第1話―(4) 果てしなき破壊の宴

 仕掛けたのは、黒羽の方からだった。長い髪をふわりと揺ら    
し、大通りの車を簡単に蹴散らしながら吸血鬼ハンターの少女    
に向かって突進する。
「えっ……あっ!」
 自分の生まれ育った街を破壊しながら戦うことが出来ない少    
女は完全に不意を突かれた形となった。何もできないまま両肩    
を掴まれると、力任せに押し倒されたからだった。赤いスカー    
トに包まれたヒップが通りに面したビルを直撃し、ガラスを粉    
々に砕く。慌てて伸ばした腕は周囲の建物をまとめて巻き込ん    
でしまい、薫の心に本能的な恐怖と罪悪感の二重奏を奏でさせ    
る。
「そんな……ありえない……」
 薫の唇をついたのは、目の前の光景を否定するかのような言    
葉だけだった。
 派手に舞い上がった埃が消えた時には、身長五十メートル近    
くに巨大化した薫は背中や腕で複数のビルを破壊して大通りに    
転ばされていた。道路上にあったはずの車は全て潰れてスクラ    
ップと化しており、背中や足を動かすだけでその残骸を肌に感    
じる程だった。
「いいわね。凄くいい姿ね、藤間薫。吸血鬼ハンターとしての    
 姿のまま街を壊してしまった感想はどうかしら?」
「わたしが……壊してしまった?」
「そうよ。今の貴方は三十倍に巨大化して、街のど真ん中にい    
 るんだから。転んだりしたら大被害が生じるわ」
「で、でもここは箱庭の中では……」
 ゆっくりと右手を動かし、折れた電柱を電線ごと払いのけな    
がら薫は反論した。スカートの下で何かが潰れているのは分か    
っていたが、それが何なのか分かりたくなかった。
「そうよ。ここは私が作った箱庭の中。でも、この架空の街が    
 現実とリンクしている可能性は考えないのかしら?」
「どういう、意味……?」
「ここまで言ってまだ分からない? もしここで大暴れして建    
 物とかを破壊したら、現実世界の建物も破壊されるかもしれ    
 ないってこと」
「そ、そんなはずあるわけないじゃない!」
「だったら証拠はあるのかしら? 証拠は。さぞかし、完璧な    
 証拠があるんでしょうね。そこまで言うなら」
 黒羽の言葉には毒が大量に含まれていた。それに侵されて、    
薫はその場から動くことすらできなくなる。
 そんなはずないわ。幾らなんでもそんな恐ろしい能力があっ    
たら情報が上がってきているはず。でも……今まで隠してたら    
分かるはずなんかない……。
 考えれば考える程、思考は混乱していく。本能は黒羽が嘘を    
ついていると告げていたが、その本能だけで動くにはあまりに    
も危険が大き過ぎた。
「貴方の今の状態、言葉にしたらこんな感じね。<下手の考え    
 休むに似たり>。そんなレベルでよくこの私に挑んできたわ    
 ね」
「くっ……。言わせておけば……」
「その瞳、あまり妹さんには似てないわね。姉妹なのに外見も    
 能力も性格も似てないなんてちょっと珍しいわね」
「誰のせいで響は……!」
「もちろん、私のせいに決まってるじゃない」
 まるで歌うかのように黒羽は答えると、戦場となっている大    
通りにさらに足跡を残しながら歩み寄ってきた。身体だけ起こ    
していた薫は慌てて逃れようとしたが、これ以上自分で建物を    
壊す可能性があることに気付いて動きが止まる。
 それを見たのか、黒羽は悪意に満ちた笑みを浮かべると、無    
造作に車を壊しながら薫の目の前で膝をついた。右手で薫の顎    
の下にそっと触れる。
「な、何を……」
「貴方は地味な雰囲気のわりに可愛い顔をしてるわね。しかも    
 とっても綺麗な黒髪と瞳。今どき珍しいわね」
 身体が、動かない……! 今なら、この距離なら絶好の機会    
だっていうのに……。
 獲物を目の前にしながら、腰にさしたままの刀に手を伸ばす    
ことができず、薫はさらに焦った。
 何もかもがおかしかった。この<箱庭>世界の中に落とされ    
た時からずっと……。
「だからこんなこともしたくなるのよね。……さあ、自分の生    
 まれ育った街を思い切り壊してしまいなさい!」
 黒羽の目が細められた瞬間、吸血鬼ハンターの少女の巨体は    
宙に浮いた。顎の下にあった右手が、着物の合わせ目を掴んだ    
と認識した時には遅かった。何もできないまま、力任せに地面    
に叩きつけられたからだった。
 背中で複数のビルを破壊し、スカートから伸びる足で大通り    
の車をめちゃめちゃにしながらも、薫は無意識の内に受け身を    
取ろうとしたが、その手はさらになる破壊を生み出しただけに    
終わる。
「いい光景ね。本当にいい光景。可愛い衣装に身を包んだ吸血    
 鬼ハンターが何もできずに街を壊しまくってしまうなんて。    
 気分はどう? 情けない怪獣さん」
 背中で交差点に面した建物を壊していた薫だったが、意識が    
混乱しているのか返事は無かった。白いスパッツからむき出し    
になった足は大きく開かれたまま道路上に投げ出され、その下    
では潰れた車が黒煙を吹き上げていたが、熱さを感じている様    
子ではなかった。
「でも、このままでは面白くないわね。もっと戦ってみたいの    
 に。この箱庭の中で貴方と……」
 見えない観客を相手に、吸血鬼の少女が一人芝居を演じてい    
る間に、ようやく意識を取り戻した薫はゆっくりと立ち上がっ    
た。腰に差した刀が無事なのを確かめて安堵の表情を浮かべた    
が、周囲の惨状に気づくなり顔を青ざめさせる。
「自分の身体で街を壊してしまった感想はどう?」
「そ、そんなこと言えるわけ……」
「言いたいんじゃないの? 本当は。貴方はその外見からは想    
 像もつかない程の破壊衝動を秘めてるんだから。もっと楽し    
 みたい……」
 黒羽の揶揄の言葉は途中で途切れた。突然、薫が刀を抜いて    
逆襲に転じたからだった。しかし、それを予想していた黒羽は    
あっさりと回避する。
 目的を見失った吸血鬼ハンターの少女は、巨大なブーツでア    
スファルトを陥没させながら踏み留まったが、もはや車を巻き    
込まずに戦うのは不可能だった。
「あら恐いわね。本気で怒るなんて」
「怒ってなんかいないわ。わたしは吸血鬼ハンター。生命に代    
 えてお前を倒してみせる!」
「いい心構えね。ようやくこの街を戦場にする決意がついたの    
 ね。だったら私も受けてあげる。一つだけ言っておくけど、    
 私を殺さない限り、この空間からは出られないわ」
「そして、響にかけられた呪いも解けない、というわけね」
「そういうこと。ま、せいぜい頑張ることね」
 そう言いながら、黒羽は長い髪をふわりとなびかせながらモ    
デルのように軽くポーズを決めた。それに対して薫は抜き払っ    
た刀を構えたが、心の中ではなおも嵐が渦巻いていた。
 本当に、この街を壊してしまってもいいの? もし黒羽の言    
う通りだとしたら大変な被害が出るのに。でも……。
 目だけをわずかに動かし、周囲の状態を確かめる。都心に通    
じる私鉄線のターミナル駅を中心に発展した駅前地区は、巨大    
化した薫によって四分の一がただの瓦礫と化していた。その中    
には、妹と共に買い物を楽しんだりした店も含まれていた。
 ……仕方ないじゃない。こうでもしなければ動けないんだか    
ら。こうなったら極力戦場を広げないようにしないと。
 短くとも深刻な迷いの末に、薫は一番都合のいい結論を出し    
た。なんのことはない。これ以上壊さないように戦えば問題な    
いはずだった
 わたしには黒羽を一撃で討ち取る武器もあるんだから。隙さ    
え突ければなんとかなるはず。
 黒羽が動かないのを確かめながら、抜き払っていた刀を鞘に    
戻す。居合い斬りならば、妹の響にも負けない自信があった。    
 瓦礫を巨大なブーツで踏みしめ、自然体に構えて正面に立つ    
少女吸血鬼を見据える。
一方的にやられてばかりいるわけにはいかなかった。

 最初に仕掛けたのは、黒羽の方だった。
 下ろしただけの黒髪を大きく翻し、やや体を低くして突進し    
てくる。足元の道路は陥没して大穴が空き、巻き込まれた車が    
爆発したりスクラップになったが、薫はようやく冷静さを取り    
戻していた。
 疾い……。でもこれなら勝てる!
 刀の柄に手をかけると、全神経を集中させる。襲い掛かって    
くる瞬間を狙って、対吸血鬼用に鍛えられた刀を抜き払って斬    
りつければさすがの黒羽でも無事では済まない。そう判断して    
いた。
 あと一完歩まで迫った瞬間。
 黒羽が右に変化した。立ち並ぶビルをブーツの底で蹴りつけ    
て盛大に壊すと、そこを足場に斜め前から飛びかかってくる。    
 しかし、薫はそれすらも読んでいた。
「はっ!」
 裂帛の気合と共に、刀が鞘から抜かれた。人間とは思えない    
程の疾さで、黒羽の巨体を横薙ぎに払う。確かな手応えを感じ    
取り、薫はわずかに笑みを浮かべたが……。
 余裕はすぐに焦りに転じた。
 白刃によって腹部を両断されたはずの黒羽の姿が視野から消    
えたかと思うと、その後ろから崩壊していくデパートが姿を現    
したからだった。ナイフを入れられたケーキのように真横に両    
断されて。
「えっ……まさか……」
 自分の刀が、よく買い物に行っていた駅前のデパートを両断    
したと気づいた途端、今までの何倍もの罪悪感が襲ってきた。    
 慌てて刀を収めたものの、崩壊した建物は商店街のアーケー    
ドを押し潰して派手に埃を巻き上げる。
 被害を広げずに戦うという思惑は、最初の一撃だけで砕かれ    
た。
「そんな……」
 その時、薫は吸血鬼ハンターではなく、ただの高校生に戻っ    
ていた。周囲を全く警戒せずに呆然としていたのだが……。
「甘いわね!」
 上から黒羽の声が聞こえた瞬間、ようやく自覚が戻った。気    
配を感じて、多少の被害は覚悟の上で前に転がったが、無駄な    
努力に終わった。
「くっ……」
 背骨が折れるかのような痛撃が、三十倍サイズに巨大化した    
身体を襲った。幻影を残して宙に舞った黒羽が降下しながら、    
得意のキックを放ったのだった。受け身も取れないまま、薫は    
自分が壊したデパートを抱きかかえるようにして転がる。
 綺麗な衣装に包まれた全身が周囲に立ち並ぶ建物をまとめて    
薙ぎ払い、駅前の商業地区を半壊状態に追い込む。
「あーあ。めちゃめちゃにしてるわね。あんたが住んでる街な    
 のに自分で壊してしまうなんて」
 わざわざ壊していない地区に着地して、黒羽は愉悦に満ちた    
笑みを浮かべた。
「そんな貴方にはお仕置きが必要なようね。こーやって!」
 足元の建物をブーツに包まれた足で壊しながら、黒羽は目に    
ついた建物……電話局に襲いかかった。右腕だけで建物を破壊    
すると、屋上にあった大型のアンテナを引き抜いて両手で持っ    
てみせる。
「さあ、私に逆らったことを後悔しなさい! たかが人間の分    
 際で!」
 吸血鬼の新たな宣言を、薫はぼんやりとした意識の中で聞い    
た。蹴られた背中が痛み、骨が折れたのではないかと危惧した    
が、全身に力を込めると身体を起こすことができた。
 駄目……。このままでは。駅前が、もうめちゃめちゃ……。    
もし現実とリンクしてたら今頃どうなってるか……。
 優秀な吸血鬼ハンターだった妹の響が負けた理由が今になっ    
て分かった。もし、同じ罠に落ちたら……。
 不意に、肩に強い痛みを感じた。目の前に白と赤の棒が複数    
飛び散り、瓦礫の上に落ちていく。
「そんなにお仕置きされたいの? 嬉しいわね。貴方は可愛い    
 から苛めがいがあるわ!」
 新たな攻撃は、黒羽が振り下ろした電話局の鉄塔によるもの    
だった。飛び散ったのが鉄塔を構成していた鉄骨だと理解した    
途端、薫は自分が巨大化していることを改めて認識する。
 やりたい放題ね。でも、負けたりしない! この身体が動く    
限りは……!
再び振り下ろされた鉄塔を、薫は後先考えない前転で回避し    
た。無傷だった建物が巻き込まれて崩壊していったが、構った    
りしない。駅前全てを犠牲にしてでも黒羽を仕留めよう。そう    
決意したからだった。
「とうとう自分で建物を壊し始めたわね。楽しいでしょう?     
 無敵の怪獣みたいで」
「そんなわけ……ないっ!」
 ようやく背中の痛みが弱くなってきた。しかし、薫はそれを    
相手に悟られぬようにしながら、ゆっくりと立ち上がる。ブー    
ツに包まれた足で商店街の廃墟を踏みつけながら身構える。
「その瞳……いいわね。諦めを知らない愚か者の瞳。とっても    
 好きよ、そういうのは!」
 原型を失いつつある鉄塔を両手で持って、再び黒羽が襲いか    
かってきた。また動きに変化があると警戒した薫だったが、今    
度の攻撃は真正面からだった。
 振り下ろされた鉄塔を左腕でガードしながら、がら空きにな    
った腹部に膝蹴りを叩き込む。巨大吸血鬼が驚いた表情を浮か    
べたのを見逃さず、すかさず右手で鉄塔を掴む。
「あっ!」
「これさえ奪ってしまえば勝ち!」
 油断したのか、黒羽は簡単に鉄塔を奪われてしまった。二人    
の身長の半分近くはある鉄骨製の塔は、吸血鬼ハンターの少女    
の手に渡り、今度は吸血鬼に対する武器となる。
 最初に、横払いで顔を殴りつける。派手に鉄骨が散らばり、    
塔の大きさが半分になったが、薫はブラウスに包まれたみぞお    
ち付近に塔の残りを突き刺した。フリルのついた瀟洒なブラウ    
スが破れ、皮膚に浅い傷が生じる。
「よくも……餌の分際で!」
 黒羽の色白な肌が、屈辱で赤く染まった。
 プライドの塊である吸血鬼は些細でも傷付けられると我を失    
うことがある。そうなると、攻撃パターンは単調になる。
 薫の狙いは見事に当たった。
 一度距離を取り直した黒羽だったが、今度は真正面から狙っ    
てきたからだった。それに対して薫は、塔の残りを投げ捨てる    
と、蹴りからのコンビネーションで反撃した。刀は帯に差して    
いたが、下手に抜くと相手に冷静さを取り戻させる危険がある    
と判断したからだった。
 その狙いは、当たった。
 薫のキックやパンチをまともに受け止めて、黒羽はよろけな    
がら駅の方へと後退していったからだった。通りの車は巻き込    
まれて潰れていったが、薫もまた建物を盛大に破壊しながら追    
い打ちをかける。相手の構えにわずかな隙を見つけると、姿勢    
を低くしてタックルをぶちかましたからだった。
「うっ……!」
 相手にダメージが浸透しているのを、薫は黒羽の表情で悟っ    
た。それでも駅前のロータリーや建物を蹴散らしながら、細か    
い攻撃でダメージを蓄積させていく。
「人間の……人間の分際でよくも……!」
 黒羽の唇から、恨みに満ちた言葉が紡がれる。その瞳には暗    
い炎が燃え盛っていたが、薫は恐怖を感じなかった。
 それどころか、相手が怯まないのを見ると一気に間合いを詰    
めて右足を掴んだからだった。力を込め、一気に持ち上げる。    
 ひざ上までのスカートがまくれて、その奥があらわになる。    
「あっ……!」
「吸血鬼のくせにいい下着を身に着けてるわね」
「ば、馬鹿にした……あっ!」
 吸血鬼ハンターに下着まで見られて、黒羽の理性は半分吹き    
飛んだようだった。ただをこねる子供のように身体をよじりな    
がら薫から逃れようとしたが、無駄な努力に終わった。そのま    
ま、背中からまだ無傷だったターミナル駅に叩きつけられたか    
らだった。
 停まっていた列車がまとめて破壊され、大型の駅ビルも埃を    
巻き上げて崩壊していく。それでも薫は邪魔な建物を蹴りだけ    
で壊しながら、足を踏み入れる。
 そこからは薫の独壇場だった。
 壊された電車を鞭のように振り回して叩きつける。
 駅ビルの一部を引きぬいてぶつける。
 挙げ句の果てには、崩壊した駅の反対側目掛けて思い切り投    
げ飛ばし、ビルに叩きつけるとすかさず豪快なタックルを食ら    
わせて周囲の建物ごと壊滅させる。
 いつの間にか、私鉄駅とその周囲はほぼ完全に壊滅し、所々    
から黒煙が吹き上がるようになっていたが、そんな凄惨な光景    
を前景として、少女吸血鬼は高層ビルに磔にされていた。
「これで少しは懲りたかしら? 吸血鬼の烏丸黒羽さん!」
 破壊したばかりの建物を踏みつけて、薫は無邪気に笑って言    
い切った。
「でも思ったより派手に壊してしまったわね。面白かった……    
 ってそれどころじゃない!」
一瞬、心の奥に隠しておいた本音が漏れてしまったので、薫    
は慌てて腰に差し刀に手をかけた。黒羽が動けないでいる内に    
倒してしおうと思ったのだが……。
右手は空を切っただけだった。
「えっ……」
 背中を冷たいものが流れるのを感じながら、ゆっくりと目線    
を落とす。愛用の刀はそこに無かった。
「愚かね。本当に、どうにもならない程愚かな生き物ね! 人    
 間っていうのは」
 背中から高層ビルに叩きつけられ、気を失っているように見    
えた黒羽が目を開いた。万物を呪うかのような微笑を浮かべな    
がら自分の背丈より大きなビルから背中を引き抜き、崩壊させ    
ながら薫の胸ぐらを掴む。
「この私が、烏丸家の当主でもある私が隙を見せると思ったの    
 かしら? だとしたらおめでたくて涙が出るわ」
「ま、まさか……」
「絶望は、一度浮かれてからの方が何倍も深いのよ。しかも、    
 命の次に大事な武器をどこにやっちゃったとなるとさらに増    
 幅されるわね。吸血鬼ハンターの藤間薫さん!」
「……」
「ついでに言うと、貴方の破壊ぶりも堪能させてもらったわ。    
 おとなしい顔をしてるのに本当にえげつないのね。どう見て    
 も街を壊したくて仕方ないようにしか見えなかったわ」
「ち、違うわ。わたしは……」
「あら、いいのよ。貴方みたいに清楚で綺麗な顔をした少女が    
 怪獣になるなんて夢の様な光景だったから。だから……」
 黒羽の顔に無邪気としか表現の仕様がない笑みが浮かんだ。    
 しかし、瞳の奥に光は浮かんでいなかった。
「絶対に殺したりしない!」
胸ぐらをつかんだ右腕に力を込めただけで、薫は無傷の地区を    
盛大に破壊しながら投げ飛ばされた。意識が遠くなりかけたが    
辛うじて踏み留まる。
 そんな……。武器なしで勝てる相手じゃないのに……。それ    
に、殺さないっていったい……。
 綺麗な衣装の下で無数の建物を瓦礫にしたまま、薫は物のよ    
うに転がっていた。余裕からか、黒羽は第二撃を仕掛けてくる    
様子はない。
 しかも、わたしが街を破壊するのを<楽しんでいた>のまで    
見抜かれるなんて……。でも、どうしても衝動を止められなか    
った。……こうなったら……。
 決意を固めるのと同時に、痛みが弱くなったのを感じた。吸    
血鬼ハンターはたとえ相手と刺し違えてでも吸血鬼を倒さなく    
てはならない。妹の為にも、遠慮はしていられなかった。
 しかし、その決意に邪なものが混じりつつあることに、薫自    
身気づいていなかったのだった。