第12話 猜疑と捜索と期待
                            
 海若が念仏島に戻って、十日が過ぎた。
 表面上は落ち着きを取り戻した海賊の島だったが、ここにき
て、奇妙な出来事が起こった。
 島の一角で、飼っていた鶏などが血を流して死んでいるのが
見つかったからである。
 家畜の天敵である狼などはいないので、人間の手によるもの
である可能性は極めて強かった。
「兄貴、ここだけの話、少しまずい事になってるんです」
 珍しく神妙な顔をして、弟分の槍太が海若の元を訪ねたのは
夕方近くになってからの事だった。
「一部の人間が……たぶん、甲龍につながる連中だと思います
 けど、原因は例の客人にあるって言い出してるんです。客人
 が災いをもたらしたと」
「言わせておけ。証拠は無いからな」
「でも、いつまで客人を置いておくんですか?風香という娘を
 探し出すまでって言ってますけど、未だに見つかってないん
 ですし。今頃もう……」
「俺があきらめるまでだ!文句あるか?」
 頭越しに怒鳴られてはこれ以上言葉を続ける事は出来ず、槍
太は小さくなって海若の部屋を出た。
 廊下の奥を見通して、溜め息をつく。
 なんか兄貴がおかしくなったなあ。あの客人たちを連れて戻
ってきてからだ。前はもっとおおらかだったのに。
 例の客人、というのは言うまでもなくエリアノールとジルベ
ールのことだった。
 二人の異邦人は空き部屋に滞在していたが、その姿を恐れら
れることから、外にはほとんど出てこなかった。
 それに、どうして風香って娘を探すのにこだわるんだろう?
十日以上前に行方不明になったとすれば、もう生きていないか
誰かに世話されるかどちらかだと思うけどな。
 <弟分>を自称していたが、海若からは明確な説明は受けて
いなかった。
 それは島の住民たちも同じだったので、元から存在する反発
と結びついて、危険な雰囲気を漂わせるようになっているのが
気がかりだった。
 大げさに息を吐き出して、槍太は海若の家を出た。
 島内の雰囲気を伝えるのも<弟分>の役目とはいえ、海若が
あそこまで頑固では何の為に伝えているのかわからない。
 そんな事を考えながら、長い日が暮れ始めたばかりの道を下
っていた時だった。
 前方から、海若の腹心でもある副首領の隼人が歩いてくるの
が見えた。
 小走りで距離を詰めると、内心の苛立ちを率直にぶつける。
「隼人さん、いつまで行方不明になった娘を探すんですか?こ
 のままでは甲龍たちにつけ込まれてしまいます。隼人さんか
 らも何か言ってください」
「捜索はもう少しだけ続ける。それが海若の命令だ。おれはそ
 の命令に従う」
「そんな。いつまでもこんな状態を続けていたら島がおかしく
 なってしまいます。ただでさえ、兄貴に反発する人間は少な
 くないっていうのに……」
「海若はあの客人たちに命を救われた。その恩を仇で返すわけ
 にはいかない。ただそれだけだ」
 反論を許さない重い言葉だった。
 それに対して槍太が何も言わないでいる内に、口数の少ない
副首領は海若の家へと消えて行った。
 隼人さんも頑固だな。確かにあの客人が兄貴を助けたのも事
実なんだけど、それと一人の娘を探す事にどういう関係がある
のか話してくれないもんな。
 ふてくされるように足元の土を蹴ると、自分の家へと向かっ
て歩き始める。
 小高い島の中央から見える海はとても穏やかで、吹き抜ける
風も心地よかったが、気分は晴れない。
 一方その頃。
 隼人は海若と顔を合わせていた。
 あまり長くない付き合いとはいえ、お互い気心は十分に知れ
ているので、すぐに隼人は話を切り出す。
「例の風香という娘だが、手がかりは依然として見つかってい
 ない。それらしい行き倒れも無かった」
「そうか。あれから十日以上経っているからな。死んでもおか
 しくないとは思っていたが……」
「おそらく、誰かに世話されてるのだと思う。ただ、あの周辺
 の集落を調べるのは難しい。おれたちが海賊だとわかると何
 が起こるかわからないからな」
「こうなったら槍太に太宰府とその周辺を調べさせるか。あい
 つならまだ子供だから警戒されないだろう」
 一人合点して海若はうなづいたが、隼人は難しい表情をした
まま何も言わない。
「槍太じゃ不満か?あいつは機転がきくし、行動力もある。最
 適じゃないか」
「海若、いつまで続けるつもりだ?」
 改まったように腹心の部下が言ったので、海若は驚いてその
顔を見つめ直した。
 その場の空気が俄に張りつめる。
「鶏が何者かの手でやられたのは知ってるだろう?あれは間違
 いなく甲龍側の仕業だ。今のうちに手を打たないといずれ、
 災いをもたらす」
「わかっている。しかし、風香を探し出さないと客人たちを動
 かせない。もう少しだけ時間が必要だ」
「ならば、風香が見つかったら客人は島から退去してもらうの
 だな?」
「ああ。それは客人たちも承知している。確かに返しきれない
 程の義理はあるが、これ以上島を危険な状態にしたくない」
「わかった。ならば今後は槍太を探しに行かせよう。その代わ
 り、他の者は全て島に戻す。それでいいな?」
「もし甲龍が事を起こしたら、少しでも<味方>は欲しいから
 な。お前とその部下がいれば心強い」
 室内の緊張がすっと解けて、話はまとまった。
 その後は島内の情勢について意見を交換したが、甲龍たちの
次の一手は読みきれなかった。
                            
 狭い和室の壁に寄り掛かって、エリアノールは今日だけで幾
十度目かのため息をついた。
 細い指先は畳という奇妙な床の目をいじっていたものの、意
味は全くなかった。
 十日も牢屋のような部屋に閉じ込められて、最初は抱いてい
た怒りもすっかり消え失せていた。
「ジルベール、本当に風香が見つかるまでここにいる気?」
「はい。もうしばらくのご辛抱を。彼女がいなくては私たちの
 旅は意味を成さないはずです」
 貴族令嬢の問いかけは何度目か分からなかったが、それに対
する答えもいつも判で押したように同じだった。
 これまでならばまた溜め息をついて沈黙の内側に逃げ込むの
であるが、今回はその気になれず、言葉を続ける。
「たぶん、あの子はあたしたちを助けたから自分の世界に戻っ
 ていったのよ。感謝する事ができなかったのが心残りね」
「それはありえません」
 やや強い口調で、銀色の髪を持つ従者は反論した。
「風香はもっと大きな目的を持ってこの世界に召還されたはず
 です。彼女はまだどこかにいるはずです」
「でも、海若の部下たちが探しているのに痕跡も見つからない
 のよ。どうしてそんな事が言えるの?」
「ただの直感、では答えになっていないでしょうか?」
 挑発的な言葉に、<主人>であるエリアノールは何日ぶりか
で心に張りが戻るのを感じた。
 ぼんやりしていた脳を働かせ、ジルベールの真意を探る。
 少なくとも、ジルベールにとってあの召還は完全な失敗では
無かったということね。風香を手元に置いておけば、役に立つ
からかしら?それ以前に……。
「本当に風香は生きているの?言いたくないけど、あの子はと
 ても一人では生きていけないように見えたわ。とっくにのた
 れ死にしてるんじゃないかしら?」
「死ぬのは<定め>です。もう一度生まれるのに死を経なけれ
 ばなりません。大地が長い冬を経て春に蘇るように」
「ジルベール。あなた、何を言いたいの?」
「私はただ思っている事を述べただけです。間違いなく、風香
 はもう一度私たちの前に現れます。生まれ変わった姿で」
 エリアノールの心臓が高鳴っていた。
 疑問、興奮、猜疑、期待。
 色々な感情が入れ替わり去来して、色白な頬を染める。
「その為に、あたしたちはここにいないといけないの?」
「はい。生まれ変わった少女は私たちを<楽園>へと導いてく
 れます。ならば待てるのではありませんか?」
「その話は……本当なの?」
「根拠は申し上げられませんが、間違いありません」
「だったら信じるわ。あなたが今まで根拠なくそんな事を言っ
 た事はなかったから」
 ジルベールは恭しく頭を垂れただけたった。
 いつもの慎み深い従者に戻ったことに気付いて、エリアノー
ルの心から少しずつ熱が冷めてゆく。
 ならぱ待つしかないわ。あたしたちは<楽園>を探しにこん
な遠くまで来たのだから。もう一度、風香に会えれば……。
 共に行動したのはほんのわずかな間だったが、突然召還され
てきた少女には好感を抱いていた。
 小さく、頼りないのは事実だったが、吹き抜ける風のような
穏やかさと、愛嬌は今でも思い浮かべることができた。
 もう少し、話がしたかったわね。遠い時代から来たらしいけ
れど、具体的には聞けないままだったわ。きっと、<何か>を
あたしたちにもたらしてくれたはず。
 そんな事を考えながら、ゆっくりと目を閉じる。
 夕飯の時間まで少しだけまどろむつもりだった。