第9話 海賊の島                
                            
 半島を大きく回り、目的の村に到着するまで、海若たち三人
の間にほとんど会話は成立しなかった。
 突然に牢屋に召還され、脱出を手助けしてくれた不思議な少
女……風香が目を離した隙に姿を消してしまったのである。
 雷雨によって中断させられるまで、必死になって捜索したも
のの、手がかりは見つからなかった。
「見つかるまで探すべきだわ。あたしたちはあの子にも助けら
 れたのよ。その恩を仇で返すことになるわ」
 物置小屋で雨宿りする間、エリアノールは何度もそう繰り返
した。
「そもそも一本道でいなくなるなんて考えられないわ。考えら
 れないけど、森に入ったのかもしれないわ」
「しかし、だったらどうやって探すんだ?この雨では痕跡も消
 えてしまっただろう」
「でも、あの子はこの雨の中で震えているわ。早く助けてあげ
 ないと……」
「俺だってそうしたいのは山々なんだ。というより、全ては俺
 の責任なんだ。しかし、人手が絶対的に足りないし、一度本
 拠地に戻らないと何もできない。それを分かってほしい」
「だいたいあなたが悪いのよ。風香が休みたがっているのに歩
 き出すから遅れたのよ。どう責任をとるつもり?」
「だから探すって言ってるだろう?それには人が必要なんだ」
 似たような言い合いは雨が止んだ後にも何度か繰り返された
が、結局エリアノールが折れた形となった。
 正確に言うなら、ジルベールになだめられて矛を納めたのだ
が、結果として道中冷戦状態が続いたのだった。      
「さてと、この村まで来ればあと少しだ。ここから船で本拠地
 に渡るからな」
 漁村とおぼしきその村に足を踏み入れるのと同時に、海若は
多少安堵したように言った。
「この村は俺たち海賊の仲間のようなものだ。追手がかかって
 も心配はいらない。変装も……続けた方がいいな」
 若き頭領のことをよく知っているはずの村人が、好奇と脅え
を視線で異国の二人を見ているのに気づいて、海若は慌てて言
い直した。
 幾ら普通の格好をさせたとはいえ、背も高く肌の色も瞳の色
も違っては目立つ事この上なかった。
「こればっかりは仕方ないな。ま、俺が<鬼>と一緒に逃げて
 いるという話は伝わっているだろうしな」
 そうつぶやきながら、港に向かっていた時の事だった。  
 前方から見慣れた人影が二つ、歩いてくるのが見えた。
 思わず満面の笑みを浮かべて大きく手を振ると、二人とも争
うようにして走り寄ってくる。
 一人は海若よりやや年上の精悍な青年、もう一人は小柄なが
らもやんちゃな雰囲気を漂わせた少年だった。
「兄貴、本当に無事だったんだ!兄貴だけ捕まったと聞いてオ
 レどうしたらいいかと……」
 喜びを全身で表すかのように少年……槍太がとびついた。 
 海若が海賊の仲間になった時から<弟分>を自称していて、
一番の話し相手でもあった。
「ああ。お前たちを逃がそうとして失敗してしまったんだ。で
 ももう大丈夫だぜ。なんとか抜け出してきたからな」
「<鬼>に助けられたって聞いたけど、<鬼>って……」
「俺の後ろにいるだろう?怖がる事はないぜ。大陸のはるか西
 から来た異国の人間だ。俺と話だってできるんだぜ」
 海若から離れた槍太だったが、言葉通りに見た事もない人間
が二人いるのに気づいて、とたんに震えてしまった。
 信頼できる兄貴分に言われても、恐い事に変わりなかった。
「船なら用意してある。すぐに島に戻れるがどうする?」
 それを見て、やや年上の青年……隼人が口を開いた。
 腹心の部下とも言うべき副首領で、寡黙な性格ながらも海若
が全幅の信頼を寄せる<海の男>である。
「ああ。すぐに戻りたい。島の様子が心配だからな」
「残念ながらお前が思っている通りだ。甲龍(こうりゅう)を
 中心に不穏な動きがある。その客人も連れて行くのか?」
「もちろんだ。誤解が生じるかもしれないが、この二人は俺に
 とって命の恩人だ。<客>として迎えてもらう」
 隼人は複雑な表情を浮かべたものの、何も言わなかった。
 余計な騒ぎを起こす危険もあったが、ここで見捨てては男と
しての面子が丸潰れだった。
「ところで兄貴、もう一人オレとあまり変わらないぐらいの娘
 がいるって聞いてたんですけど、どうしたんですか?」
 再び港に向かって歩き始めるのと同時に。
 多少ながらも恐怖感が消えた槍太がきいた。
「なんでも、突然牢屋の中に現れて兄貴を助けてくれたとか。
 島では天女様ではないかって噂になってて……」
「その娘とは……訳あってはぐれた。島に戻ったらすぐに探索
 させるつもりだ」
「はぐれた?いったいどうしたんですか?」
 正直に疑問をぶつけてくる弟分の少年に逆らえず、海若はは
ぐれた時の事だけを簡単に話した。
 自分に原因がある事には深く触れなかった。
「そんな……。三日も経ってたら危ないんじゃないんですか!?
 あの当たりはオオカミが出るって聞いたし」
「でも島に戻るしか手は無かったんだ」
 いささか乱暴に言い切ると、海賊の頭領はそのまま会話を打
ち切ってしまった。
 びっくりしてなおも聞き出そうとした槍太だったが、横に並
んだ隼人に肩を叩かれて止めた。
 なんか兄貴らしくないや。でも、何かあったんだ。兄貴は簡
単に人を見捨てたりする人間じゃない。
 本当は、突然牢屋に現れたという不思議な娘の事が気になっ
て仕方なかった槍太だったが、やがて走り始めた。
 港に先回りして船の準備をしておこうと思ったからだった。
                            
 念仏島は、玄界灘に浮かぶ小さな島である。
 そこに人が住み着き、海賊行為を始めたのがいつ頃なのか誰
にもわからない。
 ただはっきりしているのは、島に畑を作り魚を獲ったとして
も生活は楽ではない事だけだった。
「何もない島ね」
 暮れ始めた空の下に島影がはっきりと見えてくるのに合わせ
るかのように、エリアノールが久しぶりにつぶやいた。
「海賊をしているのはその当たりに訳があるのでしょう。ただ
 これからは用心が必要です」
「用心?」
 ジルベールの言葉に、貴族の令嬢は驚いたようだった。
 疑問を隠せない表情で次の言葉を待つ。
「海若は海賊の頭領ですが、その地位は万全ではないように思
 えます。<裏切り者がいる>と何度か言っています。そこに
 私たちが現れれば、騒ぎが起こるでしょう」
「つまり、何が言いたいの?」
「風香が見つかったらすぐにでもこの島を……いえ、この国を
 出て大都に戻るべきだと思います。この国に目指す楽園はあ
 りえません」
 その結論は、エリアノールが薄々と感じながらも判断を先延
ばしにしていた部分を見事に突いていた。
 地頭の屋敷を抜け出して島に渡るまでそれなりに歩いたが、
夢に見た<楽園>は影も形も存在していなかった。
 しかし、それを認めるという事はこの国に渡る時に失った多
くの部下たちに対して申し訳が立たなかった。
「まだ……わからないわ。全部を見たわけではないのだから。
 もう少し情報を集めてからでもいいと思うわ」
「ならば風香が見つかるまで待ちましょう。それまでは余計な
 事をせずに大人しくしているべきです」
 ジルベールがなぜか風香にこだわっている事に、エリアノー
ルは気づいていた。
 遠い時代から召還した本人なので、おかしな事ではなかった
が、元々<自分>を殺している事が多かったので、どこか気に
なっていた。
 そんな事を考えたりしている内に、船は島に向かって進み、
小さな港に錨を下ろした。
 魚を干したり、船を整備していた人間が何人かいたが、首領
の突然の帰還に皆驚いたようだった。
「オレ、島のみんなに兄貴が戻った事を伝えてきます」
 桟橋に板が渡されるのと同時に、槍太はそれだけ言い残して
船から駆け降りていった。
 それを苦笑いしながら見送った海若だったが、集まってきた
島民たちが喜びと戸惑いを交差させているのに気づいて、すぐ
に表情を引き締めた。
 当然のことながら、エリアノールたちの事が気にかかってい
るようだった。
「この二人は遠い西国から来た。俺が牢屋に捕まっている時に
 助けてくれた命の恩人だ。間違っても<鬼>ではない」
「し、しかしどこから見ても……」
「大陸では珍しくないし、<客人>だ。その点だけは忘れるな
 よ。もし面子を潰すような事があったら許さないからな」
 最期は珍しく凄んで見せると、海賊の頭領は船から下りた。
 後から隼人、エリアノールとジルベールも続く。
「お前さんたちは<客>として俺の屋敷に滞在してもらう。風
 香を探し出すまでしばらく待ってて欲しいんだ。どうするか
 はその後で決めるからな」
 住民たちが集まってきたのを見て、漢語で海若は二人の異人
に呼びかけた。
 それに対して金色の髪を持つ女性は、同じく漢語で簡単な返
事をしたものの、周囲の空気が変わった事に気づいた。
 親の敵でも見るような目から、姿形の違う普通の人間として
見る目に……。
 少なくとも海若は言葉が通じると分かって、安心したようだ
った。
「なんとか受け入れられそうね。この様子だと」
 フランス語で、エリアノールはつぶやいた。       
「幾ら外見が違うからってあんな顔をされたら、こっちも対応
 に困るわね」
「本当にそうでしょうか?表面だけのようにも見えます」
「ということは、彼らはあたしたちに心を許して無いの?」
 ジルベールは目を伏せて何も言わなかったが、それが答えで
もあった。
 風香が見つかるまで何も無ければいいのだけれど。
 思っては見たものの、それが叶う根拠はどこにも無いことは
十分に承知しているのだった。
                            
「どうなってるんだ?海若の奴、戻って来やがったぜ」
「これじゃ元通りだぜ。武藤は何をしてたんだ?」
「聞いた話では、間違いなく牢屋に入れて翌日太宰府に送る手
 筈になってたらしい。しかし、一緒に入れられていた<鬼>
 を仲間に引き入れて脱獄したそうだ」
「そういや、その仲間には天女がいたって噂は本当なのか?」
「わからん。一緒には来なかったようだけどな」
「いずれにしても、オレたちがヤバいのは確かだぜ。ばればれ
 だからな。誰がやったのか……」
「なに、心配することは無い。俺に考えがある。海若の奴、義
 理があるもんだから<鬼>まで島に連れてきたからな。付け
 込む隙なら十分にある。お前たちは俺の言う通りに動けばい
 い。今度こそ、海若を追い出してみせるからな」