第4話―(4)妹                    
                                
 一瞬、言葉の意味が分からず、薫は目を瞬かせた。何も言え    
ずにいると、杏梨は一人語りのように言葉を続ける。
「確か……小さな箱の中に「世界」を再現する能力だった思う    
 わ。ウチって変わった人間もよくいるけど、その人は特別み    
 たいね。超能力の一種なのかも」
「吸血鬼を狩る能力も超能力の一種って話になってるんじゃな    
 かった?」
「そうだけど、藤間の家に生まれたら多かれ少なかれみんな持    
 ってるじゃない。箱庭の能力はその人しか持ってなかったは    
 ずだし、確か……最後は行方不明になったのよ」
 従姉妹の言葉に、薫は思わず考えこんだ。話を聞いた限りで    
は、黒羽の能力と同じような気がしてならなかった。
「変ね。てっきり黒羽様だけの能力だと思ってたのに」
「気になるなら調べてみる? でも連絡取るのが骨なのよね。    
 あんたは滅多に出歩かないし、吸血鬼に見られてると思うと    
 警戒も必要だし」
「黒羽様はそんなことをしないから大丈夫。従者になった後言    
 われたのよ。藤間の家と連絡を取っても構わないし、自分の    
 ことを話してもいいって」
 一瞬、奇妙な沈黙が生まれた。杏梨が言葉に詰まったからだ    
ったが、やがて確かめるように聞き直す。
「ねえ、それって本当なの? あんたはハンターのくせに変な    
 ところで天然だから」
「本当よ。暴かれて困る秘密は無いって平然としてたぐらいだ    
 から」
「……だったらもっと早く連絡してよ! こっちがどれだけ心    
 配したと思ってるの!?
 ついに我慢が限界に達したのか、杏梨は室外にも響きそうな    
大声で叫んだ。
「響は昏睡したままだし、あんたが任務に失敗して死んだらど    
 うしようって思ってたんだから! もうっ……。ド天然なと    
 こは変わってないんだから……」
「ごめん。でも、これからは気にしないで連絡して。こっちも    
 話したいことは色々あるんだから」
「あーもう。あんたと話してるとペースがずれるわね。でも変    
 なの。黒羽はあの事件の犯人だからもっとハンターを警戒し    
 てると思ったのに」
「あの事件って……<鮮血の夜明け>事件?」
「それ以外にあると思ってるの? 黒羽はあの事件の犯人なの    
 よ。それであんたが狙ったんじゃない」
「そうだけど……」
 ついこの前も似たようなやり取りをしたような気がして、薫    
は思わず俯いた。
 玲や杏梨は黒羽が大量殺人事件の犯人だと言う。
 しかし、寺尾や春奈は明確に否定している。
 黒羽本人は肯定も否定もしない。
 誰が本当のことを言っているのだろうか。
「しっかりしてよ。まさか従者になったんで黒羽の言うことを    
 全部鵜呑みにしてるの?」
「そういうわけじゃないわ。ただ、らしくないのよ。ずっと側    
 にいるけど普通のお嬢様にしか思えないの」
「そう報告して信じてもらえるとは思えないけど……。あ、と    
 にかく知ってることを全部話して。あたしの仕事は判断する    
 ことじゃなくて情報集めなんだから」
 突然、藤間家の偵察担当としての顔に戻って、杏梨は話の続    
きを促した。改めて従姉妹の割り切りのよさを羨ましく思いな    
がらも、薫は今までのことを全て話した。
「……。色々信じられないわね。ま、あんたが言うなら間違い    
 ないと思うけど」
 長い話が終わると、杏梨はツインテールにした髪をいじりな    
がら溜息をついた。
「黒羽が異世界の吸血鬼と同盟しているなんて思わなかった。    
 相手にしたくないわね」
「わたしも響も相手にして……負けたわ」
「あ、ごめん。そういうつもりじゃなかったの。黒羽の実力を    
 侮ってた藤間の家が悪いんだから。薫は一生懸命やったと思    
 うわ。本当に」
 従姉妹の少女が俯いたのを見て、杏梨は慌てて言い訳した。    
「とにかく、機会を探るしかないわね。黒羽はあんたのことを    
 気に入ってるんでしょう? いつか隙が出来るわよ」
「そうだといいんだけど……」
「とにかく、これからはあたしも積極的に接触するから。何で    
 もいいからそっちの事を教えて」
「いいけど……。こっちからも頼んでいい?」
「もちろん。あたしは藤間家の情報担当よ。こう見えても機密    
 情報にだって触れられるんだから」
 足を組みかえて、杏梨は得意そうな表情を浮かべた。
 一見無愛想に見えて、実は義理に厚い性格であることを思い    
返しながら薫は話を切り出す。
「まずはさっき話しの出た箱庭のことについて調べるだけ調べ    
 て。もしかすると黒羽様を倒す手がかりが見つかるかもしれ    
 ないから」
「それもそうね。任せておいて」
「あと……黒羽様に仕えていた七瀬って子について調べて」
「七瀬? ……誰?」
「わたしより前に黒羽様の従者だった子なのよ。でも、昨年の    
 秋……<鮮血の夜明け>事件の後に自殺したの。その子につ    
 いても調べて」
「……。薫の頼みだから調べるけど、意味あるの?」
「ある……と思う」
「なにそのはっきりしない返事は」
「わたしにも分からないのよ。でも、どうしても調べないとい    
 けないような気がして……」
<自分の運命が気になるなら七瀬のことをもっと調べなさい>    
 前に異世界の吸血鬼・ロッテと箱庭の中で戦った時、そう言    
われたことを思い出す。
 黒羽が何も言わない以上、自分で調べるしかなかった。
「うーん……。警察のデータベースにも当たらないと駄目ね。    
 ま、なんとかなるか。それよりその七瀬って子の姓は分から    
 ないの?」
「ごめん、わたしが知ってるのはさっき話したことだけなの。    
 ただ、黒羽様の従者だから何か情報があるかも」
「そっちは期待しないでほしいわね。黒羽がイケメン執事と一    
 緒にいる事も知らなかったんだから」
 杏梨の言葉は溜め息混じりだった。自分の情報収集能力の無    
さに対するものか、吸血鬼がイケメン執事をはべらせている事    
に対するものか、薫には分からなかった。
「ま、とにかくやってみだけやってみるから。そっちも諦めな    
 いで機会を狙って。響の為にもね」
「うん……」
 呪いをかけられて昏睡したままの妹のことを思うと、一段と    
気が重くなった。しかし、黒羽を殺す以外には方法が無いのも    
事実だった。
 わたしに殺せるの? 従者が、主人を……。
 杏梨と別れのあいさつを交わしながら、そんなことを考えて    
いるのだった。

 生保の営業所の看板を掲げたビルを出て、薫は来た道をその    
まま戻った。久しぶりに書店に寄ってみようと思っていたが、    
目の前まで来て気が変わり、新宿駅から山手線に乗る。
 高田馬場で降りて、東口から新たな目的地に向かう。
「……久しぶり。ここに来るのも」
 五階建ての病院の建物が見えてくるのと同時に、薫は思わず    
つぶやいた。
 黒羽との戦いに敗れ、呪いをかけられて昏睡状態に陥ってい    
る妹の響は、藤間の家と繋がりのあるこの病院の特別室に入院    
していた。
 かつては週に二度ぐらいは来ていたのだが、黒羽の屋敷に潜    
入してからは一度も足を運んでいなかった。
 入口で受付を済ませ、エレベーターで特別室のある三階に上    
がる。長い廊下の奥に響の病室はあった。
 誰も来てないわね。もう杏梨から連絡がいってるとは思うけ    
ど……。
 気配だけで特別室に見舞客がいないことを確かめて、そっと    
中に入る。最後に来た時とまったく変わらない景色の中で、妹    
はベッドに横になっていた。
 点滴を受けているのを除けば、ただ単に眠っているようにし    
か見えないのもいつもと同じだった。
「響、久しぶり。ごめん……。来るのが遅くなって」
 呼びかけても答えが返ってこないのは承知の上で、薫は声に    
出して自分の無礼を妹に詫た。
「響も負けた黒羽様に負けて、従者にされてしまったの。こう    
 いう運命だったのかもしれないわね」
 手近な椅子に腰掛けて、響の顔をよく確かめる。少年のよう    
に短かった髪も、だいぶ長くなっていることに気づく。
「わたしは藤間家の直系といっても完全な落ちこぼれ。やるだ    
 けやってみたけど、駄目だった……。今のわたしはほとんど    
 黒羽様のもの」
 こみ上げてくるものを感じて、薫は俯いた。
 黒羽を倒せず、妹を救えなかった自分が惨めだった。
「でも、本当のことを言うと今の生活にはそれなりに満足して    
 るわ。黒羽様はわたしのことを必要としてるし、屋敷の人た    
 ちも優しいし。藤間の家に居た時とは違うの」
 杏梨にも打ち明けなかったが、偽りない本心だった。
 響が吸血鬼ハンターとして活動していた時には響ばかりが注    
目され、薫は影に隠れていることが多かったからだった。
「だから尚更辛い……。響を助けるためには黒羽様を殺さない    
 といけないから。本当に出来るか、わからないけど」
 それ以上は言葉にならなかった。
 今にも泣きだしてしまいそうな気がして、慌てて口をつぐん    
だからだった。
 ……。ごめん、響。久しぶりに来たのに愚痴ばっかり。いつ    
もこうなんだから。お姉ちゃんなのに……。
 心は落ちつかなかったが、薫は椅子を引いて立ち上がった。    
 もう一度、響の顔を確かめるとそのまま病室から出て行く。    
 もっと話したいことはあったが、これ以上いると自分がどう    
すればいいのか分からなくなりそうだった。