの所にいる万能の魔女でも無理    
 だと思うわ」
 平然とビルを破壊し、その瓦礫を踏み潰しながら黒羽は言い    
切った。ロリータとパンクが融合した不思議な雰囲気を持つ衣    
装に身を包んだ巨大少女だけに、破壊の女神が降臨したかのよ    
うな異様な迫力があった。
「ならば黒羽様はどうしてこんな箱庭の術を使えるのです?」    
「別に深い理由はないわ。烏丸家に受け継がれてきた秘術だか    
 らよ。貴方が吸血鬼ハンターとしての能力を受け継いでいる    
 のと同じことよ」
「受け継がれてきた秘術……」
 破壊衝動で満たされていた薫の心に、わずかな疑問が浮かん    
だ。破壊された交差点からさらに新たな獲物を求めて小さな建    
物を蹴散らしながら考える。
 杏梨はご先祖様に似たような能力を持つ人がいたと言ってた    
……しかもその人は行方不明になったはず。まさか……。
「黒羽様。かつて烏丸家に普通の人間がいたことはありません    
 か?」
「ないわね。貴方と同じように血を分けられた人間しかいない    
 わ。その点では今も昔も同じよ」
「人間と吸血鬼は種族が違うってことですね……」
「でも、血を分ければほぼ同類みたいなものね。私の両親は由    
 緒正しい吸血鬼だけど、昔は元人間との間に生まれた者もい    
 たらしいわね」
「子供も生まれるんですか? その子も吸血鬼ですか?」
「当然よ。別にサラブレッドみたいに純血でなければならない    
 ってことはないの。むしろ特殊能力を持つ人間の血を入れて    
 さらに強化を計ったこともあったそうよ」
 破壊の手を休めて、薫は黒羽の言葉を整理した。杏梨の言う    
藤間家の先祖と烏丸家の先祖が結びついたとすれば……。
「詳しいことなら図書室に資料があるわ。古文書も多いから読    
 むのは大変だと思うけど」
「隠したりしないんですね」
「そんなせこい真似をするように見えて? 貴方が藤間家の情    
 報担当と接触したことも知ってるのよ」
「……。杏梨には……」
「今後、藤間の家の人間に手を出したりしない。烏丸黒羽の名    
 にかけて。……こう言えば満足なんでしょう?」
 口元に笑みすら浮かべた主人の言葉に、薫は心の底から安堵    
した。
 非常に誇り高い黒羽は自分の言葉を違えたりしないことをよ    
く知っていたからだった。
「さてと、湿っぽい話は終わり。箱庭の中で遊ぶんでしょう?    
 破壊するなら破壊する。戦うならば戦う。はっきりさせて」    
 その言葉を待っていたかのように、薫は笑いながら破壊活動    
を再開した。
 今は心の底から箱庭内での遊びを楽しみたかった。
 黒羽からの信頼を得る為にも……。