第2話―(4)ディナーの<余興>            
                                
 同じ吸血鬼の沙耶を招いたこともあり、夕食はいつもと違っ    
て庭先に出したテーブルに用意された。
 優雅な西洋庭園を眺められるように設置されたテーブルと椅    
子、そしてそこに載せられた豪華な料理に、薫はメイドという    
立場も忘れて見とれてしまう。
「こんな光景、ドラマとかでしか見たことがありませんか?」    
 セッティングを担当した寺尾が、茶化すように声をかけてく    
る。
「うん……。ま、お嬢様なんだから当然かもしれないけど」
「さっきも教えたように給仕はお願いしますよ。私は仕事があ    
 りますから」
「土曜日の夜も仕事なんですか?」
「烏丸商事は年中無休ですからね」
 黒羽の財産を元手とした総合商社の経営も担当する青年執事    
は、そう言い切って軽く眼鏡を上げてみせた。
 まるでドラマのイケメン俳優みたい……などと月並みなこと    
を考えた薫だったが、主人の黒羽が沙耶と玲を連れて現れたの    
で慌てて居住まいを正した。
「黒羽様、どうぞこちらへ」
「初めてにしては分かってるわね。寺尾に聞いたの?」
「はい。俄仕込みですが教えてくれました」
「いい従者ね〜。羨ましいわ」
「沙耶も玲を連れてるじゃない。しかも女装までさせてるし」    
「玲は男の子としても女の子としても最高だからよ。ちょうど    
 中間ぐらいにいるんだから」
 沙耶の言葉の意味を薫が考えている内に、ふたりの吸血鬼と    
従者の少年はテーブルについた。傍らで給仕を担当するのはか    
つては吸血鬼ハンターだった少女。考えれば考える程、奇妙な    
光景だった。
「それにしても、藤間家の吸血鬼ハンターが従者になってるな    
 んて思わなかったわ〜」
「……。わたしも好きでなったわけではありません」
「話は聞いたわよ。妹を助けようとして返り討ちにあったんで    
 しょう? 惨めな話よね〜」
「これしか方法が無かったんです。これしか……」
「でもそんなに強そうでもないわね。うちの玲と互角程度かし    
 ら? だったら絶対に黒羽には勝てないわよ」
「そんな事は分かってました。でも……」
「沙耶!」
 人形のような少女吸血鬼の言葉を制したのは、薫を打ち負か    
した本人だった。びっくりしてその方向を見ると、黒羽は赤い    
瞳に怒りを浮かべ、唇を震わせていた。
 テーブルに置いた手をぐっと握りしめ、何かを堪えているよ    
うにも見えた。
「薫のことを馬鹿にするなら絶対に許さない。薫は私の従者な    
 んだから」
「沙耶様、僕からもお願いします。薫さん……いや、薫は全力    
 で戦って敗れたんです。責めることはできません」
「玲にまで言われるなんて思わなかった。……ごめんなさい。    
 今度から気をつけるから」
 一瞬、ディナーの席を支配したどす黒い殺意は一瞬の内に霧    
散した。黒羽はいつものように不敵な微笑を浮かべ、玲もほっ    
としたような表情を見せる。
「沙耶もよく出来た従者を持ってるのね」
「私にはこの子がいれば十分よ。とにかく忠実で、何でもして    
 くれるんだから。ね、玲」
「はい。沙耶様の命令とあらば」
 やっぱりそういうものなのね、従者って。わたしみたいにい    
つか逆らおうなんて思わないんだ……。
 躊躇いなく頷く玲に、薫は素直に感心していた。どういう経    
緯で沙耶の従者になったのか、気になって仕方なかった。
 後で聞いてみればいいか。それより……。
 客人たちの話を聞くのに夢中になっている自分に気づいて、    
給仕に戻ろうとした時だった。
「ねえ沙耶、面白い<遊び>を開発したんだけど、のってみる    
 気はある?」
 挑発的な口調で、黒羽が話を切り出した。
「さっきも少し話したけど、私の作った箱庭の中で好き勝手に    
 大暴れするの。楽しいわよ」
「そうやって薫と戦ったんだったかしら? 巨大化して街を壊    
 しまくったって噂では聞いたけど」
「そうよ。私も薫も怪獣みたいに大暴れしたんだから。薫なん    
 かえげつないぐらいだったんだから」
「そ、それを言わないでください……」
 半月前のことを思い出して、薫は赤面した。あの時は夢中だ    
ったが、改めて言われると恥ずかしくて仕方なかった。
 ……でも、楽しかったのは本当だし。架空の世界だから何を    
しても平気っていうのがまた楽しいのよね。もし本物だったら    
出来るわけないし。
「あれを見て思いついたのよ。箱庭世界の中で巨大化して戦う    
 なんて遊び、私しか出来ないんだから」
「面白そうね〜。私もやってみたいけど……。玲、最初に貴方    
 がやってみて。私は外で見てるから」
「僕が? ……いいんですか?」
 まったく予想外だったのか、玲は心の底からびっくりしたよ    
うだった。自分で自分を指さしていたが、やがて「沙耶様がそ    
うおっしゃるのならば」と頷いてみせる。
 口元には自信に満ちた笑みが浮かんでおり、内心では闘志を    
燃やしているのが薫にも分かった。
「ならば私の方は薫に戦わせるわ。元とは吸血鬼ハンターなん    
 だから甘く見ると痛い目に遭うわよ」
「そうかしら? うちの玲も強いんだから。ま、戦ってみれば    
 分かるわね〜」
 もう……。これでは本当に奴隷剣士みたい……。
 玲から視線を外して、薫は内心溜息をついた。黒羽には「専    
属の巨大少女剣士(グラディアトル)」と言われたものの、見    
方を変えればただの奴隷に過ぎなかったからだった。
 でも……。巨大化して戦うのは面白そう。思い切り暴れられ    
るし、相手は玲さんなんだから。
 その本人と再び目が合った。反射的に頷いてみせると、玲も    
微笑して片目を閉じてみせる。見ているだけで心が軽くなる、    
魅力的な笑い方だった。
「じゃ、このディナーが終わったら勝負ね。面白い余興になり    
 そうね」
「本当ね。今度からここに来たら毎回楽しませてもらうから」    
 黒羽だけでなく、沙耶も乗り気のようだった。
 そんな吸血鬼たちに給仕をしながらも、薫はこれから行われ    
る<余興>に心を弾ませているのだった。