「……これは、どういう事なんでしょうか?」
辺りを見回して、水穂は呆然とした面持ちでつぶやいた。
いつものように教会の礼拝堂で一人朝の祈りをしていたはずなのに
も関わらず、見習いシスターの少女は気がつくと、身長100メー
トル以上になって町の中心部に立っていた。
丈夫なブーツはアスファルトを完全に陥没させ、周囲の建物はまる
でおもちゃのようにしか見えなかった。
「……。ちょっとだけ、不謹慎な事を考えたのが悪かったのでしょ
うか? とにかく大暴れしたい、なんて……。でも、意味がちょっ
と違います、神様」
そう言いながら水穂は自分の服装を確かめ直した。頭部にはベール
を被り、ほっそりとした体は濃紺と白のシスター服に包まれている
。それでも、スカートの丈がひざ下程度までなのは見習いなので、
やたら動き回る事が多いからだった。
「わたしはやたらうるさい先輩を懲らしめる機会を与えて下さいと
願っただけです。怪獣になっても……仕方ないじゃないですか」
それとも……。
神に仕えるシスターとは思えない程酷い願いをしたのだから罰を与
えられたのだろうか?
心の中で問いかけてみても答えは出てきそうに無かった。
「どうしたらいいのかしら……?」
巨大化したまま、ただ立ち尽くしているのだった。

水穂がその場から動く気になったのは、それからしばらくしてから
のことだった。
「とにかく……。出口を探さないと駄目ですね。きっと、どこかに
あるはずですから」
根拠もなく考えると、そのまま一歩を踏み出す。しかし……。
「あっ……」
気がついた時にはもう遅かった。ブーツに包まれた足が道路上に張
られた電線を断ち切ってしまったからだった。それに引っ張られる
ようにして電柱が倒れ、止まっていた車を潰してしまう。
「あっ、えっと……どうしたらいいのかしら……」
巨大化している事すらすっかり忘れていた水穂の行動は、最悪のも
のだった。
複数の車を巻き込み、周囲の建物すらも一部壊しながらその場に膝
をついてしまったからだった。自分のした事にも気づかないまま電
線や電柱を細い指で直そうとしたが、到底無理だった。
「どうしたら……あっ、わたし、こんなに壊してる……! 御免な
さい! 悪気は無かったんです!」
誰に謝っているのか分からないまま立ち上がろうとした水穂だった
が、元々慌て者なのが災いした。壊したばかりの建物に引っ掛かっ
てバランスを崩して……そのままシスター服に包まれた巨体で通り
に面した建物の真上に落ちてしまったからだった。意味も無く伸ば
した両腕が簡単にマンションを両断し、すらりとした身体が大量の
建物を破壊して、埃を舞い上がらせる。まさに怪獣並の破壊力だっ
た。
「しくしく……。こんなに壊してしまいました……。どうやって賠
償したらいいのでしょうか……」
瓦礫の上に横になって、水穂は困りきっていた。
もはや出口を探すどころではなかった。
どうしたらいいのかすら分からず、美しい瞳にはうっすらと涙が浮
かんでいた。
「とりあえず、立ち上がった方がいいかもしれません。一度壊した
場所ならもう迷惑はかからない……」
しかし。
<教会で一番の慌て者かつドジっ子>と指導役のシスターに嘆かれ
ている水穂による意図しない大破壊はまだ続いた。瓦礫に両手をつ
いて立ち上がろうとしたものの、またもやバランスを崩してしまっ
たからである。
前のめりになったまま、ブーツに包まれた足で次々に住宅やビルが
破壊され、瓦礫になっていく。止まりたかったが、どうやっても体
勢は立て直せず、街は次第に破壊されていく。
その挙げ句。
身長100メートル以上に巨大化した見習いシスターは、豪快に転
んでしまった。姿勢が姿勢だったのでヘッドスライディングするよ
うな形になってしまい、清楚な洋服の下で建物がめちゃめちゃに壊
されていく。そして、両手は……見事にガスタンク基地を破壊した

「あっ……!」
突然の大爆発に、水穂は自分の命が終わったと思った。
固く目を閉じ、神の加護を祈ったが、それが通じたのだろうか?
ある程度時間が経ってからそっと目を開いた水穂だったが、自分が
まったく無傷であるこことに気づく。
「どうなっているのでしょうか……? 服も無事ですね。でも……

上空の風が吹き抜けた瞬間、巨大化した少女は自分がベールを無く
したことに気づいた。まったく癖の無い長い黒髪が、大きく風にた
なびく。
「どこにいったのでしょうか? あれは院に入った時に授けられた
大事な物なのに……無くしたら大変です」
おそらくさっきの爆風で飛んだのだろう。
そう見当をつけて水穂は<大事な>ベールを探し始めたが、それは
街にとってみればただの災厄でしか過ぎなかった。
必死になって捜し物をする水穂の巨体によって、無事だった建物も
次々に破壊されていったからである。
かなり背の高いビルが、邪魔な物を片づけるようにして中央から分
断されてさらに被害を広げる。
鉄道の高架線はブーツによって電車ごと踏み潰される。
遊園地に至ってはベールを探すのに夢中になっていた水穂によって
観覧車が押し倒され、ジェットコースターのレールはめちゃめちゃ
になるまで踏みつけられる。
「あ、ありました。こんな遠くまで飛んで……あ」
ビルに引っ掛かったベールを見つけた瞬間、我に返った水穂は周囲
を見回して呆然となった。
巨大化した自分が歩いた後には無事な建物は一つとして残っておら
ず、巨大な足跡と瓦礫だけがその破壊力を証明していたからである
。そして、さっき爆発させたガスタンクによって発生した大火災は
すでに街の四分の一を火の海に変えていた。
「そんな……。わたしは何もしてないのに……。こんな事になるな
んて。神様、本当に御免なさい! もう二度としませんから今回だ
けは許して……え?」
思わずその場に膝をつき、祈りを捧げ始めた少女だったが、なぜか
心の中に声が聞こえたような気がして、びっくりした。
その声はこう言っていた。
<街を破壊せよ。悪徳の街を破壊する事が善徳となる>
「……」
信じられない内容の声に、さすがの水穂の小さく首を振ったが、も
う一度同じ呼びかけが心に響き渡るのと同時に。
漆黒の瞳に奇妙な光が宿った。
ドジっ子で慌て者でも、信仰心に篤い少女からは想像もつかない表
情を浮かべる。
「……分かりました。全ては仰せのままに」
一度は見つけたベールが、ふわりと手から離れた。
そして、巨大な見習いシスターは動き始めた。
その瞳に妖しい光を浮かべたまま……。

<悪徳の街>は神の加護を得た巨大化少女によって簡単に蹂躙され
つつあった。
ふわりと長い黒髪が揺れ、少し丈の短いシスター服が翻る度に複数
の建物が破壊され、瓦礫と化していく。
「今度はこれを武器にしてあげます。自分たちで作ったもので破壊
されるのも神罰です」
途中まで壊してしまった鉄道の高架線を無造作にブーツで踏み潰し
ながら水穂は高らかに宣言すると、まだまったく壊されていなかっ
た電車の編成を中程まで持ち上げた。巨大化しているのでおもちゃ
よりも軽い程だったが、笑いながら目についた大型の駅に叩きつけ
る。たったそれだけで、高架の建物は半壊し、階層までがむき出し
になる。
「まだまだですね。今度はこうしてあげます!」
さっきの大爆発による炎の照り返しをその横顔で受け止めながら、
水穂はふわりとシスター服を揺らしながら走り出した。高架線が蹴
散らされて完全に破壊されたが、見習いシスターの少女は心の底か
らの笑みを浮かべてジャンプした。その先にあったのは半壊した高
架駅だったが、身長100メートルを越す少女の体重を受け止めら
れるわけが無く、大音響と共に崩壊する。同時に壮絶な<地震>が
発生して、周囲のビルなどが全て崩れ去る。
それでも、水穂はまったく満足しなかった。
瓦礫となった建物を蹴散らしながら歩くと、自分の腰ぐらいの高さ
しかない片手で電話局の鉄塔を引き抜いて、それを武器に周囲の建
物を壊してしまったからである。
信仰する神の力も借りた大破壊のもたらす快感に、水穂は完全に酔
っていた。
「神様……。ありがとうございます! このような機会を与えて下
さって。ここまで暴れれば大満足です」
ぼろぼろになった鉄塔を投げ捨てて、水穂は思わず口走っていた。
神の意図は分からない。
それでも、神の名の下に<制裁>を下すのは、見習いシスターの少
女にとっては至福の行為だった。
「……まだまだ壊し残している建物もあるのですね。全部わたしが
壊してあげます。覚悟!」
その言葉からわずか数秒後。今度は港湾に面した工場地帯で大爆発
が発生し、さらに何度も小規模な爆発が続いた。
それでも。
純粋で無邪気な巨大見習いシスターは破壊行為を続けているのだっ
た……。

後世、水穂はその信仰の篤さから<現代に生きる聖女>とまで言わ
れるようになった。
当の本人は「全て神の導きです」としか言わなかったが、たまに神
に祈っては架空の<悪徳の街>を壊滅させていた事実は、もちろん
伏せられていたのだった……。