吹奏楽部部長の象徴である指揮棒を片手に、ブレザー制服姿の夏美は町の中心部に通じる歩いていた。
……といっても、身長は100メートル近くになっているので、巨大な足は容赦なく足元の車を蹴散らし、
道路に巨大な穴を形作っていた。
「やっぱりここしかないわね、練習場所」
立ち止まって、小さな溜息をつく。巨大な制服少女の目の前には、海に面した大型の街が広がっていた。人
の気配が無いのが不思議だったが、亜美は躊躇い一つ無く決断する。
「みんな、聞いて。ここで練習するしかないからすぐに<片づけて>。簡単でしょう?」
「え?いいんですか……? そこって……普通の街じゃないですか?」
素朴な疑問を投げかけたのは、吹奏楽部で一番小柄な真紀だった。普段の身長は145センチしかなく、長
い髪をツインテールにしてリボンで結んでいるので、どう見ても中学生にしか見えない女の子である。しか
し、今は巨大化しているので、パンプスに包まれた足で住宅を二棟踏み潰していた。
「だってここを片づけないと全員配置できないでしょう?」
「面白そうじゃない。あたしは賛成」
少年のように笑って答えたのは、美汐(みしお)だった。短くした髪がよく似合う少女で、吹奏楽部で一番
強気な性格だった。
「あたし、こー見えても強いんだ。空手もやってるしさ」
「美汐が暴れたら何も残らなそうね」
ぽつりとつぶやいたのは鏡子だった。普段でも身長171センチの長身で、正面を姫カットにして漆黒のス
トレートヘアをさらりと流している。少しばかり強気そうな面立ちだったが、弱いものいじめ(特に真紀に
対するいじめ)を絶対に許さない、優しく強い心を持つ少女である。
「だからいいんじゃない。さ、みんなでやればすぐに片づくって」
「部長命令では仕方ないわね。ま、時間も惜しいし頑張るわ」
「鏡子ちゃん、いいの?」
「大丈夫。なんなら真紀はわたしと組む?」
まるで小動物のように、真紀は頷いた。そんな仕種が可愛い上に真面目な性格なので、鏡子は自分より26
センチも小さな同級生をよくフォローするのだった。
「じゃ、みんな頑張って。私は見学してるから」
「亜美、あんたもやりなさいよ。言い出しっぺなんだから」
「まるで鏡子が部長みたい。立候補すればよかったのに」
「あんたがやりたそうだったから譲ってあげたのにその言い方は無いんじゃないの?」
言葉は厳しかったが、鏡子は笑っていた。元々、率直に物を言い合える仲なのだ。そうでなければ、何も言
わないでいただろう。
「じゃ、街破壊大作戦……じゃなかった、練習場所確保作戦開始!」
ちらりと洩れた本音と同時に、巨大少女吹奏楽部員たちによる都市壊滅は幕を上げたのだった。

最初に攻撃に出たのは、やはりというべきか美汐だった。亜美が動くよりも早く、自分の担当する楽器をそ
の場に置いて、走り出したからである。道路から完全に外れた為に、住宅などが簡単に踏み潰され、高圧電
線がゴールテープのように断ち切られて火花を散らす。
「あ、一応言っとくけど、爆発とかもまったく平気だし、痛みとかも感じないからね」
「分かってる! それっ!」
ちっとも分かっているとは思えない返事と同時に、かなり大型のタワーマンションが見汐の蹴りによって、
真っ二つになった。落下した上部が轟音と共に落下し、周囲の住宅などに多大な被害を与える。
「まったく、美汐ったら容赦しないんだから」
口ではそう言いながらも、亜美もまた好き勝手に暴れ始めた。車などを全て蹴散らしながら歩くと、開発さ
れたばかりらしいマンションが建ち並ぶ地区に侵入したからである。
「もう、こーいうのがあると練習にならないのよね」
わざとらしく言いながら、手にしたままだった指揮棒を振るう。特別な丈夫さを誇る<武器>によって、標
的にされたマンションは大穴を開けられ、ついにはそこから崩壊してしまう。それでも亜美は、その瓦礫を
踏み潰しながら根元を蹴飛ばしたので、マンションは派手に埃を巻き上げながら崩壊する。それでも物足り
なかったので、亜美は指揮棒を剣のように自在に振り回しながら完成したばかりのマンション街をただの瓦
礫の山に変えてしまった。
「どう? 私の破壊力……って、みんなも酷いわね」
自分で命じておいて、亜美は呆れたようにつぶやいた。
お洒落なブレザー制服に身を包んだ吹奏楽部の部員たちはそれこそ勝手に暴れ回っていたからである。
既に壊した建物を持ち上げ、立体交差になった道路に叩きつけて車ごと壊滅させる。
川に架かる橋を片っ端から壊して回り、周囲は壊したばかりの橋で瓦礫にする。
線路上にある電車は、お約束のように持ち上げられてねじ曲げられたり、投げつけられたりする。
普段の姿からは想像もつかない程の暴れ方だった。
「ストレス溜まってるんじゃなの? みんなしてさ」
美汐が歩み寄ってきてあけすけに言う。
「練習の鬼みたいな横暴な部長なんかに付き合ってられないって感じだからさ」
「あんた誰に向かって言ってるの?」
「その部長本人に決まって……うわっ、指揮棒を人に向けるな!」
「そう言いながら逃げるなんて卑怯じゃないの!?」
吹奏楽部名物<亜美と美汐の追いかけっこ>が巨大化したまま始まったのはその時だった。いつもなら部室
内を走り回るだけなのだが、今回の舞台はれっきとした街の中である。二人の巨大制服少女が走る事によっ
て、さらに瓦礫が増えていく。
「まったく、馬鹿みたいね。二人とも」
腕組みをして、小さく溜息をついたのは吹奏楽部一の長身少女・鏡子だった。足元では壊したばかりの工場
のプラントを踏みつけて、一部を炎上させていた。
「でも楽しそうですね。二人とも」
無邪気に笑って、真紀が答える。可愛らしい笑顔だったが、手にはガスタンクを持ち上げている。吹奏楽部
で一番小さな少女だったが、片づけという名の破壊行為を存分に楽しんでいた。
「ほんとね。……ちょっと羨ましい」
「え?」
「あ、冗談よ。じょーだん。さあ、みんなに負けないように片付けするわよ!」
その場を誤魔化すように、真紀の小さな背中を叩いた鏡子だったが、その後の災厄までは予想できなかった
。びっくりした真紀が前のめりになってさらに工場を壊してしまった挙げ句、手にしていたガスタンクを落
としてしまったからである。その瞬間に起きたのは……今までの中で最大の爆発と炎上だった。
「あっ……。真紀!」
自分の行動が原因なので、さすがの鏡子も慌てた。暴れ回る炎と黒煙を手だけでかき分け、邪魔な建物を足
だけで破壊して駆け寄ったが……。
「うー……。鏡子ちゃん、痛い……」
当の真紀は爆発の中心で呆然と突っ立っていた。まったく影響を受けていなかったのは幸いだったが、まる
でギャグマンガの一場面だった。
「大丈夫!?」
「鏡子ちゃんに叩かれたとこは痛い……」
「……え? もう、亜美の嘘つき。痛みは感じてるじゃない!」
「壊す時には痛みを感じないって意味で言ったのに……あっ!」
一瞬だけ、親友の同級生に気を取られた事によって、二人の少女の追いかけっこは終わった。完全には壊せ
なかった建物につまずいた亜美は両手を前にして豪快に転んだからである。その先にあったのは……電車が
密集する車両ヤードだった。
次の瞬間、一度に10編成ほどの電車が巨大化した亜美の全体重を受け止めて破壊された。当の亜美は痛み
も罪悪感も無かったが、急には止まれなかった美汐が転んだので、さらに事態は悲惨になった。何とか立ち
上がろうとした亜美の背中に寄りかかるように倒れてしまったので、二人で車両ヤードを壊滅させた挙げ句
、その近くにあった大きな駅すらも完全に巻き込んでしまったからである。
色々な物が同時に破壊される音が周囲を支配し、破壊活動という名目で片付けをしていた部員たちもびっく
りしてその方向を見る。
「あーあ……」
舞い上がっていた埃が消えるのと同時に、鏡子は呆れきったように声を上げた。
制服姿のまま巨大化した二人の少女は、高架線もある駅を真っ二つにして、倒れていたからである。
「なにしてんのよ、もう。真紀、助けに行くわよ」
「あっ、はい!」
「ったく、亜美ったらドジなんだから」
<周囲の人間にドジな事をさせる>自分の性格にまったく気づかないまま、鏡子は長い髪をふわりと揺らし
ながら駆け寄った。もちろん、目的地までは一直線なので、立ち塞がる無傷の建物は全て壊しながら進む。
その後ろから続く真紀は多少は遠慮しているようだったが、どうやっても壊さないと前に進めないので開き
直っているようにも見えた。
「美汐……。重い……」
「あたしは軽い方よ、ばか。本当に重いのはやたらでかくて胸にも重りを二つ着けてる鏡子……痛いッ!」
「部で一番の巨乳で悪かったわね、美汐さん。肩は凝るし、ブラを探すのも大変だし、服だって簡単には見
つからないんだから」
「鏡子ちゃん……羨ましい……」
「あ、めんごめんご。別に真紀に対する当てこすりじゃないんだから! 真紀は可愛いじゃない!」
「うー……」
外見どころか性格までいささか子供じみているので、真紀はすっかり拗ねてしまった。その結果は……新た
な破壊活動だった。
既に半壊している大きな駅に対して、容赦しない攻撃を繰り出していったからである。小柄な巨大少女が手
や足を動かすたびに、駅は原形を失っていく。
「部で怒らせたら一番恐いのは鏡子だと思ってたけど……」
ようやく美汐がどいたので、駅の瓦礫の上に体を起こした亜美が、妙に感慨深い声で言った。
「もしかすると、真紀かもしれないわねえ……」
「そうかも。……あ、駅前壊滅しちゃった。真紀って凄い」
「でも、本人は楽しそうに見えるのはわたしの気のせい?」
「「そうじゃないと思う」」
亜美と美汐の返事は見事に重なった。お互い、きょとんとして顔を見合わせていたが、やがて大笑いする。
「さてと、部長の私が率先しないと示しがつかないわね。美汐、手伝って」
「合点だぜ、親分!」
「誰が親分よ」
そんな会話を交わしながらも、亜美たちも破壊活動を再開した。それを見て、鏡子も口許に自信に満ちた笑
みを浮かべると、真紀と合流して遊園地を壊し始める。
……。
こうして、30分もしないうちに。
吹奏楽部は壊滅し、瓦礫となった街を練習場所とする事が出来たのだった。

「……これで練習場所には困らないわねえ」
「亜美、起きて。こんなに狭い部室じゃ練習できないから場所探しに行くわよ」
「破壊活動も楽しいけど、やっぱり演奏は楽しいわね……」
「何か変な寝言言ってますけど……?」
「亜美が変なのはいつもの事だけどね。……鏡子、あたしたちだけで探そうか?」
「そうね。寝てるのを起こすのも気の毒だし」
部室の古い机に突っ伏したまま寝ている部長の亜美を放って、吹奏楽部の中核メンバーで、大の仲良しグル
ープでもある美汐・鏡子・真紀はそっと部室を出て行った。
部員たちが揃うまでに練習場所を探しておかなければならないからだったが……。
「この吹奏楽部は街破壊部にしてもいいかもね〜」
亜美の寝言は続いていた。
その手には部長の象徴である指揮棒が握られたままだったが、なぜか色々な汚れが付着している事には誰も
気づいていなかったのだった。