「知事! X市の沖合に怪獣が出現したそうです!」
県庁内の一角に設けられた怪獣災害対策本部にオペレーターを務め
る職員の声が響き渡った瞬間、知事は思わず顔をしかめた。
しかし、それも一瞬の事で、すぐに指示を出す。
「該当地区の住民に避難命令! <魔女>たちに出動命令!」
「また<魔女>ですか……」
<あんたはそれしか言えないのか>と言わんばかりの顔で副知事が
横から口を挟む。
「何だね? 文句があるのかね?」
「いえ、ありません」
「<魔女>以外の連中に怪獣退治が出来るなら是非教えてもらいた
いものだ」
「だから無いと言ってるんですよ! 防衛隊も在日米軍も国連軍も
勝てないのに<魔女>なら勝てるなんて……馬鹿くさくてやってら
れませんよ」
「これが現実だよ、現実。<魔女>なら間違いなく怪獣を退治して
平和にしてくれる」
「代償は大きいんですけどねえ」
「放っておけば市ばかりか県が壊滅するんだからな……」
二つの大きな溜息が重なった。
言うまでもなく、県知事と副知事が同時に発したものだった。

「お姉ちゃん、お姉ちゃん。今日の遊び場はここ?」
工場の建ち並ぶ地区まで来て、麻美は問いかけた。やや長めの髪を
ツインテールにしてリボンで束ねていて、年齢の割には少し幼く見
える。小柄で可愛らしい顔だちもあって、どう見ても中学生には見
えなかった。
「遊び場じゃないの。わたしたちは怪獣と戦うの。分かってるの?

思わずたしなめたのは姉の留衣だった。ストレートヘアがよく似合
う整った顔だちの少女なので、妹の麻美とは反対に、いつも少し年
上に見られる。一見落ち着いた性格に見えるのだが……。
「ま、でも今回は遊びみたいなものね。相手の怪獣はサザエラス。
例の光線を浴びたサザエの怪獣よ」
「弱そうだね」
「だからちゃっちゃと倒すわよ。その後で幾らでも遊んでいいから

「うん。お姉ちゃん大好き」
「……抱きつかないでよ。これから巨大化変身するんだから」
留衣が言い切った瞬間、建物が破壊される轟音が耳に届いたかと思
うと、地面が大きく揺れた。ついに怪獣・サザエラスが上陸したら
しい。街を守る正義の魔女の出番だった。
「さあ、いくわよ!」
「うん! ……魔法の神様、麻美たちに力を! 変身!」
「同時に巨大化! 三十倍サイズ!」

港に面した工業地帯の一角、かなり大きな工場を前景にして二人の
巨大化少女が出現したのはその直後のことだった。
「あれがサザエラスね。あーあ。もうかなり壊しちゃってる……」

呆れたように留衣がつぶやいた。白いブラウスにフリルを飾った黒
のスカート、同じく黒のケープに三角帽子。古典的な魔女スタイル
だったが、白いソックスとパンプスに包まれた足は道路を陥没させ
ていた。
「ほんと。お仕置きしないと駄目だね」
すぐ隣に立つ麻美は姉とは対照的だった。まるでTVアニメから抜
け出してきたような現代的な魔女っ子コスチュームに身を包んでい
たからだったが、不思議と似合っていた。
「でも、いつも思うんだけど……どうして魔法少女なのに魔法使っ
ちゃ駄目なの?」
「当たり前じゃない。私たちが魔法を使ったら一発で壊滅するじゃ
ない。だから使用禁止と言われるんでしょう?」
「そうだったわね……。でも、壊す楽しみが無くなるから仕方ない
わね」
「そういうこと」
妹の不謹慎な発言を姉は咎めなかった。住民は全て避難してるし、
壊した街は魔法で元に戻せばいいのだ。
「さあ、始めるわよ。遠慮なんかしなくてもいいから!」
「もちろん! お姉ちゃんには負けないから! 今日は麻美がいっ
ぱい壊すんだから!」
その言葉が合図となった。留衣が返事するよりも早く、麻美は歩き
出したからだった。
最初に壊されたのは、目の前にあった工場だった。巨大化した魔法
少女が笑いながら、建物を蹴散らし始めたからだった。30倍に巨
大化しているので壊すのはあまりにも簡単だった。
「いきなり壊してるわね……」
「だって邪魔なんだもん」
「それもそうね。じゃ、私も♪」
麻美が目についた建物を屋根を引き剥がし、それを無傷の建物に叩
きつけたのを見て、留衣も怪獣退治という名の破壊活動を始めた。
敵であるサザエラスへの最短距離を通る為に、道路上の車を蹴散ら
して走り出したからだった。パンプスに包まれた足によって道路に
は足跡だけが残り、車はスクラップになって一部が爆発炎上する。

それでも留衣は、ふわりと黒いスカートを翻してジャンプした。
「サザエラス! 最初は私が相手するわよ!」
そう言いながら着地したのは……サザエラスが壊そうとしていたプ
ラント工場の敷地内だった。着地した衝撃によって地震が発生し、
周囲の建物が一部崩壊したが、その直後に発生したのは……化学プ
ラントが破壊された事による大爆発だった。
「うわっ! やり過ぎちゃった……」
どんな大爆発も平気な巨大魔法少女といえど、爆風には驚いたのか
思わずしりもちをついてしまう。スカートの下でさらに建物が破壊
されていったが、サザエラスはその隙を見逃さなかった。
サザエに複数の触手が加わったような不気味な怪獣は、いきなり留
衣の真上にのしかかったからである。
「えっ……? ち、ちょっと待って! どーしてこうなるの!」
盛大に建物を壊しながら転がった留衣だったが、触手に絡まれて身
動きがとれなくなっていた。
「まさか……今までとタイプが違う?」
「お姉ちゃん! 今助けるから!」
大好きな姉の危機に、工場を壊して遊んでいた麻美が加勢した。め
ちゃめちゃに踏み潰して止めを刺すと、戦場と化しているプラント
工場に足を踏み入れたからである。
「お姉ちゃんから離れて! スカートがまくれて恥ずかしいじゃな
い!」
「変な事言わないで! ちゃんとスパッツ穿いてるわよ!」
「どっちにしてもはしたないじゃない!」
息は合っているものの、珍妙なやりとりを繰り広げながら、現代的
な衣装を着た巨大魔法少女はサザエラスに拳を振り下ろしたり、キ
ックを食らわせる。しかし、びくともしない。
「武器がいるわね。あ、これがいいかも!」
爆発炎上したプラントをさらに蹴散らして、麻美はまだ壊していな
かった大きな煙突を片手だけで引き抜いた。それを手で持つと、何
度もサザエラスに叩きつける。効果があると思ったのだが……。
「あっ……麻美!」
留衣が警告した時には遅かった。麻美の身体に触手が巻きついたか
と思うと、そのまま投げ飛ばされてしまったからだった。その先に
あったのは……港に通じる貨物ヤードだったが、巨大化した少女が
転がってきてはひとたまりもなかった。
大量のコンテナが宙に舞って、お洒落な衣装の上に降りそそぐ。潰
されたタンクローリーが爆発して黒煙を吹き上げる。麻美の巨体に
よって貨物機関車や建物、レールや架線が全て破壊される。
悪夢のような大破壊だったが、全て一瞬の出来事だった。
「麻美! ええい! 邪魔!」
妹を気づかう姉の思いが、のしかかるサザエラスを弾き飛ばしたの
はその時だった。飛ばされた怪獣は港を破壊して転がったが、留衣
は構わずに貨物ヤードに足を踏み入れる。
「麻美! 大丈夫!?」
「お姉ちゃん……。うん、平気……」
「もう……許さないんだから!」
壊滅した貨物ヤードを足場に、黒と白の衣装でまとめた巨大魔法少
女は仁王立ちになった。ここまできたら、本気で戦うしかなかった

「たとえこの街を壊滅させても……倒してみせる!」
決意を固めると、まだ壊していない建物を蹴散らしながらサザエラ
スの方へと向かう。
まだ戦いは始まったばかりだった。

巨大化した魔法少女・留衣とサザエラスの勝負は、なかなか決着が
つかなかった。
サザエラスは想像していたよりもはるかに手強く、留衣は自分の考
えが甘かった事を認めなければならなかった。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
「何よ麻美。話しかけないで……よっ!」
触手を振りかざして突っ込んできた巨大サザエを正面から受け止め
てから、留衣は可愛い妹の為にわざわざ返事した。
「港とその周囲……めちゃめちゃ」
「仕方ないじゃない! こいつ強いんだから!」
平然と言い切ってから、留衣はサザエラスをまったく破壊されてい
ない地区の方へと投げ飛ばした。中層のビルや商業施設が建ち並ん
でいたが、サザエラスの直撃を受けて軒並み破壊されていく。
「お姉ちゃん……壊してばかりじゃない」
「人聞き悪い事言わないでよ。戦ってるから仕方ないじゃない」
「うん……。麻美も壊したい」
「それが本音なのね……。だったらサザエラス退治を手伝って!」

相変わらずずれた会話を交わしながらも、留衣は足元の瓦礫を派手
に蹴散らして歩き始めた。二人の巨大魔法少女たちの戦った一帯は
全て破壊されていたが、気にかけたりせずに新たな戦場へと足を踏
み入れる。
「しかし困ったわね……。全然弱らないじゃない」
「お姉ちゃん、もっと徹底的にやらないと駄目だよ。この街がめち
ゃめちゃになるぐらいに」
「麻美は壊したいだけでしょう?」
「だって……面白いじゃない」
怪獣退治の途中にもかかわらず、お洒落な衣装に身を包んだ巨大魔
法少女は街を壊していた。新たな戦場となった地区を踏み入れると
、邪魔な建物を片っ端から蹴散らしていたからである。
「そろそろ真面目にやって。本当は麻美の方が強いんだから」
「お姉ちゃんより強い妹っていうのも変なの」
「本当の事だから仕方……あーあ……」
留衣の言葉は途中で途切れた。いきなり、麻美が足元も気にせずに
走り出したかと思うと、ようやく動き始めたサザエラスに豪快な体
当たりを食らわせたからである。
しかし、相手が頑丈過ぎたのか、巨大化した少女は簡単にはね返さ
れて、まったく壊していなかった住宅街の上に派手に転がる。また
もや瓦礫が増えていき、一部が爆発炎上する。
それでも麻美は負けたりしなかった。近くに大型の電線塔があるの
を見つけると、それを引き抜いて武器にしたからである。壊したば
かりの住宅の上に膝をつき、構える。
「格好いいけど……街がめちゃめちゃだからシュールね」
「仕方ないじゃない。いくわよ!」
その後はどちらが怪獣か分からない程の乱戦となった。
麻美は電線塔どころか、線路から持ち上げた電車やビルすらも叩き
つけてサザエラスと戦い、相手もまたそれに応えるように周囲を次
々に巻き込みながら防戦したからである。
それでも戦いは終わらなかった。
魔法少女の可愛い衣装の下で、車がぎっしり停まった高速道路が潰
れて無残な姿をさらす。
触手に掴まれた挙げ句投げ飛ばされて、派手に転がりながら建ち並
ぶビルを一度に破壊する。
その後、お返しとばかりにガスタンクを叩きつけてまたもや爆発炎
上させる。
あまりに容赦しない猛攻を受けて、怪獣のサザエラスはようやく弱
ってきたが……。
「やっぱりこうなっちゃうのね。麻美が暴れたら何も残らないわね
……本当に」
呆れたように留衣が言ったのは、駅を中心とした町の中心部が戦場
と化してからしばらくしてからのことだった。そう言っている本人
もまた「足場を作る為に」建物を派手に壊していたのだが、妹の方
は高架線の駅を半壊に追い込みながら平然としていた。
「どう? 麻美って強い?」
「やり過ぎよ。でも、やっと弱ってきたわね」
にっこり笑って、留衣は瓦礫を蹴散らして歩き始めた。パンプスに
包まれた足で車を踏み潰し、周囲の建物は手で壊しながら妹の前に
立つ。
「そろそろ止めね。……準備いい?」
「もちろん。お姉ちゃん、お願い」
「麻美って……本当に可愛いのね」
そう言うのと同時に。留衣は妹の巨体をぎゅっと抱き寄せた。思わ
ず麻美は子猫のように甘えた声を上げ、腰から落ちるように高架駅
のまだ壊していない部分に座り込んでしまう。
「あっ……また壊しちゃった」
「いいじゃない。お姉ちゃんが許すから」
「うん……。ありがとね」
口ではそう言いながらも、可愛らしい魔法少女は駅をさらにめちゃ
めちゃにしながら横になっていた。その上に、正統派魔法少女の衣
装に身を包んだ姉が覆いかぶさる形になる。
お互い、衣装越しに相手の温もりを感じ取って、気持ちが……魔力
が高まっていく。
深い信頼で結ばれた実の姉妹だからこそ可能な究極の魔力増幅法…
…と言うと格好いいが、いちゃいちゃしながら街を壊しているよう
にしか見えなかった。
「駄目……もう、街が壊滅しちゃう……」
「いいじゃない。楽しそうだし」
「うん……」
いつの間にか、麻美は背中でビルを壊しながら留衣を受け止めてい
た。すっかり気持ちも魔力も高まっていて、ずっとこのままでいた
かったのだが……。
留衣の後ろに最後の力を振り絞ったサザエラスが近づいているのを
見ると、感情が爆発した。
「いいところを……邪魔しないで!」
その言葉がサザエラスにとっては死刑宣告となった。とっさに留衣
を突き飛ばした麻美の渾身の蹴りによって、ついに防御能力を失っ
たサザエラスは大爆発して……吹き飛んだからだった。
周囲の瓦礫がさらに巻き上がり、無事だった建物も盛大に破壊され
ていったが、麻美は満足そうな笑みを浮かべる。
これで怪獣退治は終わりだった。
「麻美……突き飛ばさないでよ」
「お姉ちゃん……ごめん。ねえ、もっと遊ばない?」
「いいわよ。怪獣退治も終わったからご褒美ね」
その後。
二人の巨大魔法少女は街が壊滅するまでいちゃついたり、自らの破
壊力を誇示したりして遊び尽くした。
ついでに言うと、一度完全に破壊された街は、すっかり満足した魔
法少女たちが魔法で元に戻したので、被害はゼロで済んだという。

……もっとも。
その翌週にまた別の巨大怪獣が現れたので、復元された街はまた、
巨大魔法少女たちの遊び場と化したのは言うまでもない。
こうして、歴史は繰り返す。何度でも……。