第2話−6 巨大ハンターVS巨大メイド         
                                
 何度も経験した不思議な浮遊感が消えたのは、ブーツに包ま    
れた足が大通りを踏みしめた時だった。
「今回は……別の街みたいね」
 白いリボンで束ねた髪を揺らしながら、三十倍サイズに巨大    
化した薫は箱庭の中に再現された街を見回した。立ち並ぶ建物    
に見覚えはなかったが、それ程遠くない場所に大きな高架の駅    
があり、中央を流れる川によって市街地は分かれている。建物    
が密集している場所も多く、ちょっと歩くただけで<被害>が    
生じるのは間違いなさそうだった。
 今回はこの街が戦場となるのね。ただ壊されるだけの為に存    
在する架空の街。何をしても平気だし、大暴れしてやるから。    
「……ここは? もしかして、箱庭の中?」
 戸惑いを隠せない少年の声が背後から聞こえて、薫は苦笑い    
しながら振り向いた。薫より少し離れた場所に、玲は巨大化し    
て降臨していた。ローファーに包まれた足はその体重を強調す    
るかのようにアスファルトを陥没させていた。
「そうよ。ここが今回の舞台。好きに大暴れしていいのよ」
「やっぱり凄いや。現実としか思えないよ」
「でも架空の世界なのよね」
 そう言いながらも、薫は手にしていた木刀を構えた。足を少    
し広げると側にあった車を踏み潰してしまったが、もちろん気    
にしたりしなかった。
「さっそく壊してるね……って、僕も道路壊してるけど」
「気にしなくてもいいの。なんなら、戦う前にここら辺の建物    
 みんな壊してもいいのよ」
「うん……。やっぱり遠慮しておくよ。外で沙耶様たちが見て    
 るからね。僕たちが対戦するのを待ってるんじゃないかな」    
「それもそうね」
 頷いてみせながらも、薫は目の前の少年が緊張していること    
に気づいていた。その構えに隙は感じられなかったが、やはり    
<舞台>には戸惑っているようだった。
 やっぱりね。でも、戦いに油断は禁物。いくわよ!
 心の中だけで宣言して、薫は仕掛けた。白いブーツに包まれ    
た足で道路に足跡を残しながら間合いを詰めたからだった。
 リボンで束ねた長い髪がふわりと揺れ、着物の袖が翻る。緊    
張していた玲の目線が流れる。
「隙ありっ!」
 吸血鬼ハンター時代の表情(かお)に戻って、薫は正面から    
木刀を振り下ろした。玲も慌てて受けようとしたが、力が入り    
きらなかったのか姿勢を崩しながら後退する。スカートから伸    
びる足が道路上の車を容赦なく破壊し、周囲の建物のガラスを    
粉々に砕く。
 それを見た薫は、口元に笑みを浮かべるとすかさず足払いを    
掛けた。同時に、肩から思い切り体当りする。
「うわっ……!」
 効果は予想以上だった。メイド服姿がよく似合う巨大少年は    
お下げにした髪を大きく揺らしながら、背後の交差点に崩れ落    
ちたからだった。背中は道路に面した建物を思い切り破壊し、    
すらりとした足は、車を薙ぎ払い無残なスクラップに変える。    
道路は思い切り陥没し、盛大に埃が舞い上がる。
「とうとう派手に壊しちゃったわね……。早くもめちゃめちゃ    
 じゃない」
 ブーツに包まれた足で炎上するトラックなどを踏み潰しなが    
ら、薫は無邪気に言い切った。
「どう? 感想は?」
「……意外と簡単に壊れるんだね」
 背中でさらに建物を壊しながら、玲がゆっくりと身体を起こ    
した。半分まくれたスカートから伸びる足は本物の少女のよう    
にほっそりとしていて、薫は目を奪われかける。
「ちょっと暴れただけなのにこんなになるなんて……」
「でも楽しいでしょう?」
「もちろん。こんなに簡単に壊せるなら遠慮しなくてもいいん    
 だし。好きにやらせてもらうよ」
 やんちゃな笑みを浮かべて、玲は立ち上がった。スカートの    
埃を払いながら、いたずらっぽく言葉を続ける。
「あ、ちなみにスカートの下はスパッツだから気にしなくても    
 いいよ。幾ら沙耶様でもそこまでうるさくないから」
「その姿だと本当に可愛い女の子にしか見えないのにね」
「僕も時々分からなくなるけどね」
 口ではそう言いながらも。今度は玲が仕掛けた。おさげにし    
た髪を軽やかに揺らしながら向かってきたからだった。しかし    
薫は余裕をもってその一撃を受け止めると、すかさずローキッ    
クをお見舞いする。予想していなかったのか、玲の巨体はさら    
に建物を壊しながら転がる。轟音が響き渡り、一段と埃や細か    
い瓦礫が舞い上がったが、巨大化した少女は心が熱くなるのを    
感じる。
「甘いわね。わたしだって元とはいえ吸血鬼ハンターだったん    
 だから」
 相手の攻撃を二度受け止めたこともあって、薫は多少ながら    
も慢心していた。かつて黒羽と戦った時にも似たような情況が    
あったのだが、すっかり忘れていた。
 一街区の建物を全て巻き込んだ状態で、玲が体を起こした。    
周囲の<惨状>に一瞬驚いたような様子を見せたが、すぐに口    
元に笑みを浮かべる。幾ら暴れてもまったく被害が出ないこと    
に、確実に快感を覚えつつあるようだった。
 それを見て、薫は木刀を構えもせずに瓦礫の中に足を踏み入    
れた。白いブーツで足元の破壊された建物を踏み潰しながら、    
対戦相手に近づいていったが……。
「油断大敵!」
 玲の澄んだ声が耳に届いた瞬間、薫の両足にほっそりとした    
別の足が挟まれたかと思うと、そのまま力任せに仰向けに倒さ    
れてしまった。背中でビルなどがまとめて薙ぎ倒され、とっさ    
に伸ばした腕はマンションを簡単に両断する。
「まさか構えもせずに近づいてくるなんて思わなかったよ。ち    
 ょっとばかりお仕置きが必要かな」
 蟹挟みで形勢を逆転した玲は、既に瓦礫の中に立ち上がって    
いた。いつもと違って加虐的な笑みを浮かべると、手にした木    
刀を振り下ろしてくる。それに対して薫は後先考えずに転がっ    
た。身長五十メートル近い巨体が凶器となって中心街を破壊し    
相手を見失った木刀はすぐ近くの建物を破壊する。
「ち、ちょっと待って……」
「待つわけにはいかないよ。これは戦いだからね。いくら僕で    
 も本気でいかせてもらうよ。……沙耶様の為にも」
 最後の一言に深い感情が込められていることに気づいて、薫    
の動きが一瞬だけ鈍った。その隙を、玲は見逃さなかった。相    
手が同い年ぐらいの少女であることにも構わず、思い切り木刀    
を振り下ろしたからだった。白いスパッツに包まれた太ももに    
激しい痛みが走り、薫は思わず短い悲鳴を上げる。
「これ以上痛い目に遭いたくなかったら本気で戦って! 僕も    
 手加減はしない」
「……わかってるわよ」
 玲がわざと隙を見せたので、薫はさらに建物を盛大に壊しな    
がら大通りに転がった。背中で車などを潰してしまうのも構わ    
ず、ゆっくりと体を起こす。ダメージを受けた太ももが痛くて    
立ち上がれそうになかった。
 本気でいかないと駄目ね。黒羽様が見てるんだから……。
 唇を噛みしめながら、対戦相手の方を見る。女装のよく似合    
う少年は、嬉々とした表情で周囲の建物を破壊していた。キッ    
クを食らわせてビルを崩壊させたり、屋上にある巨大な看板を    
引き抜いて道路に叩きつけたり、渋滞する車をまとめて蹴散ら    
したり怪獣のように大暴れしていた。
「ずるい……。わたしだって壊したいのに」
 無意識の内につぶやいた言葉が聞こえたのだろうか、玲の動    
きが止まったかと思うと、今更気づいたように目線を向けてき    
た。そのまま、無造作にビルを壊しながら向かってくる。しか    
し、薫はダメージから回復しておらず立ち上がれそうにない。    
 ま、まずい……。このままじゃ負けちゃう。何とか受け止め    
ないと……って、<これ>があるじゃない!
 自分が中心街とおぼしき場所にいる事に気づいた瞬間、薫は    
口元にかすかな笑みを浮かべた。玲が木刀を振り上げたのを見    
ながら、すぐ近くにあった<それ>を両手で掴むと力任せに地    
面から引き抜く。体勢は崩れたままだったが、そのまま相手の    
攻撃を防御する。
「えっ……。それは……?」
 道路に転がった薫が両手で持っている物に気づいた途端、さ    
すがの巨大少年もびっくりしたようだった。振り下ろした木刀    
は薫の防御によって完全に防がれていた。
「見てわからない? 商店街のアーケードよ。鉄製だから楯代    
 わりにはなるわ」
「いや、わかるけどまさかそんなもので受けるなんて……」
「巨大化してれば何でも武器になるの。電話局の鉄塔で黒羽様    
 と戦ったこともあったし、逆に遊園地のジェットコースター    
 とか観覧車で攻撃されたりしたんだから」
「そうだけど……」
「油断大敵!」
 捨てられた仔犬のような表情を浮かべる少年従者に対して、    
薫はすかさず反撃に出た。手にしたままだったアーケードを叩    
きつけると、キックで追い打ちをかける。ひしゃげたアーケー    
ドを抱えたまま玲は大きく後退し、自分の背丈ほどの高さのビ    
ルに背中からぶつかって止まる。ガラスが砕け散り、少年のロ    
ーファーの上などに降りそそぐ。
 それでも、薫は容赦しなかった。アスファルトに巨大な足跡    
を残しながら地面を蹴ると、姿勢を低くしてタックルを食らわ    
せたからだった。予想していなかったのか、巨大化した少年メ    
イドは正面から受け止めてしまう。手にしたままだったアーケ    
ードがねじ曲がって瓦礫の上に落下し、玲もまた背後のビルを    
全身で崩壊させながら転がる。無傷だった地区が一気に瓦礫と    
化す程の猛攻だった。
「あーあ。めちゃめちゃに壊しちゃった……。酷いことするわ    
 ね。中心街が原型留めてないじゃない」
 瓦礫を無造作に踏み潰しながら、薫は笑って言い切った。怪    
獣のように戦いながら街を破壊し尽くすことにある種の背徳感    
を覚えていたが、もはや止められそうになかった。
「自分の手で壊してしまうのもいいわね。こーんな建物なんか    
 簡単に壊れちゃうし」
 玲が瓦礫の中でゆっくりと体を起こすのを見ながら、巨大化    
した少女は周囲の半壊した建物を手足を使ってさらに壊してし    
まった。ぞくぞくする程の快感が全身を支配し、興奮は高まる    
ばかりだった。
「意外と楽しいんだね。こうやって街を壊すのってさ」
 メイド服についた埃を払いながら、玲が立ち上がった。瓦礫    
の中に立つ巨大<美少女メイド>の姿は不思議と絵になってい    
て、薫は鼓動が早まるのを感じる。
「でしょう? これが黒羽様の力なのよ」
「噂には聞いてけど、大したものだな。にしても、薫もえげつ    
 ないな。自分の手で滅茶苦茶にするなんてさ」
「玲もやったらいいじゃない。楽しいんだから」
 会ったばかりの少年に呼び捨てにされて、少し戸惑いながら    
も薫は言い返した。外見と違って、少年らしい澄ました性格が    
魅力的だな……と感心していた。
「やっと呼び捨てにしてくれたね。僕たちは仲間なんだから遠    
 慮しなくてもいいのに」
「うん……。でも、今日会ったばかりだし」
「真面目なんだね、薫は。吸血鬼ハンターだったっていうのが    
 分かる気がする」
「弱かったから後方支援ばかりしてたの。本当はあまり戦うの    
 は好きじゃないし」
「そうなんだ……」
 一瞬だけ、玲は真面目な表情になって目線を外した。憂いを    
帯びたその横顔に、薫はますます心惹かれるものを感じる。
 なんかとっても素直なのね。わたしももっと素直にならない    
と駄目ね……。
「ま、それはとにかく! 対戦の続き続き! 外で黒羽様たち    
 も見てるんだから!」
「え? あ、うん……。そうだね。でもその前に、この辺りで    
 ちょっと遊んでみるのも楽しそうじゃないかな?」
「遊ぶ?」
「もちろん、盛大に建物を壊して遊ぶんだ!」
 無邪気に言い切るのと同時に、メイド服のよく似合う少年は    
スカートを翻して目についた建物を蹴り壊してしまった。
「あ、それいいわね。じゃ、わたしも!」
 すっかり破壊の快感に酔っていた薫に躊躇いはなかった。新    
たに仲間になった少年に負けじと大暴れを始めたからだった。