第2話―(3) 少女吸血鬼・沙耶            
                                
 吸血鬼の少女・五橋沙耶が訪ねてきたのは、夕方になってか    
らのことだった。
 日本人とは思えないほど色素の薄い亜麻色の髪に白い肌、そ    
してふんわりとしたワンピースに身を包み、どこかはかない印    
象があった。
「久しぶりね。ここに来るのも」
 迎える側の黒羽は、玄関ホールでもう一人の吸血鬼を歓迎し    
た。薫は執事の寺尾と共にその後ろに控えていたが、沙耶の姿    
を見たのは初めてだったこともあり緊張していた。
「ええ。季節も良くなったからたまにはいいかな……と思った    
 のよ」
 沙耶の声は高く、そして可憐だった。どちらかといえば囁く    
ような小さな声ながらも、心にはよく響いた。
「そういえばいつもこの季節になると遊びに来るわね」
「素敵な庭園を眺めながらディナーが楽しめるじゃない。楽し    
 みにしてるのよ、いつも」
「そう言ってくれると嬉しいわね。さ、こっちよ。薫、案内し    
 てあげて」
「あ、はい……」
 吸血鬼ハンターとしての本能から、沙耶の<実力>探ってい    
た薫だったが、主人の言葉に少し慌てて反応した。作り笑いを    
浮かべて、ふたりの吸血鬼をエスコートする。
「ところで、この子は新人なの?」
「そうよ。知ってるでしょう? 藤間家の元吸血鬼ハンターだ    
 ったんだから」
「ええ。でも、本当に従者にするなんて思わなかったわ」
「こう見えてもお気に入りなのよ」
 黒羽の声はいつになく弾んでいた。しかし、当の薫は屈辱感    
がこみ上げてきて、笑顔も消える。
 好きでこうしてるわけじゃないのに。いつか立ち向かう時の    
為にこうしてるだけなんだから……。
「七瀬ちゃんは残念だったわね。凄くお気に入りだったんでし    
 ょう?」
「……七瀬のことは言わないで。今は薫が従者なんだから」
「あらそうなの。ただのメイドじゃないのね〜」
「薫の前では七瀬の話はしないで」
「わかったわ」
 黒羽の刺々しい声とは対照的に、沙耶は呑気だった。
 あまり周囲の空気を気にしないタイプなのか、それともわざ    
となのか、会ったばかりの薫には検討がつかなかった。
 でも、実力はかなりのものね。隙だらけなのに踏み込んだ瞬    
間返り討ちにされそう。……黒羽様より少し弱いぐらいね。
 とすると、今の自分では到底勝てない相手だった。そんな吸    
血鬼たちを先導する自分の立場に内心溜息をつきながら、居間    
に案内する。
「薫、お茶を持ってきて。寺尾が淹れてるから」
「はい、黒羽様」
「ところで、今日玲(れい)は連れて来なかったの?」
「あの子は寺尾さんと話があるみたいだから別行動。別にいい    
 でしょう?」
「相変わらずなのね。ここはあなたの屋敷じゃないのに」
「黒羽って似たようなものじゃない〜」
 問い詰めるような言葉を、沙耶は軽くかわした。もっとふた    
りのやり取りを聞いていたかった薫だったが、黒羽が赤い瞳で    
睨みつけてきたので慌ててキッチンに向う。
 まさか沙耶様があんな性格だったなんて思わなかった。ま、    
情報が少なかったから仕方ないけど……。力はあっても人間に    
危害は加えないタイプみたいね。
 薫のような吸血鬼ハンターが狩るのは、人間を殺害する吸血    
鬼だけだった。力が強い吸血鬼ほど人には手を出さなくなるた    
め、ハンターが相手することはほとんど無い。
 <日本で一番強い>と言われる黒羽がハンターたちの標的に    
なったのは、<鮮血の夜明け>事件……数百人が犠牲になった    
大量殺人事件を起こしたからだった。
 黒羽様が例外なのね。今まで何の動きも無かったのに突然あ    
んな無残な事件を起こしたんだから。普段はあんな顔してるけ    
ど、本心は分からないわね。
 改めて考えながら、通常の家の数倍の広さがあるキッチンに    
足を踏み入れる。
 そこではさっき玄関ホールで別れた寺尾が慣れた手つきで紅    
茶を淹れていたが、その隣ではメイド服姿の少女が親しげに話    
をしていた。
 長い髪の一部をお下げにして、ごく大人しそうな雰囲気を漂    
わせているのが印象的だった。
「薫さん、お茶が入りました。持って行ってくれませんか?」    
「はい。えっと、隣にいるのは?」
「沙耶様の従者である鳴海玲さんですよ」
「初めまして。沙耶様の従者を務めさせてもらっている鳴海で    
 す。従者同士、これからもよろしく」
 薫の視線に気付いて、少女は深々と頭を下げた。反射的に薫    
もお辞儀をしたが、少女にしてはやや低い声を聞いて、薫はす    
ぐにその<正体>に気づく。
「あの、もしかして玲さんって……男の、人?」
「こんな格好をしてるけどね。沙耶様の趣味なんだ。あ、僕の    
 趣味は普通だよ。こう見えても」
 少女の姿をした少年は、どこか恥ずかしそうだった。あまり    
に自然な動作だったので、声を聞かなければ<可憐な美少女>    
で十分に通りそうだった。
「この姿のことは気にしないで欲しいな。沙耶様の命令でこう    
 してるだけだから。……似合う?」
「すぐには気付かなかった。とっても自然だから……って、褒    
 めていいの?」
「大丈夫。そう言われると嬉しいからね」
 言い切って、玲は笑った。まるで人懐っこい仔犬のような表    
情に、薫は親近感がわくのを感じる。
 男の子だけど、とっても話しやすいかも……。外見はほとん    
ど女の子だし。
「薫さん、お茶を持っていかないと黒羽様に怒られますよ」
「……あ。あっと、とりあえず……」
「後でゆっくり話をしようよ。寺尾さんに言えばいい?」
「うん、そうして。今日はずっと仕事だけど」
 玲の問いかけに、薫はごく自然に答えた。会ってごくわずか    
だったが、友達になりたくて仕方なかった。
 男の子なのに女の子みたい……。でも、どっちでもいいか。    
本人は気にしてないみたいだし。
 淹れたての紅茶のカップをトレーに載せて、メイドの少女は    
そんなことを考えているのだった。