第15話 再会
                            
 風香と槍太が海賊たちの拠点でもある念仏島に着いたのは、
それから二日後の夕方のことだった。
 港には漁から戻ってきた島民たちが、網の手入れなどをして
いたが、小柄な白拍子の姿を見ると皆驚いたような表情を浮か
べた。
「やっぱり、わたしの格好変かしら?」
 膝ぐらいまでしかない袴に手をやって、風香はぼやくように
言った。
「そんなことないぜ。この島に白拍子なんて滅多に来ないから
 びっくりしてるだけだぜ。それに、オレと同い年ぐらいだっ
 たらなおさらだぜ」
「だからわたしは十七だって言ってるでしょう?現代にいた時
 も中学生に間違えられてばかりだったけど」
「どうも信じられないんだよな。五歳も年上だなんて。あ、妙
 さん。今戻ったぜ」
 小袖姿の若い女性が近寄って来るのを見つけて、槍太は親し
げに手を上げた。
 「あの人もお前と同い年なんだぜ」と余計な事を囁いたもの
の、すぐに妙が真剣な表情を崩さないのに気づく。
「どうなってるんだ?島の状況は?なにせ半月も留守にしてた
 からさ。変わった事はなかったかい?」
「それがね。海若様が連れてきた例の<客人>、島を騒がせた
 とかで牢屋に入れられたのよ」
「え!?いったいどういう事だよ!?
「どういう事なんですか!?エリアノールさんたちが何をしたん
 ですか?」
 槍太と白拍子の少女に同時に迫られて、妙は思わず身を引い
たが、周囲に人がいるのを確かめて小声で打ち明ける。
「甲龍様が動いたみたいなのよ。海若様に不満を抱いている人
 たちを集めて、島から追い出せと迫ったの。詳しい事は直接
 海若様から聞いて」
「ああ。風香、行くぞ」
 礼もそこそこに槍太が歩き始めたので、現代から来た少女は
妙に小さく頭を下げて続いた。
 そのまま、畑や草地を抜けて坂を上っていく。
「どうなってるの?エリアノールさんたちが牢に入れられてる
 なんて」
「さあな。ここに来る時に話したけど、兄貴の立場はそんなに
 強くないんだ。甲龍に押し切られたのかもしれないぜ」
「でも、牢に入れるなんてひどすぎるわ。何も悪い事なんてし
 てないのに」
「だからオレに当たるなよ。文句は兄貴に直接言ってくれ」
「あ、ごめん」
 熱くなっている自分に気づいて、風香は素直に謝った。
 それを見て槍太は、「ま、無理ないよな」とわかったような
つぶやきを漏らす。
「お前、あの二人のこと本当に気にしてるんだな。まともに話
 もできないくせにさ」
「だって、とってもいい人たちなのよ。この島の人たちみたい
 にね。それがわからないなんて信じられないわ」
「だからこうやって揉めてるんだ。言っちゃなんだけど、あの
 姿じゃ<鬼>以外に見えないぜ」
「だったらわたしが島の人たちを説得するわ。わたしが言えば
 少しはわかってくれるんじゃないかしら?」
「下手に動くのは止めといた方がいいぜ。お前まで仲間だと思
 われたら、今度こそ兄貴の立場が無くなるからさ」
 自分よりも年下なのにも関わらず、槍太はさめていた。
 その態度に内心むっとなった風香だったが、自分が間違って
いるとも思えなかった。
 どうしてそんな事を言うのかしら?エリアノールさんたちは
全然悪くないんだから。海若さんにも話した方がいいわね。で
も、その前に……。
 やや大きな家が見えてくるのと同時に、白拍子の姿をした少
女は足が鈍るのを感じた。
 まずは謝らないといけないわね。さんざん迷惑かけたんだか
ら、許してくれるといいんだけど。
 厳しい叱責は覚悟していた。
 しかし、それに自分が耐えられるかわからなかった。
 それでも受けなきゃ駄目。わたしに対する罰なんだから。
 ぐっと心の中で恐怖や不安を堪えている内に、屋敷の前に着
いていた。
 ここで待っているようにと言い残して槍太が中へと消えてい
ったので、風香は一人玄関先で待たされる事になったが、半分
むき出しの足は細かく震えていた。
 海若さんっておおらかな人だけど、怒ったら怖そうだし。ま
さか、手なんか上げたりしないと思うけど……。
 両手を前にして、諸々の感情と戦っていた時だった。
 大きな足音が聞こえたかと思うと、槍太と共に海若が姿を現
した。
 生まれ変わったような姿になった少女に気づいて、しばらく
動きが止まったが、やがて満面の笑みと共に駆け寄ってくる。
「風香、お前本当に無事だったんだな!心配したんだぜ!狼に
 でも食われたんじゃないかってさ。もう大丈夫。今度はオレ
 がちゃんと守ってやるからな!」
「か、海若さん……。あの、わたし……」
「今日はお祝いだな。すぐに準備させないとな。槍太、お前も
 一緒だ。長い間苦労かけたな」
「兄貴、例の客人の件なんですけど……」
「それは後で話す。お前がいない間に色々あったんだ。まずは
 お祝いしてからだ」
「海若さん!本当に……本当にごめんなさいっ!」
 小さな両肩に置かれた手を振り払って、風香が叫んだのはそ
の時だった。
 漆黒の瞳に涙を浮かべ、謝罪の言葉を続ける。
「わたし、本当に馬鹿でした。あれ程注意されたのに簡単に離
 れて、危うく死にかけて……。わたしが悪いんです!どんな
 罰でも受けます!」
「おいおい。穏やかじゃないな。そう慌てるなって」
「でも、一番悪いのはわたしで……」
「そもそもの原因は俺だろう?俺がお前さんを怒ることなんて
 できないぜ。もう一度会えただけでも感謝したいぐらいだ」
 海若の言葉と態度が予想とまったく違って、風香は面食らっ
たように顔を上げた。
 海賊の頭領はばつの悪そうな様子で、頭を掻いていた。
「それに、最初に会った時に比べてお前さん別人みたいだぜ。
 子供の栗鼠(りす)みたいに落ち着かなかったくせに、今じ
 ゃ正面から謝ってくるもんな。何かあったのか?」
「たぶん、教えられたからだと思います。この時代で生きる方
 法を。白拍子になったのもその為なんです」
 改まったように、海若は風香の姿を上から下まで眺めた。
 細く白い足が膝までむき出しになっている事に気づいて、少
しだけ顔を赤くしたが、やがて感心したようにつぶやく。
「お前さん、生まれ変わったんだな。大したものだ」
「え?そんな事ありません。ただ、必要だったから……」
「理由なんてどうでもいいんだ。とにかく中に入ってくれ。食
 事しながら説明する」
 風香は何も言わずに頷くと、海若の言葉に従った。
 今は自分の事よりもエリアノールたちの事が心配だった。
                            
 海若・隼人・風香・槍太の四人が屋敷の一室で顔を揃えたの
はすっかり日も暮れてからだった。
 海若が風香に腹心の部下である隼人を紹介した後に、いつも
よりやや豪華な食事で夕食となったが、その場の空気はどこか
重々しかった。
「どうして、エリアノールさんたちは牢に入れられているんで
 すか?あの人たちは何も悪い事はしてないはずです」
 口火を切ったのは、風香だった。
「ああ。あいつらは悪くない。ただ、それしか方法は無かった
 んだ。このままだと殺されかねなかったからな」
「え?何があったんですか?」
 食事もせずに身を乗り出した風香の勢いに押されるようにし
て、海賊の頭領は今までの事を全て話した。
「そんな……。エリアノールさんたちが人の生き血を吸う鬼だ
 なんて。あの人たちは肌や髪の色が違っても同じ人間です。
 どうしてそれがわからないんですか?」
「そう怒るなよ。島の連中は西から来た人間なんて見た事が無
 いんだ。甲龍の奴はそれを上手く利用しただけだ。それに、
 お前さんがここに来たら島を出るつもりだったからな」
「エリアノールさんが、そう言ったんですか?」
「ああ。明日会わせてやる。詳しい話はその時に聞いてくれ」
 それで会話は途切れたが、風香は納得していなかった。
 食事に手をつけず、考え込んでいたからである。
 エリアノールさんたちが、島を出る?ここに滞在する気は無
いのかしら?<楽園>を探してるからかもしれないけど。
 正直なところ、予想外だった。
 というより海若たちに再び合流する為に必死になってきたの
で今後の事をまったく考えていなかったのである。
 海若さんとエリアノールさんたちが別れたら、わたしはどっ
ちについていったらいいのかしら?やっぱり、エリアノールさ
んたちかしら?現代に戻るには……。
 おかずに箸を伸ばしながら、白拍子の少女は迷っていた。
 アダムはジルベールさんに気をつけろと言ってたし、使命を
果たさなきゃ戻れないんだから。でも、海若さん抜きで旅を続
けられるかしら?
 この時代に来たばかりの頃ならまだしも、今は京華にもその
腕を見込まれた白拍子である。
 路銀を稼ぎながら旅をするのは不可能ではなかった。
 でも、難しいわね。言いたくないけど、エリアノールさんた
ちって半端じゃない程目立つし、また<鬼>と間違えられてし
まうわ。そうなったらわたしでは……。
「風香、どうした?」
 突然呼びかけられて、風香は弾かれたように顔を上げた。 
 上座の海若だった。
「え?ただちょっと考え事をしていただけです」
「焼き魚に手をつけたままぼっとしてたからな。とにかく今日
 はゆっくりしてくれ。お前さんが無事だった事のお祝いして
 るんだからな」
「は、はい。この後どうしたらいいのかわからなくて……」
「それは自分で決めるといい。この島に住むんだったら幾らで
 も世話はするからな」
 小さく頷いて、ようやく食事を再開した風香だったが、海若
が隼人と話を始めたので、今度はそちらに神経を集中した。
「とにかく、明日引き合わせる。あいつらをどうするかはその
 後で決める」
「急いだ方がいい。牢に入れてとりあえず落ち着いたといって
 も甲龍次第ではまた騒ぎになるからな」
「ああ。おそらくあいつらは島を出ると思う。恩義はあるが、
 島を守る為だ。やむを得ない」
 苦渋に満ちた表情で、海若は言い切った。
 それで沈黙が戻ってきたが、風香は青年の置かれている立場
の複雑さに内心溜め息をついた。
 難しいわね。何か方法はないかしら?わたしが島の人たちを
説得した方がいいのかしら?
 さっきと同じ事を考えたものの、槍太に諫められたのを思い
出してすぐに打ち消した。
 ただで微妙な状態を崩す可能性があっては、怖くて何もでき
なかった。