第3話―5 ロッテの真意
    
「……」
 自分が置かれている状況に気づいた瞬間、薫は主人の意図を    
疑いながら額を手で押さえた。
 今の薫は三十倍サイズに巨大化して、東京の近郊にあるかな    
り大きな街の中心付近に立っていた。ローファに包まれた足は    
通りを陥没させ、既に数台の車を巻き込んでいた。
 だが、問題はそこではなかった。
「なんで……。なんでよりによってこの服装なのよ。いつもな    
 ら吸血ハンターの時のコスチュームなのに」
 巨大化した少女が身を包んでいたのは、かつて通っていた私    
立高校の長袖セーラー服とクリーム色の長袖のカーディガンだ    
った。
 古風ながらも可愛いこの制服はお気に入りだったのだが、箱    
庭世界の中で戦うにはあまりに相応しくない姿だった。
 この姿でどうしろっていうのよ。……確かに一度だけ、時間    
が無くて制服姿で出撃したことがあるけど、その時はただの     
後詰だったし。
<気に入ってもらえたかしら? その服装。ま、気に入って当    
 然よね。好きな制服なんだから>
 突然、箱庭世界の中に主人の黒羽の声が降り注いで、薫はか    
なり驚いた。
<なにびっくりしてるのよ。ここは私が創り出した空間なんだ    
 から声ぐらいかけられるわ。ま、それはとにかく。今回はそ    
 の姿で戦ってもらうわよ。武器はないから己の身体だけが頼    
 りよ。ま、頑張って>
「そんな……。武器もないのにどうしろって言うんです。それ    
 以前に対戦相手は誰なんです? いきなり箱を取り出して有    
 無を言わさずに放り込んだりして……」
<まったく。貴方は本当に吸血鬼ハンターだったの? いきな    
 り武器も持たずに戦いに突入したことがないの?>
「妹の響なら何度かあったようでけど、わたしは……ありませ    
 ん。その程度のハンターでしたから」
 黒羽が溜息をついたのが気配だけで感じられた。神のような    
立場で呆れられても、薫は気まずいだけだった。
<ま、いいわ。訓練のようなものだと思えばいいわ。どんな状    
 況でも戦えるようにしないと私の従者は務まらないわよ>
「黒羽様は十分に強いです」
<余計なことはいわないの。私はとにかく、貴方がその制服姿    
 で戦うのが見てみたいの。いつものように派手に大暴れしな    
 さい。いいわね>
 ようやく主人の<本音>が出たと気づいた時には、空からの    
声は途切れていた。相変わらずのわがままぶりに、薫は小さく    
肩を落とす。
 これじゃただの見世物じゃない。どうせロッテ様やリオン様    
に見せびらかしたいだけなんだから。もう……。
 改めて今回の戦いの舞台となる街を見下ろし、自分の姿を確    
かめ直す。制服姿で戦うことに対する違和感は消えなかったが    
そんなに悪くないような気がしてきた。
 黒羽様の言うことももっともね。いつもあの衣装を着て戦え    
るわけじゃないんだから。それに、この服装で大暴れするのも    
なんか楽しそう……。
「ふーん。ここが箱庭の中なのね。とても架空の世界とは思え    
 ないわね」
 今度はロッテの声が耳に届いた。てっきり、外にいる黒羽の    
隣にいると思い空を見上げた薫だったが、声の方向が違うこと    
に気づく。
「こっちよ、こっち」
 背後から聞こえたことに違和感を覚えながら振り向く。少し    
離れた大きな交差点を足場にして、白い吸血鬼は腕組みして立    
っていた。もちろん、三十倍サイズに巨大化して……。
「えっ……。ロッテ様? まさか……」
「貴方の相手は不肖ミアキス・ロッテが務めさせてもらうわ。    
 適当に手加減してあげるから全力でかかってきて」
「えーっ!?
 てっきりナターシャあたりが相手すると思っていたこともあ    
り、従者の少女は頓狂な大声を出してしまった。黒羽よりは多    
少弱いとはいえ、ロッテも実力派の吸血鬼である。勝負になら    
ないのは目に見えていた。
「それとも、私じゃ相手に不足かしら? リオンと戦いたいな    
 ら交代してもいいわよ。箱庭の中で遊びたがってたから」
「け、結構です……。でも普通はナターシャでは……?」
「ナターシャは忠実で有能だけど戦闘には向いてないわ。それ    
 に私もこの世界で大暴れしてみたかったの」
 自陣に満ちた笑みを浮かべて言い切ると、軽く構える。途端    
に魔力が半ば形を成して薫の肌に突き刺さる。戯れ程度でも恐    
ろしいほどの力だった。
「さあ、かかってきて。黒羽の従者は弱いと務まらないわよ」    
「はい……。武器はないんですね?」
「私も素手で相手するから安心して。実戦訓練のようなものだ    
 から」
 黒羽の紅い瞳は真剣そのものだった。親友の従者と戦おうと    
するその意図は掴めなかったが、拒むことはできなかった。
「……。だったら、本気でいきます。覚悟!」
 吸血鬼ハンターとしての心を蘇らせながら、薫は自分から仕    
掛けていった。まずは一気に間合いを詰めると、ロッテの胸ぐ    
らを掴み投げ飛ばそうとする。得意ではないとはいえ、一応格    
闘技も学んでいたからだが……。
「まるでなってないわね」
 呆れたようなロッテの声が聞こえた瞬間、相手に向かって伸    
ばしていた右腕の手首に激痛が走った。何が起きたのか分から    
ず棒立ちになったところを無造作に投げ飛ばされる。
 その瞬間、架空の都市に最初の大破壊が起こった。制服姿の    
まま巨大化した少女がその全身で立ち並ぶ建物を破壊したから    
だった。スカートから伸びる足が大通りの車をまとめてなぎ払    
い、派手に爆発炎上させる。
「まさか正面から向かってくるなんて思わなかった。そんな事    
 でよく黒羽に挑む気になったわね」
 薫は何も言わなかった。正確には、何も言えなかった。あま    
りに無様な姿をさらけ出してしまったことに衝撃を受けていた    
からだった。
「それにしても、その可愛らしい姿で派手に壊すわね。もっと    
 苛めたくなるわ」
<ロッテ、私の従者をあまり苛めないでもらえる?>
「悪いわね。さっきも言ったけど、箱庭の中では好き放題やら    
 せてもらうわ。どうも貴方の従者は鍛え方が足りないようだ    
 から」
<薫が悪いのよ。ちゃんと鍛錬しないから>
「従者の不始末は主人の不始末でもあるのよ」
 口ではそう言いながら、ロッテは悠然と瓦礫を踏み潰しなが    
ら薫の体を無理やり起こした。意識が完全に戻っていないのを    
確かめるとそのまま近くのビルに叩きつける。今度は正面から    
大型の建物を抱きしめるようにして、巨大化した制服少女は倒    
れてしまった。
「まったく、弱すぎるわね。手応えがないったら……」
 少しばかりロッテは呆れていた。巨大化した状態なら意外と    
粘り強いと聞いていただけに、拍子抜けしていた。
 その言葉に合わせて、周囲の瓦礫などを盛大に落としながら    
薫が身体を起こした。洒落た制服はすでに埃やら瓦礫にまみれ    
ていたが、リボンについた何かの破片を無造作に払いのけ、ロ    
ッテを睨みつける。今までとは別人のような表情だった。
「……そんな顔もできるのね」
「わたしは黒羽様にお仕えする従者であり巨大少女剣士(グラ    
ディアトル) 。簡単には負けたりしません」
「やっと本気になったわね」
 血が騒ぎだすのを感じながら、ロッテは微笑した。これなら    
ば相手に不足は……。
 いきなり、薫が大きく手を横に振ったかと思うと、ロッテの    
白いワンピースに壊されたビルの一部が命中した。巨大化して    
いれば何でも武器にできる。黒羽の言葉を思い出した時には、    
巨大化した薫は新たな武器を手に入れていた。
「そんなものまで武器にするの?」
「もちろんです。ロッテ様も好きにしてもいいんですよ。そう    
 でなければ……負けてしまいますから!」
 そう言い切るなり、自分の背丈の半分はありそうな高圧電線    
塔を両手で抱えた薫が地面を蹴った。足元に散らばる車をさら    
に蹴散らし、アスファルトを陥没させながらロッテに襲いかか    
る。あまりの迫力に、白い吸血鬼は腕で受けるしかなかった。    
「えげつないことをするわね」
「こういう攻撃は派手でポイントが高いんです。芸術点狙いの    
 ようなものです」
「もうすっかり戦い方を掴んでるようね」
「はい。週に一度は箱庭の中で巨大化して大暴れしてますから    
 当然です!」
 巨大化した吸血鬼に高圧電線塔を押しつけたまま、薫は制服    
のスカートを翻してキックを浴びせかけた。予想していなかっ    
たロッテはたまらず転がり、ついに駅の一部を破壊する。壊さ    
れた高圧電線塔の鉄骨が白いワンピースの上に散らばり、鮮や    
かな模様を描く。
 それでも薫は攻撃の手を止めなかった。巨大化した少女吸血    
鬼が駅の建物を壊して座り込んでいるのを見ると、すかさずス    
カートから伸びる両足を掴む。
「あっ……! ちょっと待ちなさい! 何をする気!」
「油断大敵です、ロッテ様!」
 その時の薫は、相手が実力派の吸血鬼であることをすっかり    
忘れていた。本能的な破壊衝動に突き動かされるまま、ロッテ    
の両足を持ち上げて転がす。白い巨大なワンピースの下で駅の    
建物やホーム、そして電車がめちゃめちゃに破壊されていく。    
ピンで留めていた帽子も脱げて、黒茶色の長い髪が生き物のよ    
うに大きく広がる。
「ロッテ様は……ドロワだったんですね。ちょっと意外」
「ば、馬鹿! 何見てるのよ! 本気で怒るわよ!」
<薫、はしたない真似は止めなさい!>
「黒羽様だって下着丸見えだったじゃないですか」
<あ、あれは……。わざと油断したのよ! 忘れたとは言わせ    
 ないわ!>
「あの瞬間だけは本当に油断したように見えましたけど?」
<馬鹿っ!>
 ふたりの少女吸血鬼に罵られても、制服姿の少女は平然とし    
ていた。巨大化して戦っている内に、いつもの快感が全身を満    
たして気持ちが高揚していたからだった。
 やっぱり楽しいわね。こうやって怪獣のように街を壊しなが    
ら戦うのは。してはいけないことを派手にやってしまうこの快    
感は癖になりそう……。
 駅を半壊させて、ようやく薫は手を離した。精神的に深いダ    
メージを受けたロッテは恥ずかしそうにその場から離れ、無傷    
の地区を巻き込みながら立ち上がる。
「こうなったら本気でいくわ! 覚悟して!」
「返り討ちにしてあげます!」
 高らかに宣言して、薫はすっかり汚れた制服を翻しながら攻    
撃を仕掛けた。
 箱庭の内部を舞台とした戦いは、まだまだ終わりそうになか    
った。

 再び、巨大化した薫のすぐそばで盛大な爆発が発生した。熱    
くはなかったが、気がつくと周囲はもはや火の海だった。
「酷いことをするわね。可燃物だらけの場所で戦うなんて」
 構えを崩さないまま、ロッテが不敵に笑って言った。その本    
人はブーツで大型の工場を踏み潰し、瓦礫に変えていた。
「ロッテ様が引き込んだんじゃないんですか。ガスタンク基地    
 とかのある場所で戦えば自然とこうなります」
 薫はガスタンク基地を壊滅させてその中央に立っていた。す    
でにすべてのタンクが破壊されて炎上し、周囲の建物にも延焼    
していた。
「それもそうだけど、こんなに派手に壊せるなんて思わなかっ    
 たわね。ほんと、癖になりそう」
「ロッテ様も気に入ったんですね」
「当然じゃない。私は元々強いけど、巨大化するとここまで強    
 くなれるんだから」
 そう言いながらロッテは、足元にあった建物をブーツの先だ    
けで壊してみせた。一撃で全て瓦礫と化したが、さらに無造作    
に踏み潰してみせる。
「それにしても、貴方も意外とやるわね。ちょっと甘く見てた    
 かもしれないわね」
「そうですか……?」
「ま、黒羽が選んだんだから当然かもしれないけど、そうなる    
 と……この前の占いが気になるわね」
 ロッテの言葉に、薫の笑顔が消えた。困惑を隠せない様子で    
聞き返す。
「そんなに気になりますか? わたしの運命が」
「<貴方を中心にして、大きな運命の変転が待ち構えている>    
 <星>を詠んでそんな結果が出たら気になるじゃない。黒羽    
 が巻き込まれるのは間違い無さそうだし」
<確定なの? それって>
 箱庭の外から黒羽の戸惑ったような声が聞こえてくる。既に    
占いの結果については聞かされていたが、あまり信じている様    
子ではなかったことを薫は思い出す。
「私の能力に間違いがあれば確定じゃないわ」
<だったら確定しているのね。……大きな運命の変転なんてあ    
 まり続いて欲しくないわ>
「七瀬のことでしょう? あの子は……気の毒だったわね」
 かつての黒羽の従者で、自ら命を断った少女の名前に薫は心    
が揺れるのを感じた。
 まさか、黒羽様は未だに七瀬さんのことを気にしてる……?    
でも、もうこの世にはいないのに……。
<七瀬は悪くないわ。でも、なんであんな事をしたのか未だに    
 分からないのよ。思い当たる節なんて無いのに>
「……。そう思ってるだけじゃないの?」
<どういう意味?>
「言わなくても分かるんじゃない? それとも今の従者の前で    
 は言えないだけ?」
 黒羽の返事が無かった。ただ、感情を押し殺しているのが気    
配だけで感じられた。
 ロッテ様は何か気づいてる……? でも、黒羽様は……。
「さてと。勝負を再開するわよ。ここら一帯を壊滅させるまで    
 戦うわよ」
「負けませんから!」
 薫が返事するのと同時に、黒茶色の長い髪を揺らしながらロ    
ッテが仕掛けてきた。その姿から白い疾風を思わせる速攻だっ    
たが、薫は人間離れした動体視力で受け止めてみせる。
「さすが、やるわね」
「こう見えても元吸血鬼ハンターですから。えいっ!」
 気合と共に、巨大化した薫は相手を豪快に投げ飛ばした。受    
け身を取ったロッテだったが、またもや建物がまとめて破壊さ    
れ新たな爆発が起こる。
 それを見て薫は、道路を陥没させながら突き進むとその身体    
を無理やり起こすと、まだ無事だった高圧電線塔に向かって投    
げ飛ばした。半分わざとなのか、巨大化したロッテは鉄製の塔    
をまとめて壊しながら体勢を立て直す。切れた電線がショート    
して派手に火花を散らしたが、まったく気にしていなかった。    
「ここまでやるなんて思わなかった。少し痛い目に遭わないと    
 分からないようね」
 無造作に、ロッテがねじ曲がった高圧電線塔を地面から引き    
抜いた。両手で剣のように構える。それを見た薫は、すかさず    
別の鉄塔を引き抜いて手で持つ。
「その言葉、そっくりお返しします。勝つのはわたしです」
「さあ、どうかしら?」
 足元の住宅などを蹴散らしながら、ロッテが襲いかかってき    
た。赤白の電線塔を振り下ろしてきたので、慌てて手に持って    
いた塔で受け止める。お互いの<武器>から鉄材が派手に降り    
注ぎ、周囲の建物や車をまとめて破壊する。
「いい事を教えてあげる」
 組み合ったまま一段と間合いを詰めた瞬間。ロッテの真剣な    
声が薫の耳に届いた。もちろん、箱庭世界の外にいる黒羽には    
聞こえていない。
「自分の運命が気になるなら七瀬のことをもっと調べなさい。    
 あの子が鍵を握ってるはずだから」
「七瀬さんが……?」
「自分から命を断つような子じゃなかったんだから。黒羽も気    
 づいていないけど、陰謀の臭いがするわ」
「そんな、誰が……」
「黒羽はああ見えても敵が多いの。世界中にいる他の吸血鬼た    
 ちが仕掛けた可能性も十分にあるわ」
「でもそんな話は一つも……」
「だから黒羽は甘いのよ。貴方と戦いたかったのはこの話をし    
 たかったから。いい? 黒羽を助けられるのは従者の貴方だ    
 けなんだからもっとしっかりして」
 力負けしたようにロッテが薫から離れた。足元で道路上の車    
をスクラップにしながら構え直す。
「意外と強いわね。そのぐらいの力があるなら黒羽も守れるは    
 ず。貴方は従者なんだからもっとしっかりして」
「……。わかりました」
 控えめに薫が返事したのを確かめて、ロッテは口の端に笑み    
を浮かべた。たとえ相手が元人間であろうと、深い信頼を寄せ    
るのが異郷の吸血鬼の美点の一つだった。
「吸血鬼が人間に負けたとあっては恥。この街が全部壊滅する    
 までには決着をつけるわ」
「残念ながら、この勝負わたしが勝たせてもらいます。黒羽様    
 の前では負けるわけにはいきません」
「言うようになったわね」
 武器代わりにしていた鉄塔を無造作に投げ捨てて、ロッテが    
正面から仕掛けてきた。とっさに受けようとした薫だったが、    
あまりの圧力に道路の上に尻もちをついてしまう。
 制服のスカートの下で車がまとめて潰れていくのが分かった    
が、まったく気にならなかった。
 帰ったら七瀬さんのことを調べてみないと。黒羽様を倒すの    
はわたしなんだから。他の吸血鬼なんかに邪魔されたくない。    
 自分の標的を横取りされるのを防ぐために、その標的を守ら    
なければならない事に矛盾を感じないわけではなかった。
 しかし、それしか方法はないと割り切っているのだった。

「それにしても、面白い子だったわね」
「薫のことね。実際に会ってみて興味が湧いてきたわ」
「だから手伝ってくれたのね。普段は私の<星詠み>を手伝っ    
 たりしないのに」
「あの子は何かを隠してるわね。従者なのに従者らしくないの    
 はその為」
「そうみたいね。でもかつては吸血鬼ハンターだったんだから    
 仕方ないじゃない。黒羽はそれでも従者にしたんだから大し    
 たものね」
「お姉さま。黒羽お姉さまは……大丈夫?」
「リオンは心配性なのね。黒羽は強いんだから平気よ。それに    
 いざとなったら……私だっているんだから」
「ロッテは本当にお節介なんだから」
「親友なんだから当然よ。それにしても、あの箱庭面白かった    
 わね。ヒナ、作って。恩に着るから」
「私にだって出来るないことがあるの。……そんな捨て猫のよ    
 うな目をしても駄目なものは駄目よ」