第2話−7 戦いと破壊の果てに
                                
 空間上に作り出されたスクリーンで、最悪の破壊劇が展開し    
ていた。吸血鬼ハンターとしての衣装に身を包んだ巨大な少女    
とメイド服姿の巨大な少年が、競い合うようにして大きな街を    
瓦礫の山にしつつあった。
 街の一部は薫が破壊したガスタンクによって派手に炎上して    
いたが、二人とも構う様子を見せずに大暴れしていた。
「意外ね〜。玲がここまで熱くなるなんて」
 たおやかな笑みを崩すことなく、沙耶が口を開いた。
「ああ見えても普段はとっても大人しくて忠実なのよ。私の命    
 令も完璧にこなしてくれるんだから」
「知ってるわ。でも、破壊衝動は持ってたというわけね」
「破壊衝動なら誰でもあるじゃない。上手くいかない時は何で    
 もいいから壊したくなるものよ。まるで貴方のようにね」
「どういう意味?」
 目を細めて、黒羽は聞き返した。友人の吸血鬼の言葉に、明    
確な悪意が込められていたからだった。
「忘れたとは言わせないわ。<鮮血の夜明け>事件を起こした    
 のは貴方なんでしょう? 吸血の時以外は人間に手を出さな    
 い貴方があそこまでやるなんて思わなかったわ」
「……。私は<セブンシスターズ>の一人。本気になったらあ    
 れぐらいは出来るわ」
「闇の世界を支配する七人の吸血鬼<セブンシスターズ>。そ    
 の一人なのに普段は意外と迫力が無いのよね〜。だからあん    
 な事件を起こしたのかしら?」
「実力と迫力に関係はないわ。少しは口を慎んで。本当は私の    
 方が格上なんだから」
 日本最古の吸血鬼一族の当主であり、世界最強の吸血鬼の一    
人にも数えられる少女は少しだけ熱くなっていた。
 そもそも沙耶は実力こそ日本で二番手だったが、家柄的には    
新参者ということもあって<格>はそれ程高くなかった。実力    
社会の色合いが強い新大陸はとにかく、日本と欧州では実力と    
家柄によって構成される<格>が吸血鬼たちの階層を決定して    
いた。
「そうだったわね。失礼しました、お嬢様」
 沙耶の口調は皮肉に満ちたものだったが、黒羽はソファーの    
肘掛けをきつく握り締めて耐えた。
 そもそも、目の前の少女吸血鬼は本当の<友人>ではなかっ    
た。日本で一番強い吸血鬼と二番目に強い吸血鬼が敵対してい    
ると、他国の吸血鬼たち……特に<セブンシスターズ>の草刈    
り場となる危険があるからに過ぎなかった。
 だから付き合ってあげてるのにこんな態度をとるんだから。    
昔だったら叩きのめしてるのに。
「あら、また戦うようね。さすがに壊すのは飽きたのかしら」    
 沙耶の脳天気な声が、黒羽を現実に引き戻した。自分の魔力    
で出したスクリーンに目を移すと、二人の従者は武器を構えて    
向かい合っていた。その奥にはまだ壊されていない高架駅があ    
ったが、そこが新たな戦場となるのは明らかだった。
「大きな駅を壊して戦うなんて……。本当に怪獣映画みたい」    
「いい舞台を選んだわね。ま、私たちは楽しませてもらいまし    
 ょう。どうせ薫が勝つと思うけど」
「あら、ウチの玲に決まってるじゃない〜」
「ま、勝負が終われば分かるわね」
 沙耶の言葉に反論することなく、黒羽はスクリーンに神経を    
集中させた。
 内心では、自分の従者が勝負に勝つことを祈っていたが、表    
情には出さなかった。

「……しかし、僕たちだけで随分壊したものだね」
 関したような、呆れたような口ぶりで玲が言ったのは、巨大    
化した二人の従者が高架駅の前にある広場に足場を作った時だ    
った。
「あんなに大きな都市だったのにもう半分壊滅してるからね。    
 さっきガスタンク派手に壊したからじゃないか?」
「玲だって人のこと言えないじゃない。工場を派手に壊して大    
 爆発させたんでしょう? しかもびっくりしてたし」
「まさかあんなに爆発するなんて思わなかったからね」
「でも……。やっぱり男の子だからやる事は派手よね」
「こんな外見だけどね」
 軽く肩をすくめると、玲は手にしていた木刀を構えた。それ    
を見て薫も同じように構える。空気が俄に張り詰め、見えない    
磁場が巨大化した二人を包み込む。
 最初に仕掛けたのは薫だった。ブーツで足元の車を蹴散らし    
ながら間合いを詰める。直線的な攻撃と判断した玲はそのまま    
受け止めようとしたが……。 目の前まで来た瞬間、薫の姿が    
視野から消えて一瞬だけ慌てた。
「隙あり!」
 巨大化した少女の勝ち誇った声が耳に届いた瞬間。玲の右肩    
に激痛が走った。左側にあった無傷のビルを壊しながら、薫が    
木刀を振り下ろしたのだった。正面からの攻撃は見せかけにす    
ぎない。そう判断した時には、主導権は相手に握られていた。    
 痛撃された肩に気を取られる玲に対して、薫は長い黒髪を揺    
らしながら回し蹴りを食らわせたからだった。簡単にバランス    
を崩し、巨大な少年メイドは背後にあった高架駅の真上に背中    
から崩れ落ちる。
 その瞬間、一段と大きな轟音が辺りを圧倒した。派手に埃を    
舞い上げながら、高架駅が真っ二つになったからだった。ホー    
ムからは電車が落下し、振り下ろされた腕によって簡単に潰さ    
れる。大きな駅も階層がむき出しになり、原形を留めていなか    
った。
 それでも薫は容赦したりしなかった。駅を両断した玲の巨体    
を笑いながら転がし始めたからだった。メイド服の下でさらに    
建物が押し潰されていき、破片が周囲に撒き散らされる。
「やっぱり簡単に壊れるわね、こうすると」
 全身を貫く快感に酔いながら、薫が手を離したのは駅が半分    
以上破壊された時だった。
「全身で駅を壊すはどんな気分? 楽しい?」
「変な感じがするね……。それだけ大きくなってるってことだ    
 けど」
 ゆっくりと玲が体を起こした。埃にまみれた髪やメイド服の    
埃を払い、仔犬のような無邪気な瞳で見つめ返す。
「そ、そんな顔しないで。戦いなんだから仕方ないじゃない」    
「薫は意外と強いね。正直、ちょっと油断してた」
 思いがけないことを言われたような気がして、吸血鬼の従者    
である少女は棒立ちになった。少女のような少年の声は、相手    
の心を籠絡する不思議な魅力があった。
「僕もそれなりに自信はあったつもりだけど……。やっぱり本    
 職の吸血鬼ハンターには敵わないってことかな」
「元よ、元。今は黒羽様の従者なんだから」
「でも黒羽様は吸血鬼ハンターとしての薫も嫌ってないんじゃ    
 ないかな? その姿、吸血鬼ハンターの時のものだからさ」    
 玲に言われて、初めて気づいたように薫は自分の今の服装を    
確かめた。今も眠り続ける妹が作ってくれた衣装。吸血鬼と戦    
う時はいつもこの姿だった……。
 突然、正面からタックルされて、巨大化した薫は為す術なく    
駅前にあった大型デパートを派手に巻き込んで倒れた。玲が一    
瞬の内に立ち上がって反撃してきた……と気づいた時には、木    
刀による第二撃を肩口に受けてしまい、思わず悲鳴を上げる。    
「勝負の時に油断は禁物。強いけど、甘過ぎる。そんな事だと    
 いつか命を落とす」
 今までより低い玲の声が、心の中で反響する。
「もし黒羽様の従者ならば絶対に隙を見せたら駄目だ。たとえ    
 僕が相手でも同じこと。沙耶様と黒羽様は友人同士なんかじ    
 ゃないから」
「……どういう、こと?」
 背中でデパートを派手に壊しながら、薫は立ち上がった。ブ    
ーツに包まれた足で瓦礫を踏み潰しながら構え直す。
「……言葉通りの意味だけどね。詳しいことは黒羽様に確かめ    
 るといい。黒羽様の本当の友人はこの世界にはいない。いる    
 のは餌代わりの人間と忠実な下僕、そして潜在的な敵だけだ    
 からね」
「まさか沙耶様は……敵?」
「僕にもよく分からない。ただ、お互い好いていないのは確か    
 だけどね」
 お下げにした髪を揺らしながら、玲が踏み込んできた。振り    
下ろされる木刀を、薫は慌てて受け止める。
「だったらなんで友人のような顔をするの?」
「それが<礼儀>だからね。吸血鬼としての格は黒羽様の方が    
 上だから仕方ない」
「だからわたしにあんな態度を……」
「沙耶様の無礼はお詫びするよ。僕は……」
 何回か打ち合って、玲は離れた。駅から伸びる大通りの車を    
簡単に踏み潰し、周囲の建物も一部壊しながら構え直す。
「薫と友達になりたいからね。心の底から!」
「え?」
「そんなにびっくりしなくてもいいのに。主人同士の仲が悪い    
 からって従者同士もケンカする義理なんて無いからね」
「そうだけど……。いいの? 沙耶様が何て言うか……」
「心配しなくてもいいって。僕は沙耶様から信頼されてるから    
 何をしても平気なんだ」
 言い切って、玲は笑った。まるで人なっこい仔犬のような表    
情に、薫は構えが緩む。
「ほら、隙を見せるなって言ったのに!」
 その言葉が終わるよりも早く、玲がさらに仕掛けてきた。今    
までならば痛撃を食らって倒れるしかなかったが、心の底では    
警戒を解いていなかった薫は辛うじて受け止める。
「やればできるじゃないか……」
「たまたまよ、たまたま。えいっ!」
 気合を込めて、薫は巨大化した少年メイドを押し返した。同    
時にビルを無造作に壊しながら間合いを取り直す。
 最初は無傷だった駅前付近も、巨大な少年と少女の戦場とな    
って無事な建物も少なくなっていたが、まったく気にならなか    
った。
「それにしても……。巨大化して戦うのがこんなに面白いなん    
 て思わなかった」
「でしょう? まるで怪獣になったみたいだし、自分が特別強    
 くなったような気がするのよね。ここら辺もめちゃめちゃに    
 なっちゃったし」
「架空の世界でないとここまで出来ないけどね。邪魔な建物を    
 壊してしまうとか」
 そう言いながらも、玲は軽く足を振り上げて半壊していたビ    
ルを壊してしまった。また瓦礫が増えて、大通りに散乱する。    
その下では車が潰れていたが、ローファーに包まれた足で無造    
作に蹴飛ばす。楽しんでいるようにしか見えなかった。
「黒羽様たちが怒るかもしれないけど、また建物を壊して遊ん    
 でみる?」
「そうだね……。でも後が怖いからこうさせてもらうよ」
 一瞬、玲がいたずらっぽい笑みを浮かべたような気がした。    
また攻撃を仕掛けてくると思い、無意識の内に構えた薫だった    
が、次の行動はまったく予想外のものだった。
 髪を揺らしながら近づいてくると、木刀を投げ捨てて体当た    
りをしてきたからだった。辛うじて受け止めたものの、大通り    
のアスファルトを砕きながら後退する。
 しかし、玲の狙いはそれだけではなかった。
 密着した姿勢から薫の細い腰に両手を回すと、そのまま力任    
せに押し倒したからだった。
「あっ……!」
 何が起こったのか、一瞬分からなかった。気がついた時には    
周囲のビルなどを派手に巻き込みながら、巨大化した少女は通    
りの上に転がされていた。少年メイドに組み伏せられるように    
して。
「まったく、甘いんだな。僕が本気だったら終わってたよ」
 端正な顔を近づけて、玲は怒ったような口調で忠告した。
「でも今回は本気じゃない。ちょっと顔が見たくなったんだ」    
「だ、だからってこんな事をしなくても……」
 自分と同い年ぐらいの少年にのしかかられて、薫は敵に追い    
詰められた時以上に戸惑っていた。顔と顔の距離が思ったより    
も近く、相手の額にかかる柔らかな髪が自分の吐き出す息で揺    
れていた。
 ちょっと、近過ぎるじゃない。今日会ったばかりだし、後で    
黒羽様に何て言われるか分からないし。でも……。
 玲は何も言わなかった。曇りのない澄んだ瞳で、吸血鬼の従    
者となった少女を見つめるだけだった。口元にはかすかにいた    
ずらっぽい笑みが浮かび、少女の姿をした少年の魅力を一段と    
高めていた。
 やっぱり男の子なんだ。よく見ると格好いいし。女装してる    
から気づかなかった。
「なかなか綺麗なんだね」
「へ?」
「その髪と瞳。とっても黒くて魅力的だと思うな。ちょっと羨    
 ましい。僕の髪は茶色がかかってるから」
「そう……みたいね」
 巨大化して戦っている最中に年頃の少年に組み伏せられ、こ    
のような事を言われるとは思ってもみなかった。間の抜けた言    
葉しか口を突いてこなかったが、当の本人はまるで気づいてい    
ない始末だった。
「薫はもっと自信を持ってもいいと思う。自分で思ってるより    
 も弱くないし、綺麗だからね。黒羽様が従者にしたのも分か    
 る気がする」
「そうなの……? わたしなんか、藤間の家では落ちこぼれみ    
 たいな扱いだったのに?」
「それは見る目が無いだけ。もっと黒羽様や……僕の言うこと    
 を信じて欲しい」
 しばらく躊躇った後、薫は小さく頷いた。ここまで言われて    
否定するのも居心地が悪かった。
「それでいい。それで」
 ゆっくりと、名残惜しそうに玲の顔が離れた。そのまま周囲    
の建物が破壊された大通りに立ち上がる。よく似合うメイド服    
に身を包んだまま巨大化した<美少女>だけに、下から見ると    
異様な迫力があった。
「立てる?」
「うん……。大丈夫」
 容赦なく周りの建物を壊しながら、薫も体を起こした。衣装    
の乱れを直し、玲を見つめ直す。とたんに恥ずかしくなってき    
て、顔を赤らめる。
「あの、その……」
「さっさ言ったことは全部本当だから気にしなくてもいいよ」    
「本当って……」
「さて、軽く遊んだところで勝負再開! 構えて!」
 口ではそう言いながらも、玲は笑っていた。どこまでが本心    
なのか分からないままだったが、薫も微笑み返して木刀を構え    
る。細かいことは後で考えよう。そう開き直っていた。
 やがて。巨大化した少女と少年は、箱庭の中に再現された架    
空の町並みを破壊しながら戦い始めた。あっという間に瓦礫が    
増えていき、巻き込まれた車などが爆発炎上したが、破壊活動    
を楽しむふたりはまったく気にしていなかったのだった。

「今日は大暴れだったわわね〜」
「はい。おかげでとっても楽しませてもらいました。また、戦    
 ってみたいですね」
「あの子が気に入ったのね」
「本人は気づいてないですけど、とても魅力的なんです。黒羽    
 様が気に入ったのも分かるような気がします」
「黒羽も懲りないわね。前の従者があんな事になったのに〜」    
「……」
「あれでも<セブンシスターズ>の一人だって言うんだから世    
 の中間違ってると思わない?」
「思います」
「格だけですべてが決まる時代じゃないってまだ気づいてない    
 のね。ま、こっちとしては好都合だけど」
「でも、黒羽様には本当の<友人>がいます。ご用心下さい」    
「分かってるわ。でも、日本で一番恐れられる吸血鬼は私だっ    
 てことをいつか分からせてやるんだから……」